ここはとある証券会社の本店。

憧れ続けた場所についに異動となった、セールスウーマン・朝子。

そこでは8年前から目標としていた同期の美女・亜沙子が別人のように変わり、女王の座に君臨していた。

数字と恋をかけた2人のアサコの闘いの火蓋が、今切られるー。

念願の本店に異動になった朝子だったが、同期・今井亜沙子は、数字の出来ない先輩に土下座をさせた上に、後輩を追い込んで逃亡させるという傍若無人な女だった。

朝子は、そんな亜沙子に数字で勝つため仕事に励むが、亜沙子は紀之に手を出したりと、対抗心をむき出しにしている。




その日の朝、寺島課長の辞令を聞いて、本店全員が騒然とした。

―寺島 祐一 松山支店

管理職からは降格し、再び営業社員となる人事異動である。

おそらく通告があった後、いろんな人の証言により、寺島のこれまでの常軌を逸した行動が露呈されたのだろう。

そして同じ日、営業一課は、島村という新たな女性の課長を迎えていた。

年齢は40過ぎ位だろうか。島村はショートヘアにパンツスーツという出で立ちで、女性らしさを少しも感じさせない。

―前の支店では厳しすぎて鉄の女って呼ばれていたらしいですよ。

後輩のゆかりは、島村について事前に情報収集をしていた。朝子は、島村の姿を見た瞬間、ゆかりの言葉に納得してしまう。

―寺島課長以上のパワー系の上司だったら嫌だなあ…。

愛想笑いなんてしそうもない島村の顔を見ながら、そんな事を思っていた。

島村は着任早々、課員たちのお客さんの属性や、これまでの取引を早速念入りに調べている。

ちょうどその時、朝子の目の前では、亜沙子が高齢の顧客と思われる電話口の相手に向かって、ゆっくりと話していた。

「このあいだお話しした商品でいいんですよね?1,000万でいいんですよね?」

―あのお客さん、相当な高齢者なのかしら…?同じこと何回も確認して、話が噛み合っていないみたい。

朝子がそんな風に感じた直後、亜沙子が電話を切り、颯爽と島村課長の席に向かう。

そして、寺島に話しかけていたときのように、島村に向かって上から目線の口調で話し始めた。


島村課長vs亜沙子。新たな戦いが幕を開ける!


「島村課長。このお客さんから新規の投信を1,000万円買いたいと連絡を貰ったんですけど、販売して問題ないですよね?寺島課長からは提案していいって言われてたので。」

島村は、亜沙子の方に目だけをじろりと向けて、報告を聞いている。

高齢の顧客に販売をする場合、管理職の面談が必要だが、亜沙子曰くそれはすでに異動前の寺島が済ませているとのことだった。

島村は一通り聞き終えると、「確認させて下さい」と言って、その顧客の保有している資産や過去の取引を見始めた。

「このお客さんは、明らかにこれまで低リスクのものでしか運用してないですね。それにこんなにご高齢で、なんで急にこの方がこんなハイリスクな商品で運用したがるんですか?」

亜沙子の目をじっと見ながら島村は尋ねた。

「いや、そんな事まで聞いてないですけど…」

亜沙子は、座っている島村を見下ろしていた。その表情は、そんな事聞いてどうするんだ?とでも言いたげである。

「でも、お客さんが買いたいって言っているんだからいいですよね?!それに、寺島課長からは販売していいって言われたんです!」

どうやら、“お客さんが買いたがっている”という事、そして”寺島は販売していいと言っていた”という事を、やたらと強調したいようだった。

イライラした調子で答える亜沙子に向かって、島村はため息とも取れる息を吐きながら言った。

「今井さんは、お客さんが買いたいって言ったら何でも販売するんですか?あなたが担当している意味って何なんでしょう?」

そう言って、島村はパソコンに向き直った。




「本当にお客さんに相応しいものを販売して下さい。このお客さんにこの商品が相応しいと何故思うのか、私が納得出来る様に説明して下さい。」

亜沙子が怒りでわなわなしているのを、周りにいる課員全員が感じていた。

気がつけば周りに座る課員は皆、自然と電話をかける手を止めて二人のやりとりを、固唾を飲んで見ている。

亜沙子は一歩も引く様子はない。まるで、“この課のルールは自分だ”とでも言わんばかりだ。

「そんな綺麗事言ってても、予算終わらないってわからないんですか?私は課のために数字をやってるんですよ!私が数字やらなかったら、課長の数字が出来ないってわかってます?」

若手社員たちは、おろおろしている。島村が亜沙子の機嫌を損ねて、本当に亜沙子が数字をやらなくなったらどうするのか、不安なのである。

島村は、そんな課員の心配なんて気にも留めない様子で話す。

「知っていますよ。ただ、お客さんの事を考える余裕もないくらい、予算に追われているって言うんであれば、お客さんは他の人に出して下さい。その分、あなたの予算減らしますよ。」

「…は?」

亜沙子は、顔を真っ赤にして食いかかるが、島村は一切動じず、その調子を崩さない。

「今井さんがよくやってくれているのは、ちゃんとわかっています。だけど、このお客さんには今井さんが異動した後も、ずっとここで取引して貰うんですよ。」

そして冷淡な口ぶりでこう続けた。

「その事を考える余裕がない位、追い詰められているって言うんだったら、他にも頼れる課員はいますから言ってくれればいいですよ。」

「わかりました!じゃあ、お年寄りだから売れないって断ればいいんですね!そう言いますから!」

これ以上話しても無駄だと諦めたのか、亜沙子は捨て台詞を吐き、その場を去ろうとする。

「私が電話しますから、もう大丈夫です。」

取り乱す亜沙子に呆れた顔で、島村はそう言ってお客さんに電話をかけ始めた。

亜沙子は席にドスンと座ったかと思うと、机の引き出しをバンッと強い音を立てて閉め、バックを掴んでどこかへ消えて行ってしまった。

朝子は、仕事を忘れて二人のやりとりに見入ってしまっていた。

―島村課長。数字さえ出来ればいいって考えの寺島課長とは大分違う人なのね…。

亜沙子のご機嫌を伺う事で成り立っていた営業一課だったのに、島村は着任早々、この秩序を崩しにかかったのである。


亜沙子の女王体制を壊しにかかる島村課長


その日の夜、顧客訪問を終えた朝子がオフィスに戻ると、課員はすでに帰っており、島村だけが残っていた。

島村はホワイトボードの前に立って、何やら考え事をしていた様だ。朝子に気付いて、小さく「お疲れ様」と声をかけた。

残った雑務を片付けていると、おもむろに島村が隣の席に腰を下ろす。

「中川さんは限られたお客さんで成果を出していて、よくやっていますね。新しいお客さんもコンスタントに作っていて感心しました。」

ツンとした雰囲気の島村が少し柔らかい表情をしていたので、朝子は思わず驚いてしまった。




島村は再びホワイトボードに目をやり、朝子に向かって話し始めた。

「このチームの構成は大分いびつな様に思えます。今井さんにおんぶに抱っこで。私からすると、中川さんももっと頼れる存在だと思うし、機会が与えられてないだけで若手にも素質のある子がいる様に思えるんです。」

朝子は予想もしていなかった言葉に、気づけばじっと島村の目を見て、続きが語られるのを待っていた。

「今井さんのお客さんを他の課員に移そうと思っています。」

今度は、島村が朝子の目を見つめていた。

「中川さんは、もっと出来るでしょう?」

朝子は自分の体がふわっと熱くなるのを感じる。

「はい。私、まだまだ頑張れます。」

島村は無言で頷いて、「遅くまでお疲れ様でした」と言い残すと自分の席に戻って行った。



それから数週間後。朝子が島村と共に顧客訪問をした帰り道のこと。

島村はおもむろに口を開いた。

「この間、今井さんのお客さんをみんなに移すって言ったんですけど、実はその後、本店長から引き継ぎするのを止められてしまったんです。」

―なんで無理なんだろう…?不自然なくらい、亜沙子が殆どの大手客を担当しているのに…。

悔しそうな表情を浮かべながら、島村は続ける。

「今はやめておく様に言われているんですけど、必ずどこかのタイミングでやらせて貰う様に言い続けますから、中川さんもがっかりせずに、今までどおり頑張って下さい。ちゃんと見てますから。」

営業をする者にとって、大手顧客は喉から手が出るほど欲しいもの。

もうすぐ、そんな大手顧客を担当させて貰えると期待していただけに、落胆せずにはいられなかった。

―なんで、無理なのかが気になるな…。だけど、島村課長はそんなことペラペラ話してくれる人じゃなさそうだし。

朝子は小さく「はい」と答えて、そのまま二人は特に会話をすることなく帰路についた。

この時の朝子は、今井亜沙子という女の執念をまだ理解しきってはいなかった。

一度、頂点に立った人間は、その場を失わない為にはどんなことでもするものなのだ。

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女王からの逆襲で、窮地に追い込まれる新課長。