ここはとある証券会社の本店。

憧れ続けた場所についに異動となった、セールスウーマン・朝子。

そこでは8年前から目標としていた同期の美女・亜沙子が別人のように変わり、女王の座に君臨していた。

数字と恋をかけた2人のアサコの闘いの火蓋が、今切られるー。

念願の本店に異動になった朝子だったが、同期・今井亜沙子は、先輩に土下座をさせ、後輩を追い込んで逃亡させるという傍若無人な女だった。

そんな矢先に、課長の寺島がパワハラで飛ばされ、営業一課は新たに島村課長を迎え入れる。島村の着任により、女王・亜沙子の天下はようやく幕を閉じたように思えたがー?!




新課長・島村と今井亜沙子が対立してからというもの、営業一課はかつてない苦難に直面していた。

朝子が帰宅しようと立ち上がったとき、島村から突然呼び止められた。

「中川さん。この予算以上に数字出来ませんか?」

まるですがりつくような目でじっと朝子を見つめている。あまりにも必死な島村の顔を見て、朝子は一瞬言葉に詰まったが、止むを得ず頷いた。

「…はい。予算はもうすぐ終わるので、月末まで出来る限り追加して行きます。」

「ありがとうございます…。」

それは消え入りそうな声だった。

前任の寺島課長がパワハラで異動となって島村が着任して以来、ようやく数字至上主義から解放され、今井亜沙子の天下は幕を閉じたと、課の誰もが思っていたはずだったのにー。

しかし、営業一課は今再び、追い詰められている。

朝子は、深いため息をつきながら、数週間前の出来事を思い返していた。



あれは今月の初めのこと。島村から振られた予算を見たとき、朝子はギョッとした。

―こんな金額、未だかつてやった事ない。考えただけで食欲なくしそう…。


女王・亜沙子は次第に、島村課長を追い込んでいく。


本店では毎月、本店長と管理職が、どの商品で今月の予算を達成するのかという話し合いを行っている。

島村はこの会議で、営業一課は今月ある大きな“勝負”に出る、そしてそれによって予算をやり切る、という事をコミットしたのだ。

本店に着任して初めて会議に参加する島村にとって、この会議は今後の自分の立ち位置を左右する重要なものだった。

それもそのはず、数字を達成出来る課の課長が常に発言権を持ち、毎月数字を落としている課の課長はゴミ同然の扱い。

結局ここでも、課の中で行われているのと全く同じ事が巻き起こっているのだ。




島村が会議でコミットした“ある勝負”。それは、回転がききそうな仕組債という商品を大量に販売するというものであった。

といっても、島村はその場しのぎの無謀な計画を立てたわけでは決してないことは、朝子もよくわかっている。

マーケットを熟知している島村は、彼女なりに相場を読み、このタイミングで仕組債を大量に仕込んでおけば、数ヶ月後には儲けが出てこの商品を購入した顧客も喜び、更に数字が出来るだろうと踏んでいたはずだ。

―島村課長に教わって、若手の子達も今までとは別人みたいに数字が出来ていたわ。みんなで協力していつも通りやっていたら、この予算は絶対に達成出来ていたはずなのに…。

それなのに、営業一課の課員たちはじわじわと追い詰められていた。

一日顧客訪問をして疲れた体で夕方を迎え、そこから更に、残りの数字を埋めるべく必死で顧客へ電話をかけさせられる。

それでも日々の予算は終わらずに、日に日に消化しなければならない数字だけがいたずらに増えていく。

殺気立つ島村は、夕方を過ぎると1時間おきにいくら詰まったかとみんなを追い立てる。だが、疲れ切った課員は電話をかける手を既に止めており、この時間はもはや単なる課長と課員の我慢くらべと化していた。

働き方改革が謳われて以来、帰宅時間については厳しくなっているというのに、営業一課だけは毎晩、解散の招集がかけられない。帰る事が出来ないのだ。

こうなった原因は明らかだ。

今井亜沙子だけが、島村がコミットした仕組債を販売する事を全力で拒否し、一人、別の商品を販売しているのだ。

「お客さんの事を考えて、別の商品が相応しいと思ったんです。」

島村に問い詰められるたびに、亜沙子は平然とした顔でそう答えている。

債券の場合、一度やると決めて債券枠を引っ張ったからには必ず販売しないといけないというのに…。

この状況には課員達も焦りと疲労を感じずにはいられなかった。朝子も同様だ。

ー今月に入ってから、週末も顧客訪問をしているけど…。予算ももう大分オーバーしているし、正直、もうこれ以上はどうやっても無理だわ…。

こうして、月末を1週間後に控えた今も、営業一課はいまだに大量の仕組債の予算を抱えていた。



「島村さん!いい加減にして下さいよ!出来もしない債券大量に引っ張るなんてあんた頭おかしいんじゃないですか?!」

重たい雰囲気の金曜日の夜。会議室からは耳をつんざくような叫び声が朝子の席まで漏れ聞こえてくる。

会議室は今、管理職会議の真っ最中だ。

恐らく島村は頭を下げて、一課の残りの数字を埋めてもらう様に、他の課長にお願いしているのであろう。

ー島村課長、吊るし上げにあってるんだ…。

会議室の中で起きている事を想像するだけで、朝子は息がつまりそうになる。

ふと向かいに座る亜沙子の顔を見ると、嬉しそうな表情で携帯をいじっており、朝子は怒りを感じずにはいられない。

そして会議を終えて席に戻った島村を見て、息を呑んだ。

それは、一気に10歳位老けたんじゃないかと思うようなヨレヨレの姿だったのである。

島村は小さな声で課員を集め、力なく話し始める。

「債券予算は、他の課に分担して埋めてもらう事になりました…」

消え入りそうな声でそう告げると、解散の指示を出した。

亜沙子は、席に戻るなりすぐに大きな音を立ててキャビネットを締めると、スタスタと帰っていく。

その後ろ姿を見ながら、朝子はこのどうしようもない現実が、悔しくてしょうがないのだった。


朝子は知りたくなかった亜沙子の秘密を知ってしまう・・・


その日の夜は、同期の濱ちゃんから、「横浜支店の後輩と飲むから朝子も来なよ」とお誘いを受けていた。

まっすぐ帰って休みたいくらいに疲れていたが、今日は金曜日だ。思い切って横浜まで足を延ばすことにした。

久しぶりに訪れる横浜には、日々の疲れが吹き飛ぶような非日常を感じることができる。

「遅いよー、朝子―!」

お店に入った朝子を見つけた濱ちゃんが、こっちに来いと手を振っている。

それと同時に濱ちゃんの後輩が一斉に席を立ち、朝子を濱ちゃんの隣に座らせてくれた。




濱ちゃんも後輩も、金曜夜の開放感に満たされているようで、お互いの事を褒めあっている。

「お前が決めてくるって、俺、信じてたわ。」
「濱谷さんの背中見てたら、俺もやるしかないって思いました!」

こんなやり取りをして、そして最後にはみんなで大笑いしているのだ。

―仕事は間違いなく大変なのに、こんなに楽しそうにしてるなんていいなあ。やっぱり、営業っていい!

朝子は彼らの姿を見つめながら、笑顔になってしまうのだった。

帰り道、濱ちゃんが朝子を送ってくれると言ったので、後輩達と別れて二人で駅の方へ歩き出す。

しばらくすると、濱ちゃんが突然歩く方向を変えてこう言った。

「折角、横浜まで来て貰ったのに居酒屋だけじゃ申し訳ないから、もっと横浜っぽい所に連れてってあげるよ!軽く一杯飲んでから帰っても終電間に合うからそうしよう?」

濱ちゃんの気遣いが素直に嬉しい。朝子は二つ返事で「行く!」と言っていた。

二人でタクシーに乗り込み、濱ちゃんが指示した先は、ホテルニューグラントだ。『シーガーディアン』に向かうのだと言う。

朝子も店の名は聞いたことはあった。もうずいぶん昔の、サザンオールスターズの歌に出てくるからだ。濱ちゃんのチョイスに思わず笑ってしまった。

「濱ちゃん、いつもこういうところに来てるんだね?」

朝子がそう言うと、濱ちゃんは笑いながら「来た事ないよ」と言った。

店内に入り、果たして自分たちみたいな年齢の客はいるのかと、朝子はキョロキョロしてしまう。

そして次の瞬間、息が止まりそうになって咄嗟に濱ちゃんの陰に隠れた。

「何してんだよ?」と濱ちゃんが呑気に笑う一方で、朝子は口をパクパクさせるだけで言葉が出てこない。

―え?あれってまさか…?

その視界の先にあったのは、亜沙子と本店長の仲睦まじい姿だった。

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女王・今井亜沙子のベールが剥がされる。亜沙子という女は、どの様にして出来上がったのか?