Aさんの寝室で突如発火したノートPC(Aさん撮影)

「ボンッ」。2015年10月のある朝、突然の爆発音に驚いたAさんは、音がした寝室へと駆けつけた。ベッドの上で充電中のノートパソコン(PC)から吹き飛んだ電池が、火柱を立てて燃えていた。

とっさに水をかけたが、火の勢いは増すばかり。枕を押し付けて消火できたときには、寝室の壁は黒焦げ、ベッドは穴だらけという惨状だった。Aさん自身も、電池から跳ね飛んだ液体で手足に重度のやけどを負った。「自宅にいたのですぐ消火できたが、不在時だったら、と想像するとぞっとする」(Aさん)。

国内外33件で発火事故が発生

発火したのは、購入して1年半のパナソニック製のノートPC「レッツノート」に搭載された、同社製のリチウムイオン電池だ。パナソニックのノートPCの発火事故は、今年3月までに国内外で33件発生。Aさんの場合と同様、多くが充電中に起きている。


本やベッドに残る焼け焦げの痕跡が生々しい(Aさん撮影)

これまでに発表されたリコールは計5回。直近3月下旬には2011〜2018年に製造されたPCを対象に、同期間の出荷台数の約2割となる116万台のリコールを発表した。

パナソニック側は原因不明の事故もあるとしながらも、「製造過程で電池の正極と負極の間にごく微細な金属片が混入した。劣化した電池の内部の圧力が充電時に高まった際、導電性の高い金属片がショートを引き起こした可能性が高い」と説明する。


パナソニックは2016年から「発火ゼロプロジェクト」を立ち上げ、製造装置を金属製から樹脂製に変更し、磁石などを用いて異物を除去するなどの混入防止策を徹底してきた。ただ、「混入する異物は数マイクロメートル(1000分の1ミリメートル)と極小。完全に除くにはクリーンルームで製造するしかないが、コストを考えると非現実的」(パナソニック)。

そこで、電池の内圧が過剰に上がるのを防ぐため、5月末をメドに充電を8割に抑え、電池の劣化状況を診断するプログラムを提供する。ただその分PCの駆動時間が短くなるというデメリットもある。並行して電池の改良も進める。

安価なモバイルバッテリーの普及も要因

頭を抱えるのはパナソニックだけではない。製品事故の情報を集める製品評価技術基盤機構(NITE)によれば、モバイル機器(ノートPC、モバイルバッテリー、スマートフォン)に搭載されたリチウムイオン電池を原因とする発火事故は年々増えており、2012〜2016年の5年間でも累計274件発生。うち5割近くが製品に原因があるという。

NITEの佐藤秀幸調査官は「ネット通販などで海外製の安価なモバイルバッテリーが出回っていることも増加の一因」と指摘する。経済産業省も、2019年2月からPSE(電気用品安全法適合を示す)表示のない機器の流通を禁止する施策を打ち出した。

ただ、「リチウムイオン電池自体の安全性にも問題がある」(佐藤氏)。実際、2016年に韓国サムスン電子のスマートフォンで発火が相次いだように、米アップル、シャープ、ソニーなど、パナソニック以外の大手メーカーのモバイル機器でも、事故が報告されている。


リチウムイオン電池は、ほかの電池と比べて高電圧で重量あたりのエネルギー量(エネルギー密度)が多い。小型でも高性能な反面、電池の正極と負極に使われる電解液は可燃性の物質を大量に含んでおり、消防法は、灯油や軽油と同じグループ(40度以下で引火)に分類している。電気を通す物質の混入などで正極と負極が触れ合い、ショートが起きて発熱すれば、たちまち爆発的に燃え上がってしまう。

近年では、エネルギー密度を上げ、小型でもより高出力なリチウムイオン電池の搭載が増えている。一方で「エネルギー密度と安全性はトレードオフの関係にある。性能を追求するため、無理のある作りになっている場合もあるのではないか」(リチウムイオン電池に詳しい東京大学大学院工学系研究科の山田淳夫教授)との見方もある。

「燃えない電池」の研究が進む

高い性能と安全性を両立させる方法はないのか。一つは、電解質を固体化することで液漏れがない「全固体電池」の活用だ。トヨタ自動車が2020年代前半の電気自動車(EV)への搭載を目指して開発を進めるほか、韓国や中国など、世界中で開発熱が高まっている。

ただ本当に高い性能を発揮できるかは未知数だ。材料の中には、空気中で有毒ガスを発生させる硫化水素を含むなど、量産技術確立のハードルは高い。また、「性能テスト中に試作品が燃えた」(試験装置メーカー関係者)との報告もある。“夢の電池”と見るのは時期尚早だ。


当記事は「週刊東洋経済」5月12日号 <5月7日発売>からの転載記事です

そこで、電解質は液体のまま、燃えない電池を作る研究も進んでいる。前出の山田教授ら東大などの研究チームは2017年、「絶対に発火しない電池」の開発を発表。電解質には引火点がない難燃性の材料を用い、200度以上に温度が上昇すると、気化して発生した蒸気が消火機能を果たすという画期的なもの。「現在の延長線上にある製造技術で作れるため、企業からの引き合いはある」(山田教授)。

1991年に製品化されて以来、今や生活に不可欠な存在となったリチウムイオン電池。モバイル機器のみならずEV用としても主流になったが、万が一爆発したら人命にかかわる。便利さの裏にある危険性への対処は、喫緊の課題だ。