ー女は、家庭に入って夫を影で支えるべきだ。

経営コンサルタントとして活躍していた美月のもとに、ある日突然義母から突きつけられた退職勧告。彼女は専業主婦となることを余儀なくされた。

内助の功。それは、古くから手本とされている、妻のあるべき姿。

しかし、美月は立ち上がる。

いまや、女性は表に立って夫を支える時代だと信じる彼女は、経営難に直面した嫁ぎ先をピンチから救うことができるのか?

先週、嫁ぎ先の経営難に立ち向かうため立ち上がった美月を、さらなる悲劇が襲う。




ピンポーン…

豊の実家で、美月が課題の洗い出しに頭を悩ませていると、玄関のインターフォンが鳴った。

経営難が発覚して以来、美月が豊の実家で過ごす時間は格段に増えている。

本音を言えば、自宅でひとり集中したいところだ。しかし義母が手伝いたいと言ってくれるので、その心遣いを無下にするわけにもいかず、こうして豊の実家に頻繁に足を運んでいる。

義母は、美月の仕事風景に興味津々で、たまに調べ物なんかを頼むと喜んで引き受けてくれた。

休憩時間には、「なんだか豊の受験期みたい」と言いながら、お菓子と紅茶を持ってきて、美月を喜ばせた。

日頃は色々と突っ込みどころの多い義母だが、お菓子選びのセンスは抜群だ。美月は、嫁として勉強になるなと、素直に尊敬した。

「はい、どちらさま?」

インターフォンに応答した義母が、モニターに映った女性を見るなり、思わず「ひぃ」と声を挙げ、固まった。

ただならぬ気配に、美月も思わず身構える。恐る恐る覗いてみると、そこに映っていたのは、義父・一(はじめ)の姉・真紀子であった。

「お久しぶりね。ちょっと確認したいことがあって来たの。お時間あるかしら?」

-確認したいこと…?

義母と美月は、嫌な予感とともに重い玄関の扉を開けた。


義父の姉・真紀子が押しかけてきたのには恐ろしい理由があった…?


私は、贅沢な妻…?


義父の姉・真紀子は、現在は七里ヶ浜で暮らしている。夫は、不動産会社の元重役で、悠々自適な隠居生活を送っていると聞いていた。

美月も、親族の集まりで真紀子に会ったことはあったが、態度が高圧的でキツい物言いをするので、出来れば疎遠のままでいたい人物だ。

-何の用だろう…。

美月は、不安に思いながらキッチンへお茶を入れに行く。すると義母が、『桃六』の桃太郎だんごを持ってくるよう命じた。

『桃六』のどら焼きは、芸能界や歌舞伎界に多くのファンを持つが、この桃太郎だんごもこんがりと焼けたしょうゆの風味が病みつきになる逸品だ。




席についた真紀子は、ニコリともせず単刀直入に切り出した。

「歯科医院の経営、うまくいっていないんですって?」

どこから聞きつけたのか知らないが、真紀子は医院の経営難を知っていたらしい。

義母も美月も、何と答えたら良いか分からず、思わず顔を見合わせる。

すると、真紀子はギロリと睨みつけ、こう吐き捨てた。

「千代子さんも美月さんも、山内家の嫁という立場に胡座をかいて、裕福な生活を享受してたんでしょう?あなたたちの責任よ」

「え…?」

どうやら真紀子は、義母と美月が贅沢な生活をしていると勘違いしており、さらにそれが経営を逼迫させている原因だと思い込んでいるらしかった。

唐突な批判に、義母も美月も驚きを隠せない。

少なくとも自分たちにそんなつもりはないため、真紀子に反論したい気持ちは山々だ。

しかしよくよく考えて見れば、自分たちには反論出来る根拠など何もないことに気が付いた。

義母も美月も、専業主婦。生活費や旅行、食事代は夫持ち。決して浪費家ではないが、 夫から小遣いをもらっているため、洋服や交際費に困ることはない。

-端から見れば、贅沢を享受した妻…。

睨みつけてくる真紀子を前に、義母も美月も俯くことしか出来なかった。

すると、真紀子が席から立ち上がり、こう言い放ったのだ。

「ビルの所有権は、私にもあるということを忘れていないわよね?医院がうまくいっていないのなら、ビルから出て行ってもらうことも辞さないわ」

確かに真紀子の言うとおり、山内歯科医院の入っている8階建てのビルは、義父・一と姉・真紀子の共同名義になっている。

そうは言ってもあまりに唐突で強引な話だ。するとそれまで黙っていた義父が、ついに口を開いた。

「山内歯科を追い出して、姉さんは一体何をしようって言うんだ」

「それは…実は、啓太が開業したがっているのよ」

啓太というのは、真紀子の一人息子。現在、都内の大学病院に勤める内科医である。

「お父さんが山内歯科をどれほど大切にしていたかを知っておきながら、よくそんなことが言えるな。そんな勝手な思いつきに、耳を貸すつもりはないよ」

義父は呆れた顔で肩をすくめると、席を立ってどこかへ行こうとする。しかし、真紀子はさらに厳しい口調で言った。

「それはこっちのセリフよ!お父様の生前に、一、あなたは約束したはずよね?山内歯科を継ぐからには、必ず更に繁盛させてみせると。お父様も今頃天国で泣いているわよ!」

義父がぴたり、と立ち止まった。

「そ、それは…」

それまでの威勢はどこへ行ったのか、急にオロオロし始める。真紀子はそんな義父に一瞥をくれると、きっぱり言った。

「1年…期限は1年よ。それまでに経営が上向きにならなければ、ビルから出ていってちょうだい」

その瞬間、義母も美月も全身の血の気がさっと引き、目の前が真っ白になった。


山内家大ピンチ!放心状態の美月を救ったのは、なんと義母の一言だった…?


提案を拒否する父


真紀子が帰った後、美月は、しばし放心状態だった。

突然現れた山内家最恐の真紀子から受けた、宣戦布告。真紀子は山内歯科を本気で追い出そうとしているのだ。

冷めた緑茶を飲んで心をどうにか落ち着かせる。美月は、不安と恐怖でカタカタと震えそうになるのを必死で堪えていた。

すると、義母が桃太郎だんごを差し出した。

「美月さん、鬼退治よ!」

戦々恐々とする美月を尻目に、義母は鈍感力を遺憾無く発揮し、美味しそうにだんごを頬張っていたのだ。

「お、お義母さん…」

先ほどまでの張り詰めた空気とのギャップに、思わず吹き出しそうになる。

こうして義母のおかげで、なんとか平静を取り戻した。美月も義母の隣でだんごを頬張りながら「絶対に医院は渡さない」と心に誓ったのだった。

そして、その思いは、おそらく義母も同じだった。




美月の調査によって、徐々に現状や課題が浮かび上がって来た。

山内歯科医院は、既存の患者には強いが、新規の患者にはめっぽう弱いということだ。

その理由について考察してみると、様々な原因が見えて来たが、「ホームページがないこと」が、かなり大きな問題であるように思える。

周辺のクリニックや医院のほとんどがホームページを持っているのだ。このネット社会において、競争相手と比べて圧倒的に不利だろう。

「お義母さん、まずはホームページの開設から始めてみてはどうかと思うんです」

美月が打ち明けると、義母は早速ホームページのデザインをあれこれ調べ始めた。

そういう作業は好きらしく、楽しそうに調べた結果をいくつか見せてくれた。目を引くトップページのデザインや見やすいメニューの配置など、義母なりのアイディアがすでにまとめてある。

お菓子のセンス同様、デザインのセンスもなかなか良さそうだ。

「今晩、お父さんと豊にも見てもらいましょうね」

今晩は、用賀の『本城』で定例の家族食事会。

『本城』は、繊細で丁寧な料理の数々、それらを引き立てるお皿の美しさが魅力の、知る人ぞ知る名店だ。

真紀子に罵られ、外食しても良いものかと躊躇われたが、家族団欒楽しみましょうという義母の言葉に賛同した。



仕事を終えた義父と豊が到着し、和やかに食事を楽しんでいた時。

美月は早速ホームページについて説明し、義母がホームページのデザインについて話し始める。

「ホームページか。僕は賛成!」

そう言って無邪気な笑顔を見せたのは、豊だ。

ところが義父の表情が次第に強ばっていった。腕組みをしたまま、決して首を縦には振らないのだ。

ーお義父さん…。明らかに不服そうだわ…。でも、どうして?

義父の様子から、美月の声も次第に力なく、小さくなっていく。

-私、何か悪いことした…?

美月が不安を抱いた瞬間、義父はこう言い放った。

「ホームページの開設には反対だ。絶対に嫌だ…!」

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義父から突きつけられた、まさかのNO。その理由は…?