-保険プランニング-

そのとき、人間の本性が自ずと露わとなる。

三上保(みかみ・たもつ/30歳)は、外資系保険会社の保険プランナー。

垣間見える男女の闇に「結婚は最大のリスクである」と考えを拗らせていく保だが、運命の出会いは突然やってくる。

小悪魔美女・美里に心奪われる保。が、彼女は貯金0円の浪費女だと判明。しかし意外な素顔を知るにつれ内面にも惹かれていく。

契約が成立しもう会うこともないと思いきや、契約後も次々と保に顧客を紹介してくれる美里。

富山にいる彼女の両親にも会いに行くが、なんと保険商談中に熟年離婚の危機が勃発。

動揺する保をよそに、美里は意外にも涼しい顔。

そんな彼女は「男を上げる女」と周囲からも評判らしい。




「どうぞ、お上りになって」

百合の花が香る玄関で、五十嵐夫人が再び保を出迎えた。

今日の夫人は白地に大ぶりのフラワーモチーフが描かれたドレスを身にまとい、それが品の良い顔立ちに華を添えていた。

その腕にはもちろん、美しくトリミングされた白いトイプードル。

行儀良く腕に収まっているその犬(今日はカットワークレースのフリル付、薄い水色のストライプ柄ドレスでおめかししている)はまるでぬいぐるみのように大人しく、微動だにしない。

前回のアポから1週間。

五十嵐夫人の要望を受け、今日はドル建て積立保険の提案をしにやってきた。

松竹梅のプランを用意しているが、保険以外の資産形成も色々しているという話だったから、やはり月額10万が落とし所だろうか。

頭の中でそうシュミレーションをしながら、保は夫人の後に続きリビングへと向かった。

美しい光沢の、大理石の床。まるで宮殿に招かれたとしか思えないデコラティブな猫足家具、ダマスク柄のクッションが置かれた白い革張りのソファ…。

五十嵐夫人と白いトイプードルがその空間に身を置くと、まるで映画のワンシーンのようにしっくりとハマっている。

「こんにちは」

しかしそこに、五十嵐邸にはおよそ似合わぬ声がした。

奥の扉から顔を出した声の主は…テレビで何度か見覚えのある、某関取であった。


宮殿のような家で暮らす関取。そこから垣間見える、夫婦の権力関係…


尻に敷かれる関取


「わぁ…初めまして!お会いできて感激です。今日はご自宅にいらっしゃったんですね」

保は思わず、興奮をにじませる。

考えてみたら、関取とこんなに近くで会話をすることなど人生で初めてのことだ。

気さくに握手までしてもらい、保はすぐさま彼のファンになってしまった。土俵の上で見せる表情とはまったく違い物腰も柔らか、そして何より笑顔がキュートなのだ。

「ねぇたーくん、アレをお願い」

ソファに座り関取と談笑をしていると、五十嵐夫人が、また前回とは違う絵柄がペイントされたティーセットを運んできた。

そして関取に何やら指示を出す。

すると「たーくん」と呼ばれた関取は、五十嵐夫人に言われるがままに席を立ち、「少し待ってて」とキッチンへと消えていくのだった。




「じゃあ、さっそく提案をお伺いできる?」

夫人に促され、保は松竹梅の保険プランについて説明を始めた。

ちなみに提案の際、その内容を理解するスピードも、また決断するスピードも、人によって天と地の差がある。

特に相手が女性の場合は、保険に関して基本的な知識すら持ち合わせていないことも多い。

そういう場合は丁寧かつ平易に噛み砕いて説明するのだが…しかし驚いたことに五十嵐夫人にはまるでその必要がなかった。

理解も早く、決断も早い。

保が一通りの説明を終えた時にはもう、「月額10万のプランでいくわ」と決断までを終えていたのだ。

-賢い方なんだなぁ。

保が関心しながらさっそく契約書類を揃えていると、そこへ再び関取が戻ってきた。

大きな体つきにまるで似合わないシルバートレイを手に持ち、何やら運んできたものは…ケーキである。

「あーちゃんの好きな『銀座ウエスト』のショートケーキにしたよ」

どうやらふたりは「たーくん」「あーちゃん」と呼び合っているらしい。

-結婚して5年って聞いたけど、変わらずラブラブですごいな。

関取が、ティーセットとお揃いの皿にケーキをサーブしてくれる。

その振る舞いにしみじみ感心しながら、しかし保は以前に出会ったラブラブすぎるカップルを思い出すのだった。

そう、保険商談中の幸せアピールから一転、離婚による早期解約に至った佐田夫妻のことである。

…もう二度と、あんなリスキーな契約はお断りだ。

「私、紅茶にお湯を足してきますね」

そう言ってタイミングよく夫人が席を立ったので、保は関取に、気になる質問を投げてみることにした。

「いや、本当に素敵なご自宅で…すべて奥様のご趣味ですか?」

保なりにオブラートに包んだ聞き方をしたが、どう考えても関取の趣味が反映されているとは思えない。

そのことを、彼がどう思っているのかを聞いておきたかったのだ。

インテリアもさることながら、二人のやりとりを見ていれば彼が夫人の尻に敷かれていることは明らか。そこに、不満はないのだろうか?


関取が語る、彼の本音…五十嵐夫人の賢妻ぶりが明らかに!


成功する男の隣に、賢妻あり


しかし保は、そんな不安が杞憂であったことをすぐに悟るのだった。

「妻は、すごくこだわりのある女性なんです。インテリアもそうですし、大げさに言えば生き方も。

僕自身はそんなにこだわりとかなくて…。だから全部お任せです。彼女の選ぶものは間違いないですから」

そう答える関取の表情は、偽りなく幸せそうである。

また、彼の淀みない口調から、五十嵐夫人のことを心から尊敬している様子が伝わってくる。

「僕がここまでやってこれたのは、間違いなく妻のおかげなんですよ。

幕下だった頃からずっと『あなたならできる』『あなたなら大丈夫』と言い続けてくれましたからね。

あと僕は隙があればすぐに怠けようとしちゃうタチなんですが(笑)彼女は違う。妻を見ていると、自分も頑張らなきゃって思わされます」

リビングに戻ってきた五十嵐夫人が、夫が自身を手放しで賞賛しているのを聞いて苦笑いを浮かべる。

「ちょっとたーくん、恥ずかしいわ」

惚気には違いないのだが、しかしながら不思議と聞いているこちらまで幸せな気持ちになれるのは、きっと二人が自然体であるから。そこに、見栄や嘘偽りがないからだろう。

成功する男のそばには、必ず賢妻がいる。

東京のアッパー層を数多く顧客に持ち、保険プランニングを通じて様々な男女の裏の顔を垣間見てきた保ではあるが、今回の五十嵐夫妻のように、非の打ち所のない幸せな夫婦に出会うことだってもちろんある。(かなりレアではあるが)

そしてそういう夫婦の妻は、可愛いとか綺麗だとかいう前に、そろって賢妻である。それは、保が自身の経験から実感として感じていることだった。




清々しい気持ちで商談を終え、保は五十嵐夫妻のマンションを後にした。

時刻は18時を過ぎていたが、最近は随分と日がのびており、まだ外は明るい。

次のアポイントは20時に、これまた美里から紹介された外銀セレブ夫妻の自宅。少し時間があるから適当に食事を済ませようか。

そんなことを考えながらスマホを取り出し、その画面に表示された通知を確認して…保は光の速さでタップした。

そう、原井美里から不在着信が残っていたのだ。

「もしもし、電話に出られずすみません!」

美里は、3コールで電話に出た。オフィスにいると思われ、保のテンションの半分くらいのトーンで応答する。

「いえ、三上さんこそお忙しいのにありがとうございます。実は…ようやく実家の母と話ができて。

母も、なんとか父の決断を応援する気持ちになってくれたみたい。父もさっそく、知り合いの方の店で修行を始めたらしくて」

「そうでしたか…!」

明るく前向きに語る美里の声を聞いていると、美里の父・原井茂のチャレンジもきっと良い方向に向かうだろうという気がしてくる。

美里の母も、彼女のポジティブさに力をもらい、もう一度夫を信じてみようという気持ちになれたに違いない。

「さすがですね、原井さんは…」

感心しきりの保に、美里はなおもその敏腕ぶりを発揮するのだった。

「そう、それで。退職金をただ貯金してたって仕方ないんだから、三上さんのところで年金商品を紹介してもらうように伝えておきましたから。

二度手間になっちゃいましたけど…また富山まで、出張お願いできます?」

遠慮がちにそう尋ねる美里に、保は体ごと力強く頷いた。

「もちろんです!」

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最終回:再び、美里の実家へ。そして美里と保の恋の行方は…?