福祉は「性」とどう向き合うか

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 週刊現代、週刊ポスト両誌が端緒を切った高齢者向けの「いくつになってもセックス」特集は、とどまるところを知らない。それだけニーズがあるのかと思っていたところ手にしたのが本書『福祉は「性」とどう向き合うか』(ミネルヴァ書房)である。

 著者に福祉の専門家として名高い淑徳大学総合福祉学部教授の結城康博さんの名前があったので読み始めたら、第1章「高齢者の性・恋愛・結婚」には「六〇歳を過ぎても衰えない性欲」「ローションを活用した夫婦生活」「セックスレスからの復活――六五歳専業主婦のケース」「定年後に夫は性欲が復活する」など目をむくような見出しが連続する。大学の先生にしてはずいぶん飛ばすなあ、と感心して分担執筆者を確かめたら、講談社週刊現代編集部専属記者の後藤宰人さんだった。なるほど直球勝負なわけだ。本書は福祉関連の3人の研究者とジャーナリストの後藤さんが意見交換を重ね、福祉現場のヒアリング作業を踏まえて完成したものだ。障害者、高齢者それぞれ当事者のなまなましい声とともに福祉専門職の切実な悩みや問題が提示されている。現場でタブー視されてきた「性」の問題に正面から切り込んだ入魂の一冊だ。

 序章「福祉専門職の悩み」で結城さんが報告しているのは、特別養護老人ホームでの「レイプ未遂?事件」だ。要介護2の83歳の男性が要介護4の認知症患者である76歳の女性の部屋に、夜中、侵入して性的関係を強引に持とうとした疑いがもたれたというケース。女性は認知症なので同意したかどうかはわからなかったが、女性の衣服が乱れ、男性の精液らしきものがシーツについていたという。結果的に以後、介護士らが注意をはらうことで、何事もなかったかのように対応したそうだ。施設では男性の要介護者(利用者)が女性介護士へセクハラを行うケースがある。判断能力があれば叱責などで対応できるが、認知症が悪化し本人がセクハラと認識できない場合、対応が複雑化するという。

軽い知的障害のある女性が性風俗に

 障害者のケースで驚いたのは、福祉サービスとのつながりが薄い軽度知的障害者女性が性風俗産業に取り込まれていることだ。2014年にNHK Eテレ「ハートネットTV」が初めて、この問題を取り上げ、さらに同年刊行された『最貧困女子』(鈴木大介著、幻冬舎)に3人の知的障害者の女性が登場するという。「性的ニーズ」を満たせない知的障害者と性的行為を強制される知的障害者と二つの問題があると、著者の一人、武子愛さん(人間総合科学大学非常勤講師)は指摘する。

 社会福祉学で、自己決定は支援対象者の権利としての側面だけでなく原理原則として考えられる。自己決定はとりわけ障害者福祉では、「一九八〇年代の日本での自立生活運動において、障害があっても自分の望む生活を選択し、自立生活を目指す考え方が当事者によって主張され、自己決定や自立がクローズアップされるようになった」と著者の一人、米村美奈さん(淑徳大学総合福祉学部教授)は説明する。その上で支援者が自己決定に「No」ということもあると記している。福祉施設である婦人保護施設は、売春等の性風俗関係の仕事に関わり生活破綻した女性や、DVや性暴力の被害女性が生活の立て直しを図るために婦人保護所を経由して利用する。知的障害があったり疑われたりする女性の駆け込み寺として機能しているのだ。男性障害者が性欲を満たす手段として性風俗を利用しようと「自己決定」した場合、「福祉専門職は一方で性の被害の見ぬ振りはできないだろう」と。

 「一人ひとりの個別的な支援を考える鉄則は、性に関する事であろうとなかろうと変わらない」と結論づけている。生真面目な研究書としての側面となまなましい実例が紹介されているルポルタージュの貌(かお)とが両立した稀有な本だ。今後、この問題を語るときには必読の書となることは間違いない。  (BOOKウォッチ編集部)