心から「楽しい」「最高」と感じられる趣味があると、人生はより面白く、彩り豊かなものになります。趣味という名の美しい沼に浸かっている人たちを紹介していく連載【趣味と私と人生と】。
初回は「マンガのない人生は考えられない」と話す、イラストレーター/アートディレクターの兎村彩野(うさむら あやの)さんに登場いただきます。

『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)の名シーンでマンガの虜になった

3歳のころ、生まれて初めて手に取ったマンガは、祖父母が買ってきてくれた『ドラえもん』。テレビでは見ていたものの、マンガ特有の「コマ」の進み方がわからず、父がかいた胡座のなかにちょこんと座り、目の追い方を教わっていました。

「絵本や紙芝居を読むみたいに、マンガを読んでもらった記憶があります。私は、日常生活のなかで色を感じる感覚が人よりも強いのか、街にあふれる発色のよい看板や、バラエティ番組のテロップのポップな色の刺激が強く、少し疲れてしまうことがあります。
マンガのモノクロの世界は初めて見たときから私には刺激が少なく、体がラクでした。たくさんの色や音であふれる映像と比べると、マンガの情報量は圧倒的に少なく、脳内で自分の好きな色に塗れるのが楽しかったんですよね」

5歳になるとマンガも本も少しずつ自分で読めるようになっていて、スーパーの書籍コーナーや書店に連れていってもらっては、背伸びして平積みの棚を見ながら、『ドラえもん』を探していた記憶が今でも残っているといいます。
マンガに対してポジティブな考えを持つ両親は、兎村さんに「マンガは総合芸術。子どもも大人もみんなが楽しく読めるものなんだよ」と教え、ほしいマンガ(本も含む)は買い与えてくれていました。

「今もなお“名作”と語り継がれている、『てんとう虫コミックス』(小学館)の『ドラえもん』6巻に収録されている『さよなら、ドラえもん』というお話があります。お話は、ドラえもんが未来へ帰らないといけなくなったとのび太に告白するところから始まります。
ドラえもんや秘密道具に甘えていたのび太が、ひとりでジャイアンに勝負を挑み、ボロボロになりながらも勝利して、ドラえもんに言うんです。『もう安心して帰れるだろ、ドラえもん』と。読んでいて、のび太の優しさとカッコよさに魂が震えました。それが私がマンガ沼に浸かった瞬間だと思っています」

このマンガが、ジェンダーを意識しない生き方のベースを作った

小学生のころは放課後になると、マンガをリュックに詰め込んでは、お向かいの友人のもとへ通う日々。友人とはマンガの趣味が違うことから、持っているマンガがかぶらず、互いの持っている作品を交換して読み合っていたそうです。

「近所のスーパーマーケットに併設する本屋さんに、マンガの新刊発売日リストが掲示されていて、親とそこへ行く度にメモを取って帰っていました。地方に住んでいたので、発売日から数日後に入荷されてくるんですね。その日を狙って親の買い物についていくのが恒例でした。スーパーでの夕飯の買い出しのあと、本屋へ誘導するんです(笑)」

『ドラえもん』後の「雷に打たれるくらい」衝撃的な出会いだったのは『らんま1/2』(高橋留美子、小学館)。他のマンガは2Dで見えるのに、『らんま1/2』をはじめとする高橋留美子さんの作品は、自分がマンガのなかに透明人間として存在している、不思議な感覚があったと振り返ります。まるで自分がカメラになって、キャラクターたちを追いかけているような感じだといいます。

「当時は小2か小3くらいでした。そのときから両親に買ってもらうのに加え、自分のお小遣い……だいたい500円くらいだったでしょうか、それもほぼすべてマンガにつぎ込むようになっていました」

1992年に『なかよし』(講談社)で『美少女戦士セーラームーン』(武内直子)が連載開始となったのも、兎村さんの思想に大きな影響を及ぼしました。それまでの少女マンガの作風とは違い、敵と戦うカッコいい女の子が描かれている――女の子はかわいくあらねばいけないわけじゃない。カッコよく生きてもいいんだ! と目が覚める思いがしたといいます。

「『らんま1/2』と『美少女戦士セーラームーン』が、私のジェンダーを意識しない“ジェンダーレス”な生き方をするベースを作っています。らんまは男の子が女の子に変わり、その逆もあります。セーラームーンは女の子が“戦士”として戦います。そのふたつの作品にふれて、ひとつの体に性別はたくさんあってもいいんだ、と考えるようになったんですよね」

読んだマンガと相性が悪くても、嫌な気持ちにはならない理由

『美少女戦士セーラームーン』以降、興味のなかった恋愛モノにも手が伸びるようになり、小学校高学年からは少年マンガも少女マンガも、何でも読むようになった兎村さん。当時からジャケ買いならぬ表紙買いをしていて、今に至るまでマンガの食わず嫌いはせず、マンガならだいたい好きといいます。

「買って読んでみたものの、相性が悪くて『あ〜、ハズレだった! 悔しい(笑)』って感じるのも嫌いじゃないんです。面白くても、苦手でも、なんでもいいと思っていて、マンガそのものが好きだから、別にいいんですよね。
マンガ家さんも人間で、人として成長していくものだから、最初は合わないと感じる作品を描いていたマンガ家さんが数年後にすごく面白い作品を描いていたりして、『この作家さん、絵が上手になった!』『この作家さん、ストーリーの組み立て方が変わった!』って。その瞬間がいいんです」

相性の良い好きな作品だけを読んでいると、どこがどれだけ好きなのかわからないから、好きではない作品もたくさん読む、と兎村さん。この姿勢が日常生活においても「苦手な人はいても、嫌いな人はなるべくつくらない。苦手な人を嫌いになる必要はない」という考え方を作ることにもつながっています。
現在も多忙な日だと2〜3冊、平均的には1日5〜6冊、多くて10冊以上と、毎日マンガを読む時間を確保しています。マンガにかけるお金はならすと月5〜10万円くらい。どんどん溜まっていくマンガは、実家と親が所有する事務所の一角、旦那さんの実家と3箇所の「倉庫」に送って保管しています。

「最近はマンガと本以外、あまり興味がないんです(笑)。ここ数年はその傾向が顕著になっていて、若いときほどブランドの服や靴にも興味がなくなってしまって。
映画やプラモ、ゲームも趣味として好きですが、時間の配分だと、ただひたすらマンガや本を買って読んでいることが多いです。これだけマンガ好きで、職業もイラストレーターだと『マンガ家になりたいと思ったことはないんですか?』ってよく聞かれるんです。いつも『ただの読者、すごく良い読者でいたいんです』と答えています」

一番美しいのは読者でいる人生だと思う、と兎村さんは話します。だからあくまで娯楽として純粋に楽しみたい、と。死ぬまでマンガを好きでいたいし、読み続けて、読者としてマンガにふれていたい――その軸はマンガを読み始めて35年近くたった今も変わることはありません。

ひとりでも多く、良い読者を増やしたい

とにかくマンガが好き! そんな兎村さんは2017年秋から「講談社コミックプラス」でマンガのレビューを書く仕事を引き受けています。昔と比べてマンガが売れなくなってきた今、世の中に良いマンガ読者をひとりでも多く増やしたい、という思いがありました。
最新レビューは。タグの「兎村彩野」をクリックすると、これまでに兎村さんが書いたレビューが一覧となって表示されます。

「このレビュー、書くのすごく楽しいんです。紙で読んだ後、iPadのKindleで読んで、気になったシーンのスクリーンショットをとるんですね。で、一晩置いてまた頭から読んで、同じように気になったシーンをスクショにとる。朝と夜でも読む気分や感じ方が違うので、スクショの位置が変わります。1回目と2回目とで同じスクショがあると、自分のなかでそこが気になってるんだな、ってわかるので、そこを軸にレビューを書きます」

ただ、レビューに使う画像はスクショしたものではなく、スクショの前と後ろにある画像だといいます。

「自分が気になった画像は、1冊のマンガにおいてキモになるところだと思うんです。それは読者のためのものだから、自分のレビューには載せたくない。でも、その周りを書く。私のレビューはマンガ家さんと担当編集者さんへ、『作品のキモになるところは、私はこの箇所じゃないかなと感じましたよ』というラブレターでもあり、まだその作品を読んでいない読者の人へ『このマンガのこのシーンがいいと思うんだよね』というトスを投げる、ふたつの目的があるんです」

編集後記

取材中、「マンガは奇跡のコンテンツ」だと兎村さんは何度も話していました。モノクロの絵のなかに登場人物がいて、台詞を喋っていて、効果音も入っているマンガ。
思えば、彼らの髪の色や肌の色、声の大きさ、質感、「ドーン」とか「ビューン」といった音の大きさやスピードなどをすべて想像し、自由に解釈して読んでいるのがマンガです。
自分の経験や生き方、日頃見聞きしているものを活かして読んでいて、10人いれば10通りの味わい方ができるのがマンガなんだな、と感じさせられる機会となりました。

▽ 兎村彩野さん

1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中の17歳からプロのイラストレーターとして活動を開始。シンプルな暮らしの道具の線画を得意とする。2014年よりドイツの万年筆LAMYsafariで描く「LAMY Sketch」が人気に。万年筆で絵を描く楽しさを伝えるサイトを運営中。2017年秋よりでマンガを紹介するレビューを連載している。