フェラーリほど実用性から程遠いブランドはないはずだが…?(写真:フェラーリ提供)

マセラティ「レヴァンテ」、ジャガー「F-PACE」「E-PACE」、そしてランボルギーニ「ウルス」――。世界の新車市場の4分の1をSUV(スポーツ多目的車)が占めるとされる中、近年はラグジュアリーカーブランドやスーパーカーメーカーですら、SUVを投入する流れになってきている。

フェラーリは唯一無二の存在でなければならない

そんな中で注目されているのがフェラーリの動向だ。先駆けてポルシェが「カイエン」や「マカン」でSUVを展開し、あのランボルギーニですらSUVを出したのだから、フェラーリにだってその可能性はありうる。その証拠にフェラーリのトップであるセルジオ・マルキオンネは最近こんなコメントを出した。


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フェラーリは『ユーティリティ・ヴィークル』を作る用意はある。しかし、それはフェラーリならではのものだ。(ちまたにあふれるSUV=スポーツ・ユーティリティ・ヴィークルとは違った)FUV(フェラーリ・ユーティリティ・ヴィークル)とでもいうべきものになるだろう」

これにスーパーカー界は騒然となった。もともと多くのライバルメーカーたちがSUVをラインナップする中、フェラーリだけは、その存在に否定的なコメントを発信し続けていたのだから。

フェラーリほど実用性から程遠いブランドはない。フェラーリといえばこんなイメージを多くの人が持っているだろう。

――真っ赤な、光り輝くような地をはうような優雅なスタイリング。そして遠くからでもその存在感を見せつけるような甲高い排気音。そのバックグラウンドにはモータースポーツの最高峰であるF1のテクノロジーとエンツォ・フェラーリの哲学が生きている――。


創始者エンツォ・フェラーリ氏(写真:フェラーリ提供)

フェラーリはエンツォ・フェラーリがレースカー・メーカーとして創業したイタリア・モデナのメーカーであり、幾つもの社訓とも言うべきこだわりがある。その1つが「4ドア車を作らない」という重要なおきてだ。

フェラーリが70年間にわたって築き上げてきた“ほかとは違う希少なクルマである“、というブランドイメージによってフェラーリの現在があることをマルキオンネ以下、経営陣はよく理解している。いくら人気があるからといって、SUVというわかりやすいジャンルのワンオブゼムとして参入することはフェラーリにとって大変危険なことなのだ。あくまでフェラーリは比較するもののない唯一無二の存在でなければならない。

SUVに参入できるように下地はつくってきた

とはいえ、フェラーリもこのSUVブームをただ眺めていたワケではない。SUVに参入できるように下地はつくってきている。

その1つがAWD(全輪駆動)システムを導入し、2011年に発表した「フェラーリ・FF(フェラーリ・フォー)」だ。これはシューティングブレーク、つまりSUVのように背は高くないが、大人4人がまずまず文句なく乗ることのできる広さのキャビンとリアハッチを持ち、それなりの荷物を積むことができるモデルである。

そもそもシューティングブレークとは英国の狩猟用馬車をその発祥とするもので、ロールス・ロイスやアストンマーティンなどがラインナップした。その名前から、かなり趣味性の高いラグジュアリーなテイストがイメージされるワケだ。ただし、フェラーリのおきてに沿って、フェラーリ・FFも2ドアだ。モデル名のフォーは4ドアではなく4輪駆動を意味している。

このフェラーリ・FFは2ドアではあるものの、フェラーリ顧客のSUVニーズを吸収しようと企画された趣味性の高いモデルだ。そして、フェラーリ・FFの後継モデルとして2016年に登場したのが、「GTC4ルッソ」。ほどなく8気筒エンジン搭載の後輪駆動版「GTC4ルッソT」も追加された。


フェラーリ・FFの後継モデル「GTC4ルッソ」(写真:フェラーリ提供)

このGTC4ルッソはフェラーリ・FFよりも使い勝手が洗練されており、トップエンドのパワーは相変わらずフェラーリそのものでありながらも、市街地走行などではメルセデス・ベンツなどのラグジュアリーサルーンに遜色のないスムーズさを見せてくれる。

実はフェラーリ社内では、このフォーの開発を行っていた頃、より背の高いSUVに近いモデルの開発も行われていたようだ。つまり、このフォーと後継であるGTC4ルッソのプラットフォームとコンポーネンツをベースとすれば、4ドアのSUVを作ることはフェラーリにとってそう難しいことではないはずだ。

ただ、ブランドのキャラクターを考えると…

しかし、フェラーリがこれまでさんざんな苦労の末に確立した、スーパーカーブランドのキャラクターを考えるなら話はそう簡単ではない。

近年、どのメーカーもこぞって実用性という側面を強調して、SUVをラインナップするにはワケがある。はっきり言って純粋なスポーツカーが昔のように売れなくなってきたのだ。年齢層の高くなっている富裕層ユーザーは硬派なスポーツカーより、乗り降りも楽な背の高いSUVのほうが楽だし、運転に疲れたときには奥さんに運転してもらえばいい。


プレミアムSUV市場の先駆、ポルシェ・カイエン(写真:ポルシェジャパン提供)

現在に至るSUVブームの先駆となるのは2002年に登場したポルシェ・カイエンであると言われているが、当時のポルシェは経営的に厳しい状況に置かれていた。

ポルシェは長くスポーツカーメーカーのベンチマーク的存在であり、コンスタントな数量のスポーツカーを全世界にまんべんなく売っていた。そのポルシェにしても十分な販売量を確保するのが難しくなり、深刻な経営危機に直面していたのだ。

そこで、そこで、ポルシェという幅広いユーザーを持ったスポーツカーの鉄板ブランドを活用してスポーツテイスト満載のカイエンを作った。その起死回生のプランが大当たりしたのだった。日常の足として富裕層に人気であったし、新興国においても、時に劣悪な道路状況に対応できることから爆発的な人気となった。


カイエンはVW「トゥアレグ」と共通のプラットフォームを用いた(写真:フォルクスワーゲン グループ ジャパン提供)

このカイエンはポルシェの属するフォルクスワーゲン(VW)グループのコンポーネンツをうまく流用できた。VW「トゥアレグ」と共通のプラットフォームを用いることで開発のコストダウンや量産効果による高い信頼性を実現したのだ。ライバルメーカーはその対抗馬を発売しようにも、VWグループのような、AWDコンポーネンツなどの資源を持ち得たところがなかったため、長きにわたってカイエンは先行者利益を享受できた。

ブランドイメージ変貌によるリスクの高さ

スポーツカーメーカーの生き残る道として、いち早くドラスティックなかじ取りを行ったポルシェは、年間24万台を販売する量産メーカーとしての地位を確立したが、彼らにも大きな悩みがある。


カイエンの下位セグメントの「マカン ターボ」(写真:ポルシェジャパン提供)

ポルシェのラインナップの中で、カイエン、そしてその下位セグメントであるマカンというSUVの販売比率がどんどん拡大しており、なんと(2モデル合わせて)現在では70%を超えるという。つまり、ポルシェにおける「911」シリーズなど純粋なスポーツカーの存在感がしだいに薄れ、とがったスポーツカーとしてのイメージが変貌したことを意味する。量販へのシフトにおいて成功したポルシェの大きな危機はここにあるのだ。

フェラーリはたかだか年間8000台ほどを売る少量生産メーカーだから、ブランドイメージ変貌によるリスクの高さはポルシェの比ではない。高価格、高利益率の少量生産ビジネスの維持に全力を費やすというDNAを守るため、このポルシェが歩んできた流れをなぞるワケにもいかないのだ。

そのフェラーリにしても、その歴史を振り返ってみると、1980年代の後半になり、特に北米マーケットで、ストイックなそれまでのモデルの売れ行きに陰りが見えた時期があった。


モンテゼーモロ氏とフェラーリ・FF(写真:フェラーリ提供)

そこでマーケティングを一から見直したのが1990年代にマネジメントのトップとして投入されたモンテゼーモロであった。彼はマーケットのニーズに合ったクルマ作りに徹底した。北米マーケットを最優先し、快適性を加味したモデル開発を行ったのだ。それまでの“趣味クルマだから許される”というネガティブ面を潰し、誰でもが快適に運転できるクルマ作りを目指した。このコンセプトに影響を与えたのが純国産スポーツカーであるホンダNSXであるとも言われている。しかし、フェラーリの原点である2ドアという点においてはぶれることがなかった。

フェラーリ・ロードカーとして1つのジャンルを作った「250GT」シリーズはその名のとおりグラントゥーリスモであった。グラントゥーリスモとは2名プラスアルファのパッセンジャーが快適なロングドライブができるようなキャビンスペースと荷物スペースが確保されたスポーツカーのカテゴリーである。

フェラーリは2ドアだ」という鶴の一声

その後のフェラーリラインナップでも「456GT」や「612スカリエッティ」という、フロントにV12エンジンを搭載した比較的大柄な2ドアクーペが誕生し、その流れがフェラーリ・FFやGTC4ルッソに受け継がれているとも言える。


2ドアクーペのフェラーリ 612スカリエッティ(写真:フェラーリ提供)

さらなる実用性を考慮し、サルーンのプロジェクトが立ち上がったこともあった。1980年には当時、商品企画やスタイリング開発でフェラーリと深い関係のあったピニンファリーナはフェラーリとして初の4ドアモデル「ピニン」を発表し、モーターショーにフェラーリ・バッジを付けて披露された。しかし結果的に創始者であるエンツォ・フェラーリの「フェラーリは2ドアだ」という鶴の一声でプロジェクトは中止となったという。


幻の4ドアフェラーリ フェラーリ・ピニン(写真:Auto Speak Modena提供)

フェラーリにおいて2ドアか4ドアか、という問題はそう単純なものではなく、いわば企業理念とでもいうべき問題だが、それでも4ドアスーパーカー、SUVの投入は検討事項にならざるをえない。

GTC4ルッソも洗練された実用性の高いクルマであるが、実際の購入になると2ドアであることに二の足を踏む顧客も多いと聞く。このプラットフォームを流用し、ドアをもう2枚追加すれば立派なSUVになるのだが、フェラーリの言うところの“FUV”ではこのリアのドアに関して、彼ららしいこだわりがあるようだと関係者は語る。

フェラーリの開発陣も楽ではない

フェラーリの4ドア化に際しては、スタイリッシュであり、顧客をあっと驚かせるような仕掛けが必要であろう。フェラーリの開発陣も楽ではないのだ。

そんな難しさはあるものの、私はフェラーリのFUVが発表されるのはそう先のことではないと踏んでいる。皆は、そんな私のコメントにこんな反応を示す。

「ランボルギーニがSUV(ウルス)を出したから負けていられないしね」と。いやいや、そうではないのだ。フェラーリが究極のライバルと考えるのは、ラグジュアリーさにおいて、誰もがそのブランドを認めるロールス・ロイスであろう。


ロールス・ロイス「カリナン(CULLINAN)」(写真:ロールス・ロイス提供)

そのロールス・ロイスまでもが、遂にSUVの発売をアナウンスした。フェラーリのマルキオンネたちも、“ロールス・ロイスがやるのだからフェラーリもそろそろいいのではないか”、と考えるのではないか。それが私の想像するSUV解禁、いやFUV解禁説の根拠なのだ。