生粋の京おんな・鶴田凛子(26歳)は、西陣で呉服店を営む京野家の跡取り息子・京野拓真と婚約中だ。

義母の過干渉に苦しむ凛子は拓真に嘘をつき、学生時代に好意を寄せていた竜太と密会。心が揺れてしまう。

ますますエスカレートする義母の横暴。しかし婚約者・拓真は事なかれ主義で凛子は我慢の限界に。

ついに爆発した凛子を拓真は意外にも男らしく受け止めるが、凛子は桜子に誘われ東京へ。

竜太と再び再会し、自分には逃げ場所があることを知った凛子は、もう一度だけ拓真と頑張ってみようと心に誓うが...。




「これ…よかったらお義母さんに」

東京から戻った翌日、凛子は拓真とともにオープンしたばかりの『FRANZE&EVANS LONDON』を訪れていた。

夜にJCの会合があるがその前に少しだけ会おう、と拓真に誘われたのだ。

「『ララ・ファティマ』っていう紹介制パティスリーのローズケーキ。予約しないと買えへんらしいんやけど、桜子さんがお土産にって、私の分と拓真さんの分を用意してくれてて」

持参した小箱を取り出しながら語る凛子は、無意識に饒舌になってしまう。…別に、後ろめたいことがあるわけでもないのに。

「私の分を昨日家で食べたんやけど、ローズのいい香りがして美味しかったよ。…お義母さんの口に合うかはわからへんけど…」

「ありがとう。母さん甘いもの好きやから、喜ぶと思う」

そわそわと持ち帰り用の紙袋を渡す凛子に、拓真がそんな気遣いを見せた。

すると彼もまたそわそわと、凛子の機嫌を伺うように口を開くのだった。

「凛子ちゃん、あの、今週末なんやけど…」

言いづらそうに、弱々しく尋ねる拓真。

その言葉の続きを、凛子は笑顔で遮った。

「大丈夫やよ」

「え…?」

凛子の反応が意外だったのだろう、拓真が怪訝な表情を見せる。

そんな彼に凛子は再度、笑顔で頷いてみせた。

「お義母さんとの食事やんね?大丈夫、よろしくお願いします」

…竜太の言う通りだ。人生なんて、変えようと思えばいつでも変えられる。

それなら、もう少しだけ。

拓真と一緒に、この道で頑張ってみよう。


どうにか気持ちを前向きにした凛子。しかし義母は相変わらず…?


京野家での立場


「凛子さん、東京行ってたんやって?えらい貴重なお菓子をいただいたそうで」

週末、拓真とともに京野家を訪れた凛子を、義母・京野薫はいつも通り抑揚のない声で出迎えた。

「そうなんです。…お口に合いましたか?」

-気にしない、気にしない。

義母の嫌味な物言いを、いちいち真に受けてはいけない。心の中で、そう自分に言い聞かせていると、思いがけず隣で拓真が助け舟を出した。

「すごい美味しかったよなぁ、母さん」

その声に、義母は拓真を一瞥する。そして義母は無言のまま、さっさと家の中へと戻っていくのだった。




この日も拓真の父親は不在で、義母を含め3人で食事に出かける予定になっていた。

なんでも食通の義母が1年以上も前に予約していた東山の名店『未在』に連れて行ってくれるというのだ。

『未在』は、凛子もいつか伺ってみたいと憧れていたお店。

本来であれば親子3人で行く予定だったのだろうが、父親不在ということで凛子に声がかかったのだろう。

しかし例えそうだとしても、心からありがたい話である。

「あの…ありがとうございます。ずっと行ってみたかったから嬉しい」

愛車であるアウディの運転席へと向かう拓真の後ろを歩きながら、凛子は和服姿の義母を振り返る。

「それは良かった」

そう言って義母はかろうじて微笑を浮かべたが、しかし次の瞬間、凛子はまたしても目を疑う光景を目の当たりにしてしまうのだった。

…助手席へ向かおうとした凛子を制するように、義母が当たり前に助手席に乗り込んだのだ。

-え?…私が後ろなん?。

しかし義母の振る舞いには微かな迷いすらも一切ないものだから、凛子はそのまま仕方なく義母の後ろから後部座席の扉を開ける。

まだ正式に籍を入れていないとはいえ、凛子は拓真の妻となる女性だ。

しかしながら京野家においては妻より義母が優位に立つのだとあからさまに態度で示されたような出来事に、凛子はまるで冷水を浴びせられたかのような感覚を覚えた。

運転席の拓真に、義母は何やら楽しげに語りかけている。

その様子を凛子は後ろからひとり、黙って眺めるほかない。

漂う疎外感をひしひしと感じながら、凛子はただただ心を無にしてその場を耐えるのだった。

…たった一つ救いだったのは、拓真がバックミラー越しに、凛子に「ごめん」と目で合図を送ってくれたこと。

拓真の気遣い、そして『未在』の行き届いたおもてなしのおかげで、凛子はその夜をどうにか笑顔で過ごすことができたのだった。


相変わらずの義母。そしてひょんなことから、拓真の知られざる過去が明らかに…


拓真の過去


「母さん、タクシーで帰れるかな?」

食事を終えたタイミングで、拓真が義母に問いかけた。

凛子の実家は東山にあり、『未在』からほど近い。

そのため先に凛子を降ろし、そのあと拓真は義母とともに下鴨の実家に戻るものと思っていたが、彼は義母にタクシーで帰るよう促したのだ。

それは凛子を気遣っての判断に違いなく、傷ついたぶん、彼の優しさが胸にしみる。

「…別にいいけど」

渋々、といった感じではあったが義母は拓真の申し出を受け入れ、タクシーを呼ぶようスタッフに告げた。




揃って店を出たあと、迎えに来ていたタクシーに義母を乗せる。そうしてタクシーが走り去った後、拓真は凛子を助手席へと促した。

「少し、遠回りしてもいい?」

シートベルトを締めながら拓真がそんなことを言うので、凛子は怪訝に思いながらも「うん」と頷く。

どこか改まった空気に、凛子が様子を伺っていると、しばらく黙り込んでいた彼が、信号待ちでようやく口を開いた。

「今日もまた、母さんが…ごめんな」

心から申し訳なさそうに、拓真が呟く。

「ううん…まあ、びっくりはしたけど。でも今夜は、拓真さんがすごい気を遣ってくれたんがわかったし」

実際、彼の対応でかなり救われていた凛子は、笑顔で首を振った。

しかし拓真は再び小さくため息をつくと、胸のつかえを吐き出すように言葉を続けるのだった。

「俺さ、実はすごく不安で。母さんのせいで、凛子ちゃんまでいなくなってしまうんちゃうやろかって…」

「え…?」

-凛子ちゃん“まで”…?

拓真の言い回しに引っかかりを覚えた凛子は、言葉を飲み込む。

しかし彼は凛子の異変に気づくことなく、実にあっけらかんと…知られざる過去を語り始めるのだった。

「実は俺…20代半ばの頃、結婚を考えてた人がいたんよ。大学時代から付き合ってた同級生の子で、彼女も結婚を望んでくれてて。

けど彼女の家が…なんていうか普通の家やって、母さんが猛反対してさ。

それでも二人で認めてもらおうと頑張ったんやけど...ダメやった。最後には彼女の方から、京野家には嫁がれへんって断られたわ」

その言い方は、決して未練がましいものではなかった。

だからこそ、こんなにもあっさりと凛子に話しているのだろう。しかし…。

「そう…やったん」

短く言葉を返しながら、凛子は自身の心に小さな棘が刺さったような感覚に襲われた。

拓真の過去に、結婚を考えるほどの女性がいたなんて。…それほどまでの、大恋愛をしていたなんて。

「凛子ちゃんのことは、母さんも認めてる。それは間違いない。ただ、母さんの性格がああやから…。

度々嫌な思いをさせてしまうとは思うんやけど、俺、できる限りのことはする。頑張るから。だから凛子ちゃんも、めげずに一緒に頑張ってくれへんかな」

拓真は切々と、凛子に語りかける。

しかし-。

彼の言葉を頭で理解するにつれ、凛子の心はどこか裏切られたような感情に支配されてしまうのだった。

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拓真の知られざる過去…。彼が結婚を考えていた相手の女性とは?