プロレス史上最高のマスクマンといえば、誰もがミル・マスカラスの名前を思い浮かべるであろう。絶対的なベビーフェイス(善玉)として世界を股にかけ、70歳を超えた今もなおプロレスファンから喝采を浴び続けている。

 一般的なスポーツや格闘競技とプロレスとの大きな違いの一つに、マスクマンの存在が挙げられよう。
 マスクをかぶれば視界が狭まり、呼吸にも支障をきたす。ずれたり破れたりのトラブルもあるだけに、単に勝敗を競う上ではない方がいいに決まっている。
 にもかかわらず覆面レスラーが存在するのは、大きく2つの理由が考えられる。

(1)キャラクター付けのため
 正義vs悪というような分かりやすい対立構図が求められるプロレス興行において、ルックスや技量が中途半端な選手は、アングルに組み込み難い上に客ウケも悪い。そうしたレスラーがマスクをかぶることで、個性を打ち出そうという算段である。
 日本で最初にマスクマンとして注目を浴びた、ミスター・アトミックがその好例。ビールの王冠をマスクの額部分に仕込んだ凶器頭突き(攻め手と受け手のどちらが痛いのかもよく分からない反則技)ぐらいしか見所のない選手が、当時、トップヒールの扱いとなったのは覆面レスラーの珍しさがあってのことに違いない。

(2)正体を隠すため
 アメリカマットでプロレスラーのライセンスが必要とされた時代、これを所持していなかったザ・デストロイヤーが、正体を隠すためにマスクをかぶったというのはよく知られている。
 「メキシコのルチャドールにマスクマンが多い理由は“アステカ文明に由来する神事、祭事としての意味合い”などとご大層にいわれていますが、もちろん、そうした側面はありながら実際には正体を隠すためという部分が大きい。ルチャドールの多くは別の仕事を持つ兼業レスラーで、昼間にスーパーの店員やバスの運転手をしている人物が、夜になってリングに上がっても恰好がつかないからマスクをかぶるという裏事情があるのです」(プロレスライター)

 しかし、同じメキシカンで世界的な人気を博したマスカラスは、レスリングの五輪候補かつボディービルではミスター・メキシコにも選ばれた輝かしい経歴から、プロレスデビュー時には盛大な売り出しを受けており、当然ながら兼業の必要はなく、そもそも正体を隠す必要もなかった。
 「その意味では、キャラ付けのためのマスクということになるでしょう。メキシコマットでは代々トップがマスクマンだったことから、マスカラスもそれに倣ったわけです。とはいえ、レスリング仕込みのテクニックは秀逸で、発達した筋肉の見栄えも抜群。その素顔も、真偽のほどは不明ながらハンサムだったとの目撃談があり、恐らくマスクをかぶらなくてもスター選手になっていたはず。逆に言えば、それほどの選手だったからこそ、史上最高のマスクマンとなり得たわけです」(同)

 マスカラスの代名詞である空中殺法は、今のアクロバット化した基準から見ると物足りなく映るかもしれないが、彼が登場した頃はヘビー級の選手が飛び技を使うこと自体が珍しかった。また、投げ技や関節技だけでも試合を組み立てられる巧者であり、フライング・クロスチョップやダイビング・ボディアタックを乱発することなく、まさにここ一番の必殺技としたことで観客の期待感をあおることにもなった。

 どこの国でも名前だけで客が呼べる、まさしく世界的スーパースターであったマスカラス。惜しむらくはメジャータイトルを獲得できなかったことだが、これはあまりに人気が出すぎたことで世界中から引く手あまたとなり、一つのテリトリーに定着できなかったことによる。
 マスカラスの看板タイトルとなったIWA世界ヘビー級王座(国際プロレスが認定していた同名王座とは別物)は、アメリカ北東部のインディー組織がマスカラス用に立ち上げたものであり、1975年の初戴冠から今日に至るまで一度も陥落することなく防衛を続けている。

 マスカラス以前には“覆面レスラーはマジソン・スクエア・ガーデンには出られない”というように、どこかマスクマンは色物的に見られていて、それもビッグタイトルに縁のなかった一因でもある。
 「ただ、一地区のトップになるよりもゲストとして全世界を回る方が稼ぎもいいだけに、マスカラス自身もそれを望んでいたところがあったのでは」(同)

 なお、'65年のデビューから瞬く間に評判を呼んだマスカラスが、'68年より連載開始となった漫画『タイガーマスク』の発想のきっかけになったとする説もある。
 原作者の梶原一騎氏が亡くなった今となっては、真相を探るすべはない。しかし、もしも本当であればその意味でも、マスカラスは日本のプロレス史に欠かせない存在であったと言えるだろう。

ミル・マスカラス
1942年7月15日、メキシコ出身。身長185㎝、体重105㎏。得意技/フライング・クロスチョップ、ダイビング・ボディアタック。

文・脇本深八(元スポーツ紙記者)