ー女は、家庭に入って夫を影で支えるべきだ。

経営コンサルタントとして活躍していた美月のもとに、ある日突然義母から突きつけられた退職勧告。彼女は専業主婦となることを余儀なくされた。

内助の功。それは、古くから手本とされている、妻のあるべき姿。

しかし、美月は立ち上がる。

いまや、女性は表に立って夫を支える時代だと信じる彼女は、経営難に直面した嫁ぎ先をピンチから救うことができるのか?

先週、豊との絆を再確認した美月。山内歯科医院の建て直しに向けて前を向く。




-ついに出来上がったのね…。

制作会社から送られて来たホームページのサンプルを見ながら、美月は少しだけホッとした。

ホームページ開設がゴールではないことは、百も承知だ。しかしながら、新患数の増加という目標に向かって動き始めた、大きな一歩である。

ホームページ開設に懐疑的だった義父も、サンプルを見て「おぉ、なかなか良いじゃないか」と満足げにしていた。

「豊がイケメン歯科医として人気が殺到したらどうしましょ!そしたらメディアも黙っていないはずだわ!」

義母は隣でキャッキャと騒ぎ、豊もまんざらでもないようで、「俺、しゃべりが全然ダメだから困ったなあ…」と、謎の心配で頭を悩ませていた。

ちなみに言っておくが、豊は決してイケメンの部類ではないので、心配無用だ。

おめでたい義母と豊に現実を突きつけるのも悪いので、美月は馬耳東風の姿勢を貫いている。

-あとは、オフィスへの認知度かしら…。

次なる課題に考えを巡らせていると、美月のスマホが鳴った。

コンサル時代の同期・真由子からである。一旦リビングから退出して、電話を取る。

「もしもし?突然ごめんね。イギリスから来日中のクライアントがどうしても歯医者に行きたいらしいの。明日、美月の旦那様に診てもらうことって出来る?」


真由子からの電話が、山内歯科にヒントを与える…?


夫に惚れ直す瞬間


「分かった、豊さんに聞いてみるけど…」

美月が突然の電話に困惑しながら応答すると、真由子が電話越しでこんなことを言って来た。

「美月の旦那さん、確か英語出来たよね?クライアントが日本語全く分からないのよ。だから、どうしてもお願いしたくて…」

真由子の言う通り、豊の英語レベルはなかなかのものだ。

帰国子女ではないが、幼少期から英語の勉強にはかなり力を入れていたようだ。今でも英会話教室に通ったりして、ブラッシュアップしている。

美月は、電話を保留にして豊のところへ向かった。

「豊さん、私の友人が英語を話せる歯医者を探しているみたいなの。明日、診てもらえる時間ある?」

豊は、驚いた様子で慌ててスプレッドシートを開くと、予約状況を確認している。

「16時なら空いてるよ。お伝えしてもらえる?」

「ありがとう…!」

美月が真由子にその旨を伝えると、真由子はホッとした様子で、何度も感謝を述べながら電話を切ったのだった。




電話を終えた美月がリビングに戻ると、義母が目を輝かせながら言った。

「美月さん、それよ!」

「それって一体…?」

「うちの医院、英語対応可能にしましょうよ」

義母の隣で、豊も大きく頷いている。

このおめでたい2人から、まさかこんな提案が出るとは思ってもみなかった。美月は少々驚いたが、確かにいい考えである。

港区は、大使館や外資系企業が多いため、英国とアメリカ国籍の在住者が東京都の中で最も多い。

「ホームページも英語表示に切替が出来るようにしたらどうだろうか」

そう提案してきたのは、義父だ。あの義父がこんなことを言い出すなんて…。

「問診票を英語にしたり、出来ることは色々ありそうだね」

美月が驚いている間にもどんどん会話は進んでいき、山内歯科の英語対応プロジェクトが決定されていく。

-皆が前に進み出したんだわ。私ももっと力になりたい。次の目標は、企業との提携かしら…!

英語対応可能を全面的に押し出せば、オフィスとの提携にもメリットとして働くはず。

最近では、企業の健康保険組合で、社員に無料で歯科検診を受けさせるケースが増えているらしい。

ある機関がオーガナイズしていて、そこの提携医院となれば組合員に医院を斡旋してもらえるという。英語対応可能というのは、他との差別化になるのではないかと、考えたのだ。

また、診察時間も変えた。

昼休みをずらし、最終受付も18時半に変更して、交代で義父と豊が対応することにしたのである。

こうして、少しずつだが山内歯科は動き出したのだ。


久しぶりの友人から受けた、痛烈な説教とは…?


専業主婦なんて、もったいない


翌日。

真由子が上司を山内歯科に連れて来た。挨拶がてら、美月も顔を出すことに決めていた。

「私、オッケーとハッピーくらいしか分からないわ。あと、オーライ」

そう言っていた義母に「ワ ガ シ!」と渡された『日本橋 長門』の久寿もちを手土産に医院を訪れる。

長門は、江戸時代に徳川家に菓子を提供していた老舗の名店。久寿もちは、柔らかな餅と上品な甘さの逸品だ。

豊は、真由子の上司に流暢な英語で応対していた。

緊張していたのか、強張っていた上司の顔も、次第に明るさを取り戻し、リラックスしていくのが手に取るように分かる。

頼もしい豊の姿を見ながら、美月はほんの少しだけ彼に惚れ直すのだった。






「美月が専業主婦なんて、本当にもったいないと思うの!」

真由子は、美月と豊に向かってそう切り出した。

今日のお礼にと真由子に誘われ、3人は『ロウリーズ・プライムリブ 赤坂店』に食事に来ている。

はじめは他愛もない会話で和やかなムードだったはずが、どこでスイッチが入ったのだろう、真由子のマシンガントークが突然始まったのだ。

こんな話題を出されるとは思ってもみなかった。

真由子は、昔からはっきりモノを言う性格だ。意地悪をしたいわけでも、美月と豊を困らせようとしているわけでもなく、本心を言っているのだろう。

2人きりならまだしも、豊もいる場でこんなにストレートに言わなくてもいいのに…。美月は、真由子に強い視線を向ける。

しかし、真由子は遠慮なく続けた。

「豊さん、美月って本当に優秀だったのよ。一橋大まで出て、もったいないわ」

美月は何も言い返せずにいた。

専業主婦になってから、「もったいない」と言われたことは数え切れないほどある。

その度に、なぜか自分に非があるような、嫌な気分になる。

自分でも悩んだ末に出した答えなのに、なぜ周りに、とやかく言われなくてはならないのだろう。

結局、何となく気まずい雰囲気のままディナーは終了した。

帰りのタクシーの中で、ぼーっと窓から外を眺めていると、豊が手を握りしめて小さく呟く。

「…美月、ごめんね」

ー豊さん…。

かつてなら、ここで仕事に戻りたいと思ったかもしれない。でも、今の美月は違う。

真由子の前で敢えて言わなかったが、美月の今の気持ちは決まっていた。

-妻として、もっと強くなりたい。私はこの家の妻として、豊を、山内家を支えたいの。

そして豊の方を向くと、とびっきりの笑顔でこう答えたのだった。

「“マイペンライ”よ」

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次週最終回。美月の努力は報われるのか…?