好き、じゃなきゃ結婚できない。
でも好き、だけでも結婚できない。

東京で勝ち組でいつづけるには生まれ・学歴・収入・ビジュアルが複雑に絡んでくる。欲望と打算と、認めたくない妥協と。

勝ち組と言われる結婚をした夫婦たちは、どう折り合いをつけハイスぺ婚に至ったのか?

披露宴で聞かされる新郎新婦の馴れ初めなんて、正直もう聞き飽きた。

ハイスペ婚に辿りついた夫婦たちの、これまでの人生とは?

完璧美女、昌子から夫を奪った香織の半生とは?
そして、略奪された昌子のその後は?




略奪妻:香織(26歳)専業主婦の場合


二子玉川の『代官山ASO チェレステ 二子玉川店』に現れた香織は華奢で可愛らしい女性だった。しかし、話し始めると歯並びの悪さが露呈し、少し下品な印象を受ける。そして、媚びるような上目遣いで話し始めたのだったー。



遅くなっちゃってゴメンナサイ。シッターさんに娘を預けようとしたらぐずっちゃって。裕也の両親には頼りにくいし…。この子とずっと二人でいても気が滅入りそうで保育園に入れて働こうとしたんだけど、現時点で専業主婦だと不利じゃないですかぁ?

新卒で就職しなかったことで、こんなにも人生の選択肢を狭められるなんて。…裕也との結婚は、自分が築けるであろうちっぽけなキャリアより、東京のアッパー層へのファストパスになると思っていたんですけど…。

私は埼玉のごく普通のサラリーマン家庭で育ちました。父も母も、10代の私には東京に敗れた人のように思えました。高校生になって背伸びして渋谷や原宿に行きたがる私に『イオンレイクタウン』に行けば何でも揃うのにって。

私は進学校では可愛いって言われていたんです。雑誌の読者モデルと大差ないと思っていたので、東京にさえ生まれていたらって何度も考えていました。

だから、東京で生活をする為に必死で勉強して慶應大学へ入学しました。これで、私もゴシップガールみたいな生活ができるって思っていたんです。

でも、入学して直ぐに、悔しいけど父と母が言わんとしてたことが分かったような気がしました。

入学式で雑誌で見ていた読者モデルの人を見かけたんですけど、雑誌よりも3段階位可愛くて綺麗でした。

内部生の男子との出会いを期待して、ゴルフサークルの新歓コンパにも行ったのですが、23時を回っても誰も帰る気配が無くて。終電だから帰らなきゃと言うのが、すごく恥ずかしかったです。

それでも、私は東京でのキラキラした生活を諦められず、ファッション雑誌の編集部でアルバイトを始めました。きっと、広告代理店の人とかと知り合えるだろうと思ったんです。

同じ大学の読者モデルの子を取材した時は、屈辱的でした。小学校から付属上がりのその子は、BMWの3シリーズに若葉マークを付けてスタジオまで来たんです。トランクはブランド物のバッグや服で溢れていました。

…その子は明らかに私より可愛くなかったんです。それでも東京のアッパー層のヒエラルキーは私よりその子の方が上でした。

アッパー層に上りつめるには、ちょっと可愛い位じゃダメなんだと悟りました。だからこそ、ちょっと可愛いが通じる若いうちに、アッパー層の男性と結婚するしかないと決意したんです。


ニューヨーク大逆転?香織が考えた“アッパー層へのファストパス”とは?


就職活動も上手くいかず、二流企業の総合職か一流企業の一般職に就くくらいなら…とN.Y.への留学を決意しました。金銭面で渋る親を説得するのが大変でしたね。

N.Y.を選んだのは、一番ハイスペックの日本人男性と近づけるチャンスがあると思ったからです。向こうでは、日本人同士の交流会に積極的に参加しました。

でも、本命の外資金融の人達は、N.Y.でもモデルみたいな美女をはべらせていて相手にしてもらえなかったんです。MBA取得の為に社費留学している人と関係を持ったら、子持ちの既婚者だったりして。

そんな時に裕也と出会いました。結婚指輪をつけててガッカリしたけど、まだ子供はいないと聞いてチャンスだと思いました。

奥さんの一生懸命努力する所に惹かれて、商社の総合職同士で結婚して別々に海外赴任中だって。だから、私も一生懸命語学を取得してキャリアを築きたいんだっていう相談をして仲良くなっていきました。

向こうでも帰国後を見据えた就職活動はしていたのですが、やっぱり上手くいかなくて。もう、私がアッパー層へ上りつめるには裕也という切符しかないと思いました。




近づくキッカケとして、近所で強盗があったと嘘をついて、彼の家に転がり込むことに成功しました。一緒に住んでしまえば、あとは時間の問題です。初めて関係を持ってからは、今日こそはという日は、私から大丈夫だよって誘うようにしました。

一生懸命勉強している自分に好意を持ってくれている確信はありました。それを犠牲にしてもあなたが好きと訴えかければ、離婚してくれるって。裕也には就職活動が難航してるのは内緒にしてましたから。

計画通りに妊娠して。
思惑通り離婚してくれて。
出産前に結婚することができました。

えっ?元奥様に悪いと思わないかですか?

“生まれ”っていう努力でどうにもならない物をカバーするには、これ位しなきゃならなかったんです。そんなに責められなきゃいけないなんて思ってもみませんでした。

でも…帰国早々、彼が出向になったと聞かされて。もう、本体に戻れるかは分からないって言ってました。

人伝に聞いたんですけど、前の奥さんのお父さんって、商社の業界団体の偉い人になってるんですってね。圧力でもかけたのかなって勘ぐっちゃって。

…認めたくないけど、悪いことってするもんじゃないなぁって思ってます。


一方の、夫を略奪されてしまった昌子の今は?


年収1,200万円:昌子(32歳)総合商社勤務の場合


『カフェ・ミケランジェロ』で昌子を待っていると、目の前にメルセデス・マイバッハが停まった。助手席から見覚えのあるスラリとした女性が降り、運転席の男性に手を振る。昌子だった。

ヒマワリのような笑顔は相変わらずだが、左手の薬指の指輪に視線がいってしまう。全方位に輝きを放つそれは、GRAFFのレガシーだ。こちらの気配を察して、また昌子の方から話し始めてくれた。



実は…先日婚約したんです。私は2回目なのに良いのかなって思ったんですけど、亮が気にすることないよって言ってくれて。

ええ、そうなんです、学生時代の彼と再婚することになったんです。

そんなに都合良くヨリを戻した訳じゃ無いんですよ?だって、私の方から別れたようなものですから。

でも、亮と話していて、今までの私は囚われなくてもいい価値観に縛られていたんだなって気付かされたんです。




私は、自分の欲望を自分で叶える為に、ずっと努力してきました。他人に叶えてもらおうとするのでは無く。

もちろん、恵まれた環境にいたとは思うけれど、それに甘えることはしませんでした。

自分の人生に妥協したくなかったから。

それなのに、あんなことが起きるなんて…。

ずっと教科書通り生きてきたから、どうして良いか分からなかったんですね。自分の努力でどうにもならないことが起きるなんて。それも信頼していた人に裏切られるなんて。

自分の身に起きることは自分に責任があるなんて言うけれど、私は絶対悪くないのに。

でも、いくら裕也と香織さんを恨んでも、私の“バツ”は消えないんです。ずっと努力で“マル”だけの、それも“ハナマル”だけの人生だったのに。

帰国してからも暫くは、やり場の無い怒りに支配されていました。


“バツ”を克服した方法とは?


そんな時、亮の会社が上場するニュースを耳にしました。

最近は商社もビジネスモデルが変わってきて、ベンチャー投資を積極的に行っているんです。数年前に競合他社が亮の会社に出資したニュースで、会社が成長していることは知っていました。

商社に限らず、大手企業は競うようにスタートアップ企業に出資していますが、上場できる企業はほんの一握りです。亮のすごさを分かっていなかった自分が愚かに思えました。

私にはお祝いをする資格も無いけれど…と思っていた矢先に、亮から上場記念のパーティーに招待されて。ゼミのみんなでお祝いに行ったのをきっかけに二人で食事に行くようになりました。

改めて亮に交際を申し込まれた時、素直に喜べなかったんですね。思いきって亮に、私がひどいことをしたのに、怒っていないのか聞きました。

そうしたら、気にしないよって。あの時、昌子が自分を理解してくれなかったことは悲しかったけど、今、またこうしてお互いを高めあっていける関係になれたから良いじゃないって。

学生時代の私は、ずっと教科書通り100点を取ってきた人生で、一流企業に入るのが“マル”だと思っていたんです。その道からそれる亮は“バツ”でしょうって。

でも、今となっては、そう思っていた私の考えが“バツ”ですよね。

・・・“マル”とか“バツ”って決めつけるのはナンセンスなんだなって。

亮と話していて、そう気付けたんです。

亮はきっと、学生時代からそのことに気付いてたんですよね。じゃなきゃ20代で起業して30代で上場なんてできないですよね。

それからは離婚という“バツ”に囚われる必要が無いんだなって思えてきたんです。

過去の自分に勝ち続ければ良いんだって。

それで二人で“マル”を紡ぎ続けたい、そう思えた時、素直に亮にやり直したいと伝えていました。




そう言って笑う昌子の笑顔は、GRAFFの婚約指輪より輝いて見えた。

―Fin.