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新入社員の3年内離職率(*)を見ると、大卒で32.2%、高卒で40.8%となっている。5〜29人という規模の会社に限定すると、それぞれ50.2%と56.4%に跳ね上がる。せっかく採用しても、一人前になるかならないかの間に、半分が辞めてしまう。労働問題を扱う弁護士から見た、若手が定着しない会社の特徴、そして、若手が辞めない会社にするためのコツとは――。

*厚生労働省「新規学卒者の事業所規模別・産業別離職状況」平成26年3月卒のデータ

■退職理由は、ほぼ人間関係

「この会社を卒業します」

退職理由について、そう言われるとなんだか前向きな印象を受ける。しかし、実際には「会社に不満があるので辞めます」と言えないだけのケースが多い。社長としては「卒業」と言われると「そ、そうか。がんばって」と言わざるを得ない。言葉というのは、不思議な力を持っている。

このところ、新入社員が1年もしないうちに退職してしまうという話をよく耳にするようになった。ただでさえ人手不足の昨今、新戦力が離脱してしまうのは、社長としてもやるせない気持ちになる。採用から受け入れまでの経済的なコストも馬鹿にならない。

個人的な経験からすると、新入社員が退職する理由は、人間関係のトラブルにあることが多い。新入社員に限ったことではないが、社員が本当の退職理由を社長に述べることはほぼない。ある先輩社員と折り合いが悪くても、相手を刺激しないように「やりたいことが見つかりました」と引き止めにくい理由を述べて、社長の質問をブロックしてしまう。社長としても、退職理由がわからないため、改善もできず、同じ轍を踏んでしまう。

一方で、新入社員が「上司を辞めてほしい」と言い出した例もある。

■うちの子にパワハラした上司を辞めさせろ!

若手社員がパワハラを訴えるケースでは、本人ではなく親が前面に出てくることが多い。本人とは連絡がとれず、両親が代理人と称して、声を荒げてくるのだ。

かつて、小売業の会社から相談を受けた。入社して3カ月の社員から、「パワハラを受けたので上司を辞めさせてほしい」という訴えがあったというのだ。この上司は指導もしっかりしていて、会社としても手放すわけにいかない。さりとて、新人は出社もせずに両親がまくしたてるように電話をしてくる。社長としてはどうしたらいいものかわからず、人づてに事務所にいらっしゃった。

事実関係としては、上司の指導は決してパワハラと言われるようなものではなかった。不適切な行動をきちんと指摘したにすぎない。それでも上司の方は、パワハラと指摘されたことに本当に疲弊していた。「これもパワハラになるのでは」という不安は、中間管理職に蔓延し、萎縮効果を引き起こす。本来あるべき指導がなされず、かえって社員の成長を阻害してしまう恐れもある。あるべき指導がなされなければ、企業の発展など期待できない。

新人社員の両親は、わが子から聞いた話を鵜呑みにして、事実無根の話を執拗に繰り返してきた。愛情は、ときに人の判断を誤らせるのだ。そこで本件では、3カ月分の賃金相当額を支払って、退職してもらった。この事案では、経済的な補償をして退職してもらうことがベストな解決だったと考えている。

では、このようなトラブルにならないためには、どんなところに注意するべきか。3つのポイントを押さえておくことが、トラブル回避や若手社員の定着に効果的だ。

■ダメ出しを恐れてはいけない

1.採用時に具体的な仕事のイメージを伝えておく

新入社員が実際に勤務して違和感を覚えるのは、「自分のイメージした業務」と「実際の業務」が違うからだ。たとえば「結婚のイメージは」と質問すると、若い人たちは「結婚式」をイメージする。だが実際の結婚とは、結婚式後の「2人の暮らし」だ。労働も同じ。働いたことがないのだから、断片的なイメージしか持てていない。

だからこそ、採用過程では実際の仕事の内容を具体的に説明して、イメージと現実の乖離が生まれないようにしなければならない。「そんなことしたら、誰も入社してくれない」と反論する社長がいるかもしれないが、本当の姿を偽って採用をしても長続きはしない。具体的なイメージを伝えるためには、若手の先輩社員の失敗談が効果的だ。「失敗からの成功」ほど魅力的なストーリーはない。

2.「教え方」を整理する

新入社員と上司のトラブルは、指導の場面で生じることが多い。「最近の若者は根性がない」などと言っても意味がない。私の実感では、「新入社員のレベル」ではなく「教え方のレベル」に問題がある。日本の義務教育では、「教え方」を学ぶ機会が皆無であるといってもいい。「教え方」を体系的に学ぶことがないまま管理職になってしまう。OJTといえば聞こえはいいが、実際には無手勝流で、しまいには「見て経験して覚えろ」と丸投げになってしまう。

強い会社にするには、新人から一人前になるまでの時間を短縮しなければいけない。そのために、「教え方」を社内で標準化させるべきだ。具体的には、マニュアルや教えることを要素に入れた人事評価制度を導入していくことになる。

3.ダメなものはダメだという

このところ、社員を褒めて育てようという機運が高まっている。人を褒めることは成長を促すことになるので、大いに結構なことだ。だが間違ったことについては、はっきりダメ出しすることも同じくらい重要だ。褒めるのはカンタンだが、ダメ出しはむずかしい。よかれと思って言ったひと言が、パワハラだと批判されかねない。だが、「そんなリスクを取るくらいなら、黙っておこう」という意識がひろがると、組織は次第に崩れていく。

中小企業のトップには、信賞必罰という姿勢こそ求められる。優しいだけで経営が成り立つほど、ビジネスの世界は単純ではない。ダメ出しをして退職する人がいれば、社風に合わなかったものとあきらめるほかない。社長は「何をよしとして何をダメとするのか」を日ごろから明確にして、社員に説明し、共有していくことが大事だ。基本ルールが決まらないと、社員としても部下に何を指摘し、教えればいいのかがわからない。経営計画書などで、明確化させておくべきだ。

「なぜ人を採用するのに、そこまで気を遣わないといけないのか」と疑問を持つ社長もいるだろう。しかし今は、そういう時代なのだ。環境が変わったのだから、社長の意識も変えていかなければ、会社は成長できない。人を雑に扱う会社は、すべてを雑に扱う――。人を大切にする会社はすべてを大切にする――。社員を大切にすることの先に、飛躍がある。

(島田法律事務所代表弁護士 島田 直行 写真=iStock.com)