生粋の京おんな・鶴田凛子(26歳)は、西陣で呉服店を営む京野家の跡取り息子・京野拓真と婚約中だ。

義母の過干渉に苦しむ凛子は学生時代に好意を寄せていた竜太に心が揺れてしまう。

ますますエスカレートする義母の横暴に我慢の限界に達した凛子はついに爆発。

しかしそんな凛子を拓真は意外にも男らしく受け止め、凛子は、迷いつつも拓真と再び頑張ってみようと心に誓う。

そんな中、拓真の過去に結婚を考えるほど愛した女性がいることを知り動揺する凛子。

恋愛と結婚は別。

気持ちに折り合いをつけながら見合いを受け入れる、男女の行く末は…?




-半年後-

「帰り遅くなるけど、凛子ちゃんひとりで大丈夫…?」

御所南の、新築マンション。

JCの交流会に出かける拓真が、玄関先で見送る凛子を心配そうに振り返った。

「大丈夫やって。もう、心配しすぎ」

呆れたように笑う凛子に、彼は渋々といった面持ちで頷く。

「せやけど昨夜も気分悪そうにしてたし…心配やわ」

そんなことを独りごちながら「ちゃんと戸締りして、何かあったらすぐ電話して」と言い残し、ようやく家を出て行くのだった。

-ほんと、優しすぎるくらいの人…。

自然に緩む頬を感じながら、凛子は右手でそっとお腹を撫でる。

『ブライトンホテル』での挙式を終え、御所南の新居で生活をはじめてまだ間もないが、思いがけず早々に子どもを授かったのだ。

しばらくは新婚生活を楽しもう、などと話していたところだったから、妊娠がわかった時は正直戸惑った。

しかし拓真が大はしゃぎする様子に、凛子は噛みしめるような幸せを感じたのだった。

今となってみれば、婚約期間にあれほど悩んでいたことがバカらしく思える。

…とはいえ義母は、相変わらずではあるのだが。


雨降って地固まる。幸せな新婚生活を送る凛子だが、義母だけは相変わらずで…


義母との攻防


「これ、めちゃくちゃ美味しいです」

牛ごぼうのしぐれ煮を絶賛すると、義母はちらりと凛子に目をやり口元をほんの少しだけ緩ませた。

週に1度は、京野の両親と食事をする。

婚約中に決められたルールは、結婚してからも当然のごとく続いている。

最初に提案された時は反発心しかわかなかったが、拓真と二人でやって行くと心を決めたあとは、「そういうものなのだ」と自分を納得させることもできた。

結局、覚悟ひとつということなのだろう。

義母の取り扱いも少しずつ心得てきており、今日のように義父も同席している時などは比較的難易度が下がる。

さらに凛子の妊娠が発覚してからの義母は、非常にわかりやすくご機嫌なのだ。

「凛子さん、つわりであまり食べられてないって拓真から聞いて心配しとったんよ」

そんな風に気遣いの言葉をかけてもらえるようになるなんて…以前では考えられない。

しかし義母と少しずつでも距離を縮めている手応えに、安堵したのもつかの間。

義母はやはり義母なのだという事件が起こった。




-あれ…洗濯物がない…?

違和感を覚えたのは、拓真とともに新居での生活を開始して2ヶ月が過ぎた頃だった。

親友・ゆりえと近況報告のランチをして(相変わらず気づけば夕方だった)家に戻ると、朝、時間がなくそのままにしておいた洗濯物がカゴからなくなっていたのだ。

-まさか。

モヤっと、胸騒ぎが走る。

急いで寝室に立ち寄ると、そこには乾燥まで終えたタオル類、そして拓真と凛子の下着が綺麗に畳まれ置かれていた。

さらに嫌な予感がしてキッチンへ向かった凛子は、目前に広がる光景に唖然とした。

京野家でいつも出てくるような副菜たち(拓真の好きな角煮や、綺麗にカットされたカブの甘酢漬けなど)がタッパーに入れられ冷蔵庫にずらっと並んでいるではないか。

そもそも、凛子と拓真が暮らす新居は京野家の持ち物である。

したがって、合鍵を持たれていること自体は当然だと思っている。

だが不在時に勝手に家に入り、息子夫妻とはいえ下着まで勝手に洗ったり、主婦の聖域であるキッチンで断りなく料理をするなどというのはさすがに行き過ぎだ。

すぐにでも拓真に愚痴を吐きたいが、彼は義父とともに得意先へと商談に出ていた。

どうしても一人で抱えきれない凛子は、先ほど別れたばかりのゆりえに電話をかける。

この事態が理不尽であることを確認し、夜に帰宅した拓真に訴えるつもりだった。

しかし、ゆりえの反応は凛子の斜め上をいっていた。

「そんなん、うちもやで。私も最初は戸惑ったけど、お義母さんにしてみたら実家も息子夫婦の家も“自分の家”なんやろ。

でもさ、別に良くない?…洗濯も料理も、勝手にやってくれてありがとうって思えばいいやんか」

実に恵まれ生きてきたお嬢さんらしく、ゆりえは凛子に、おっとりとした口調でそう言ってのけたのである。

返す言葉のない凛子に、ゆりえはなおも続けた。

「大丈夫。子どもが生まれたら、むしろありがたいと思うようになるわ」


相変わらず過干渉の義母。しかし、ゆりえの助言は正しかった


ゆりえの言葉は、正しかった。

出産後の過酷さは方々から聞かされて覚悟していたつもりだったが、肉体的にも精神的にも疲労困憊となる辛さは想像を超えていた。

生まれたばかりの孫娘に会いたい一心に違いないが、3日と空けずに新居を訪れる義母は自ら進んで家事をこなしていく。それが、心底助かるのだ。

正直、鬱陶しく思うことはある。それでも手助けしてもらえることを思えば、自然と感謝が先に立つのだった。




他の誰でもない、私の幸せ


桜子からある報告が届いたのは、そんな矢先である。

「凛ちゃん、久しぶり!子育て、少しは慣れた?」

相変わらず桜子の声は明るく、自然と笑顔を誘う力がある。

ベビーベッドで大人しくしている我が子を目で追いつつ、凛子と桜子はひとしきりの近況報告で盛り上がった。

桜子のジュエリービジネスは順調のようだ。

新宿伊勢丹でポップアップショップを開催したあと、その華やかなルックスも相まって、桜子はジュエリーデザイナーとしてメディアでも頻繁に取り上げられている。

凛子が結局断ったアシスタントも、すでに代わりを見つけて雇っているらしい。

「…それで、凛ちゃんに報告があって」

会話が途切れたタイミングで、桜子はほんの少し言いよどみ改まった声を出す。

その微妙な間に、なんとなくの予感が胸をよぎった。

「私ね、竜太くんと結婚する」

桜子の言葉に、凛子はハッと息を飲んだ。

しかしそれは、予想通りの言葉でもあった。

はっきりと聞いたわけではなかったが、桜子のSNSなどで彼女の日常を垣間見る中で、もしかしたら竜太と付き合っているのかも…と感じたことが幾度となくあったから。

「実は、凛ちゃんと3人で食事に行ってから、ちょくちょく二人で会うようになって。

竜太くん、東京での新生活を随分サポートしてくれて本当に助かったんよ。それに彼、すごく仕事熱心やし、竜太くんといると私も頑張ろうって思えるの」

そう語る桜子の言葉の端々に、ウキウキとした恋の喜びが滲んでいる。

桜子は他にも、GWに旅先のプーケットでプロポーズされた話や、もうすでに竜太のマンションで半同棲状態であることなどを嬉しそうに教えてくれた。

「そんなわけで、秋にハワイで結婚式するんやけど、凛ちゃん来られるかなぁ?」

「…もちろん!楽しみ」

凛子がハワイ挙式に参列するのは、初めてだ。桜子の両親、それに竜太の両親は了承したのだろうか。

いや、そもそもふたりにとって、両親に許可を得るという発想すらないのか。

話を終えて桜子との電話を切ったら、凛子はふたたび何気ない日常の景色と音に包まれた。

窓の外に広がる見慣れた京都の街並みは、凛子の乱れた心を少しずつ穏やかに戻していく。

かつて決められた未来を窮屈に感じ、自由に憧れた時があった。

しかし今、拓真と結婚し子どもを授かって、はっきりわかることがある。

他の誰でもない凛子の幸せは結局、この穏やかで、豊かで、何不自由ない暮らしの中にあったのだということ。

凛子は納得するように頷くとひとり小さく息を吐き、そっと瞳を閉じた。

…選ばなかった未来に、目を瞑るように。

Fin.