「お金が欲しい」と思った悪人がまず思い浮かべるのが、お金がたくさんある銀行を襲撃するという手口。それがゆえに、銀行では厳重な警備体制が常に敷かれているわけですが、スウェーデンでは近年、銀行強盗の発生回数が急減に減少しています。その理由は世界でもまれなスウェーデン独自の社会の変化があるのですが、一方で別の新たな犯罪が急増するという事態になっているそうです。

Swedish Thieves Turn to Wildlife Trafficking - The Atlantic

https://www.theatlantic.com/magazine/archive/2018/06/stealing-owls/559136/

2016年、スウェーデン国内で発生した銀行強盗事件の回数は、なんとたったの2回だけだったとのこと。2008年には年間110回の銀行強盗が発生していたことを考えると、8年の間で犯罪が50分の1以下に減ったということになり、世界でもまれに見る事態がスウェーデンでは今まさに起こっています。

銀行強盗がほぼ消滅した理由、それはスウェーデン国内でキャッシュレス化が浸透したことにあります。スウェーデンは、デンマークと並んでヨーロッパ圏で最もキャッシュレス化が進んでいる国の一つです。その状況はGDPに対する現金流通率に顕著に現れており、アメリカの7.8%、ユーロ圏の10.7%、さらに日本の19.9%と比べてスウェーデンはなんとたったの1.4%。つまり、国内の決済の98.6%が電子決済によって完結されており、お札や硬貨といったリアルな現金はもはや使われなくなってきています。

現金が消えた国?スウェーデンで見た財布とスマホ|NHK NEWS WEB

https://www3.nhk.or.jp/news/business_tokushu/2018_0220.html

人々はもはやスウェーデンの通貨「スウェーデン・クローナ」の紙幣や硬貨をほとんど持ち歩かず、財布の中にはクレジットカードやデビットカードだけが入れられている状況に。そして現金決済が行われないことから、街中の商店にも現金は以前のようには集まらなくなっています。店頭に「現金による決済お断り」と掲げる店も一般的になりつつあり、スウェーデンでは街から「お金」が姿を消す状態になっています。この状況は社会にも好意的に受け入れられており、国民の3分の2が「紙幣や硬貨なしでも生きていける」と答えているとのことです。



スウェーデンでは以前からキャッシュカードによる決済が普及しており、町の至る所でキャッシュカードで支払いを行える環境がありました。コンビニで水を買う時や駅で切符を買う時、そして日本の状況から考えると驚きですが、自動車を買う時にもクレジットカードで支払いを済ませるのが当たり前の状況になっているといいます。さらに驚くことに、スウェーデンでは教会で寄付を行う時にもクレジットカードなどの電子マネーで「ピッ」と済ませることがごく普通になっているとのこと。このような状況から、スウェーデンでは社会全体にキャッシュレス化を受け入れる土壌が形作られていました。

その背景には、社会全体でキャッシュレス化が推進されているという状況もあるようです。スウェーデンでは2012年、国内の複数の銀行が共同で「Swish(スウイッシュ)」と呼ばれるスマートフォンを使った決済サービスを立ち上げました。日本でもLINE Payなどの決済アプリは存在しますが、銀行口座と連動するSwishは事前のチャージが必要なく、まさに現金感覚で使えるというサービスです。Swishでは、スマートフォンにアプリをインストールしておけば、あとは相手の電話番号などの支払先の情報と金額を入力するだけで、その場で瞬時に送金を行うことができます。Swishは着実に社会に浸透しており、2018年2月時点では国民の6割がこのサービスを利用しているともいわれています。



キャッシュレス化によってお金が姿を消すことを受け入れてきたスウェーデンの社会ですが、この状況を快く思っていなかったのが、悪いことをしてお金を奪おうと考える犯罪者です。かつては、お金の集まりそうなところを襲撃すれば現金を強奪できていたのですが、キャッシュレス化が進んだことで奪えるお金がなくなるという状況が生まれてきました。これでは泥棒に入る意味もなくなるため、冒頭のように銀行強盗の発生回数が激減する状況が生じているというわけです。



しかし事態は「お金が盗まれなくなって、めでたしめでたし」というようには進んでいない模様。銀行強盗の発生回数が激減した一方で、スウェーデンでは高い価値を持つ物品をターゲットにした強奪事件が増加しています。とはいえ、たとえばiPhoneを大量に積んだトラックを襲撃して強奪したとしても、現金化する際に何らかの形で足がついたり、端末の商品価値がゼロになってしまうために、メリットはほとんどなく逮捕されるリスクばかりが多くなります。そこで犯罪者は、足がつきにくく、裏社会で高く取引される希少価値の高い物を標的にするようになりました。

その中の一つに、鳥のフクロウが含まれています。北アメリカ北部やユーラシア大陸北部に生息する「カラフトフクロウ」は、大きいもので全長が80cmにも達する大きなフクロウです。インターネットの裏社会である「ダークウェブ」のマーケットでは、このカラフトフクロウが1羽あたり100万スウェーデンクローナ(約1300万円)という高値で取引されるケースがあることから、犯罪者のターゲットになるケースが急増しているとのことです。



また、個人をターゲットにした襲撃事件、窃盗事件、詐欺事件が急増しているという状況もあるとのこと。2016年にスウェーデンの犯罪防止委員会が実施した調査によると、国民の15.6%がこれらの犯罪に巻き込まれたと考えており、この数値は過去10年で最高の水準に達しているといいます。特に電子的詐欺事件は過去10年で2倍に急増しており、キャッシュレス化に合わせて犯罪のスタイルも電子化が進んでいる状況です。

ある調査によると、お金からの「物理的な距離感」が増すと人は盗みを働くという傾向があるとのこと。キャッシュレス化により犯罪が減少するという側面はある一方で、犯罪者の心理はまた別のターゲットを探すという方向に働いているのかもしれません。