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「STAP細胞」を発表するも、論文不正が発覚し、博士号を取り消された小保方晴子氏。2016年に手記『あの日』を出版したが、そこでは自分に都合の悪いことは一切書かれていない。それにもかかわらず、著書を高く評価する「信者」が一定数いる。そうした困った人たちにはどんな共通点があるのか、筑波大学の掛谷英紀准教授が解説する――。

※本稿は、掛谷英紀『「先見力」の授業』(かんき出版)の一部を再編集、加筆したものです。

■アマゾンのレビューから「支持派」を読み解く

2018年3月、『小保方晴子日記』が中央公論社から刊行されました。小保方氏には今も根強い支持者が多くいるので、商売としてはおいしいのかもしれませんが、私の周りの研究者たちはうんざりといった反応です。

STAP細胞の論文不正を契機とした管理強化によって、われわれ研究者は研究倫理教育プログラムの受講や誓約書の提出など、今まで不要だった作業が相当増えました。もともと科学の正当な手続きを理解していて、不正をする気など全くない研究者も、全員その手間をかけなければならなくなったのです。

多くの研究者の貴重な時間を奪っているその損失は相当なものです。しかし、彼女から見ると常に自分は被害者で、自分のしたことがもたらした社会的損失については全く無自覚なようです。

小保方氏は文才には恵まれていると思います。別の道に進めば成功したのではないかと思うと、大変残念です。

2年前の2016年1月には、小保方氏は手記『あの日』(講談社)も出版しています。そこでも、「自分は悪いことは一切していない、悪いのは共同研究者の若山氏だ」という論が展開されています。自分に都合が悪いこと、たとえば博士論文の第1章がNIH(米国立衛生研究所)のウェブページのコピペだったことなどは、完全にスルーです。

しかし、アマゾンの書評は小保方支持派が圧倒的な多数になったのです。私が興味をもったのは、「いまだに小保方氏を信じている人たちが、いったいどういう人たちなのだろう」ということです。そこで、アマゾンの「カスタマーレビュー」の分析を試みることにしました。

さて、ここでクイズです。

以下は、小保方氏を支持するレビュアと彼女に批判的なレビュアの両方がよくレビューしている書籍です。このうち、評価点の平均が、小保方支持派と批判派で著しく異なるものがあります。それはどれでしょうか。また、その書籍を高く評価しているのは小保方支持派と批判派のどちらでしょうか?

A 岸見一郎、古賀史健著『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
B 元少年A著『絶歌』(太田出版)
C 又吉直樹著『火花』(文藝春秋)
D 百田尚樹著『永遠の0』(講談社)
E 小畑峰太郎著『STAP細胞に群がった悪いヤツら』(新潮社)

■マスコミの報道に影響される人は事実を見誤る

正解発表の前に、小保方支持派と批判派の定義に触れておきます。まず、小保方晴子著『あの日』にアマゾンで星4と星5の評価をつけたレビュアを小保方支持派、星1と星2の評価をつけたレビュアを小保方批判派としました。ただ、それだけでは小保方批判派が少ないので、STAP細胞論文の不正を詳しくレポートした毎日新聞記者の須田桃子著『捏造の科学者 STAP細胞事件』(文藝春秋)に対して、アマゾンで星4と星5の評価をつけたレビュアを小保方批判派、星1と星2の評価をつけたレビュアを小保方支持派に加えました。

その結果、小保方支持派のレビュアが677人、小保方批判派のレビュアが261人集まりました。

小保方支持派と批判派のレビュアが、上の2冊以外でいずれも5人以上レビューをつけていた本がクイズで選択肢とした5つの本です。そのレビューの評価の平均値を図表に示します。

図表から分かるとおり、小保方支持派と批判派で評価がはっきり分かれているのが元少年A著の『絶歌』です。

ご存じのない方のために補足しますが、1997年に当時14歳だった少年Aは、神戸連続児童殺傷事件を引き起こしました。犯罪の猟奇性ゆえ、当時社会的に大きな関心を集めました。その元少年Aが本を出版することについては、被害者に対する配慮の欠如など大きな批判があり、アマゾンのレビューも低評価のものが多数を占めています。

レビュアの半数以上が星1つの評価をしている中で、小保方支持派の『絶歌』に対する評点の平均が3.9という点は注目に値します。小保方支持者は、反社会的行動一般にシンパシーを感じる傾向があるのかもしれません。

なお、小保方批判派と支持派のアマゾンでの全商品のレビューを収集し、それぞれのグループで使っている単語に特徴があるかどうか調べたところ、小保方支持派は「テレビ」「マスコミ」といった言葉をよく使用する傾向が見られました。

やはり、テレビを中心とした大手マスコミの報道に影響される人は、事実を見誤る傾向が強いようです。

ただし、小保方支持派のレビューは、マスコミに対して批判的なものも多くあります。つまり、単にマスコミを信じているか否かというより、マスコミの情報に常に注目して、それに振り回されることが問題だと考えられます。

■悪意による研究不正は、教育では防げない

STAP細胞事件について、「これは過去のことであって、今後はこのような事態は起きないだろう」と思っている人が多いかもしれません。

しかし、私は将来同様の事件がまた起きる可能性は高いと思っています。

冒頭に述べた通り、STAP細胞論文捏造が話題になって以降、研究者の管理は厳しくなっています。しかし、それらは管理者がするべきことをしていると主張するために行われている面が強くあります。

つまり、不祥事が起きたときの管理責任を問われないようにすることが目的となっており、再発防止につながるような活動はあまり行われていないのです。Eラーニングなどを用いた研究倫理教育の効果は、ルールを知らない人による違反がおきないようにすることだけで、もともと悪意があって研究不正をしようとしている人には何の効力も発揮しません。

悪意による研究不正が起きやすい土壌自体は、STAP細胞事件以降も、変わらず存在し続けています。

具体的には次の4つの問題が存在します。

1つ目は、トップ研究者の待遇を良くしようという動きです。

もともと独立行政法人だった研究所の中から、特定国立研究開発法人という法人格が新たにつくられ、「スター研究者」には破格の報酬を払えることがウリにされています(理化学研究所も今はこの法人に移行していますが、STAP細胞事件のためにそれが遅れました)。

私は、こうした動きは、研究不正を助長すると考えています。

大学や公的研究機関は、もともと待遇は大企業に行くより悪いけれど、自分のやりたい研究ができるという自由を求めて集まる場所です。そういう人たちは知的好奇心で仕事をしますから、結果を捏造して成果にしようという気持ちはもとからありません。

ところが、給与などの待遇が目的の人は、真実は何かといったことにはもとから関心がないのですから、不正に対する心理的ハードルは低いわけです。小保方氏も30歳で約1000万円の年収があったといいますから、かなりの厚遇です。

■第2、第3のSTAP細胞事件はいつでも起きる

2つ目は、男女共同参画です。

誤解のないように言っておきますが、私は研究者として優秀な人ならば、男女を問わず平等に扱うべきだと思っています。

ところが、今の男女共同参画は、女性研究者の数を増やすことが目的で、その女性が研究者として適格かどうかには関心がない。だから、研究に向いていない女性が研究の道に来てしまう。小保方氏もその一人だったと考えられます。

私は高校生向けの講座などを積極的に担当していて、1回「リケジョ」企画で女子中高生限定の講座を担当したことがあります。

残念ながら、それは私が今まで担当した中で最悪の講座でした。

「女子」という条件だけで数が揃うように集められているので、そもそも科学に関心がない生徒が多いのです。実験器具も壊され、悲惨な目に遭いました。そういう女性を理系に誘うことは、真面目に理系の研究をしたい女性にとっても迷惑なことだと思います。

実際、研究者として成果を出してこられたシニアの女性研究者は、みな小保方氏に厳しいコメントを出されていました。

それに対して、「おばさんのひがみだ」といった小保方支持者の心無い発言が、当時ネット上に溢れました。そういう発言こそが本当の差別です。

3つ目は、研究費配分における競争的資金偏重です。

今は、研究計画書を書いて、コンペで予算を獲得しなくては、まともに研究を続けられない状況になっています。そうした状況下では、研究成果を盛りたいという誘惑が働いても不思議ではありません。

4つ目は、研究を「数」だけで評価する文化が浸透してしまったことです。論文数や博士号取得者数など、とにかく数だけで何でも評価されます。

さきほど述べたとおり、小保方氏の博士論文の第1章は、約20ページにわたりNIHのウェブサイトをほぼ丸々コピペしたものでした。第2章以降は自分で書いたものと思われますが、第1章と第2章以降で英語のレベルが全く違うのです。私が指導教員であれば、彼女の博士論文の第1章が本人の作文ではないことはすぐに見破ることができたでしょう。

つまり、指導教員が学生の書いた論文を全く読んでいないのです。とにかく、何でもいいから博士論文の審査を通して、博士号取得者数を増やせばいいということなのでしょう。

本来なら、この指導教員に対しては大学から厳しい処分が下って然るべきですが、今も教授として居座り続けています。今後もこのザルの目をくぐって研究者デビューする人は後を絶たないでしょう。ですから、第2、第3のSTAP細胞事件はいつ起きても不思議ではないのです。

■そして、予想は当たったが……

『「先見力」の授業』(かんき出版)の原稿にそう書いたのは2017年12月です。脱稿後の2018年1月、京都大学のiPS細胞研究所で助教による論文のデータ改竄、捏造が発覚しました。

このケースは上述の3つ目と4つ目の問題点とも関係しますが、現在の若手教員の多くは任期付きポストの不安定な身分に置かれており、結果を出すことに対するプレッシャーが相当強くなっていることがその背景にあると考えられます。

iPS細胞研究所は再発防止策として、管理の強化や研究倫理教育の徹底を挙げています。しかし、これまで述べた通り、それだけでは実効性のある再発防止策にはなりません。

上で指摘した構造的な問題を解決しない限り、今後も研究不正は繰り返されるでしょう。日本の科学技術行政にそうした問題意識が全く感じられないのが大変残念です。

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掛谷英紀(かけや・ひでき)
筑波大学システム情報系准教授
1970年大阪府生まれ。93年東京大学理学部生物化学科卒。98年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。NPO法人「言論責任保証協会」代表。著書に『学問とは何か 専門家・メディア・科学技術の倫理』『学者のウソ』など。近著に『「先見力」の授業』(かんき出版)がある。

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(筑波大学システム情報系准教授 掛谷 英紀 写真=EPA/時事通信フォト)