65歳までの再雇用が企業の義務となっているのはなぜなのでしょうか(写真:Fast&Slow / PIXTA)

「定年後再雇用」に関する裁判で、4月20日に最高裁の「弁論」が開かれたというニュースがありました。最高裁が弁論を開くということには特別な意味があります。高等裁判所の判断を覆すか、統一的判断を示すときや憲法違反があるときなど、重要な局面でなければ開かれることはないのです。

賃金を下げるのは違法?

この裁判の事案について説明しましょう。横浜市にある運送会社「長澤運輸」(従業員数72名)の男性社員3人が定年退職した後、同社に有期雇用の嘱託社員として再雇用されました。仕事はトラック運転ということで変わらないのですが、賃金は2割程度引き下げられています。原告らは「仕事が変わらないのに賃金を下げるのは違法だ!」などと主張しています。


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一審の東京地裁は、同じ仕事をしているのに賃金を下げるのは、同一労働同一賃金の観点から違法としました。一方、二審の東京高裁は、「定年後の再雇用において、一定程度賃金を引き下げることは広く行われており、社会的にも容認されていると考えられる」などとして、同法に違反しないと判断し、原告が逆転敗訴しました。最高裁の弁論が開かれたことで、高裁の判断が否定される可能性が強くなってきました。

この事件は、定年後再雇用という問題を通じて、日本型雇用の問題点を示唆しています。この問題の本質を理解するには、定年後再雇用とは何のために生まれたのかという点にさかのぼる必要があります。紐解いていきましょう。

そもそも、昔は60歳になると「定年」となり、その時点で雇用が終了し、それ以降の雇用継続があるかは完全に企業の判断に委ねられていました。「60歳で定年」という意識は、今でも一般の方に広く認識されていると思います。しかし、現在では、「高年齢者雇用安定法」により、原則として65歳までの再雇用が企業の義務となっています。そもそも、なぜ企業にこのような義務が課されているのでしょうか。

端的に言えば、年金財源の問題です。以前は、年金支給開始が60歳からとされていました。しかし、少子高齢化により財源が持たないことが明らかとなりつつあります。そこで、現在、年金の支給開始年齢を65歳まで段階的に引き上げている最中なのです。つまり、年金政策失敗により払えなくなった年金を、民間の給与という形で肩代わりしている状態です。再雇用の趣旨は、あくまで年金が支給されない分を、代わりに給与で払ってほしいというものであり、「定年前の給与を保証せよ」ということではありません。

そのため、高年齢者雇用安定法は、単に「定年を65歳にせよ」とするのではなく、定年後再雇用という形を認めています。なぜわざわざ、いったん退職したうえで再雇用をするという回りくどい形式を認めるかというと、それは給料を下げるためです。65歳までの定年延長の場合は、雇用契約が継続することになります。そうすると、判例で確立され、現在は労働契約法に規定されている「不利益変更禁止」という法理によって賃下げ規制がかかることとなります。

再雇用で賃下げすることを認めている

そこで、定年退職によりいったん労働条件をリセットし、再雇用で賃下げをするということを認めているのです。新規雇用であれば、不利益変更の問題にはなりません。実際、皆さんの周りにも、定年退職された方が再雇用され、賃金が大幅に下がったという人を見たことはありませんか? これは年金支給に相当する雇用の継続を民間に求める代わりに、国が認めた賃下げスキームだったのです。

そのため、国は、わざわざ「高年齢雇用継続給付」という制度を設けて、賃下げ分について一定程度の補填をしています。つまり、定年後の賃下げは国も当然に想定しています。

一方で、「同一労働同一賃金」という議論があります。これは、契約社員などの非正規雇用と正社員との間の待遇差について不合理なものであってはならないとする規定が現在は労働契約法に定められています。そして、定年後再雇用では1年契約などの期間雇用の形をとるため、形式的には契約社員となります。定年後再雇用の賃下げが優先するか、同一労働同一賃金が優先か、という争いになっているのが、本件裁判の争点なのです。

仮に、6月1日に行われる初の最高裁判断で、定年後再雇用における賃下げが認められないとすればどうなるでしょうか。企業は人件費の総額を年単位で計算しており、当然ですがその原資には限りがあります。ここで、判決により、「定年後も同じ仕事をしている場合には定年前と同じ給与を支払え」となった場合は、定年後再雇用の方々に定年前の水準を維持した給与支払いをしなければなりません。

ここで重要なのが、再雇用については雇用が法律で「強制」されているので、人を選ぶこともできないという点です。せめて人を選んだり、優秀な人だけに残ってもらうということであればよいのですが、基本的には再雇用は「全員」について「強制」されています。

必然的に「若い人」の給与が下げられることになる

もちろん原資に余力がある会社だというのであればいいのですが、賃金原資に限界がある場合には何かを削らなければなりません。それはどこになるかといえば、若い人の給与です。

入社時の労働条件を下げたり、賃金カーブを緩やかにして65歳までのトータルで見ればもらえる額を従前と同じようにする。また、残業禁止にする、ボーナスを下げる等々です。すでにいる社員は、不利益変更となるため容易に賃下げできません。一方で、定年後の社員も判決により下げられないとなると、必然的にこれから入る「若い人」の給与が下げられることになるのです。

以前この話をしていたときに、ある方から、「労働者の分断を意図するけしからん意見である!」という貴重なご意見を頂戴したことがあります。「労働者の分断」が何を指しているのかよくわかりませんが、少なくとも、世代間の公平という観点は、高年齢者雇用の問題を考えるときに、必ず考えなければならないでしょう。

国の都合で年金が払えなくなり、その分のツケが民間に回され、定年後も給与を削減できず、これから入社する若い人が下げられる、少なくとも一部の人だけが負担を被る結果が公平であるとは私には思えません。

また、「内部留保を取り崩したり、生産性を高めてより高い賃金を払えばいいではないか」という意見も散見されます。もちろん、払えるなら払えばいいのですが、そんなに簡単なことでしょうか。言うは易しです。

まず、内部留保は、端的に言えば企業の貯金なので、当然ですが限りがあります。数年は持つかもしれませんが、その後はどうするのでしょうか。また、内部留保は将来の投資や事業拡大に使うものですが、これを賃金で配ってしまったとき、その会社は10年後、20年後に存在できるかも危うくなります。

生産性を上げるという意味でも、困難な問題があります。今回問題となった長澤運輸という会社は運送業です。基本的に「運行本数×単価」が収入の上限となります。「生産性を高める」といっても、ドライバーがスピード違反をするわけにもいきません。そして、ドライバーには休憩も与えなければならないし、「働き方改革」が進む中、長期的には労働時間も削減しなければなりません。

大幅な業務効率化やイノベーションの余地があればまだしも、中小の運送業でどうやって「生産性」を上げよというのでしょうか。さらに、Uberなどのテクノロジーにより、個人事業主による配送が今後発展する可能性もあります。新たなライバルが出現したとき、中小の運送業はどうやって利益をこれまで以上に確保すればよいのでしょうか。

もちろん、運行単価を上げられればよいのですが、「上げる」と申し出ると契約自体がなくなるリスクをつねに抱えています。このように、経営の限界がある中で、人件費については必然的に限りが生じます。

負担は公平に分け合うべき

業界全体として苦しいときには、その負担は公平に分け合うべきだと筆者は考えます。若い人だけに負担を押し付けてはなりません。これまで年金相当額の支給をすればよかった定年後再雇用制度について、賃金を下げられないとなれば、若い人を中心とする「誰か」の給与が下げられるのは必定です。

年金財源は今後も逼迫することが予想されており、今後は定年後再雇用が67歳、70歳まで強制となり、ひいては「定年制は違法」とされる時代が来るかもしれません。そのときに高年齢者に高い給与を払い続けることが本当に世代間の公平に資するのか。むしろ定年をなくして、全体の中から事業継続にふさわしくない人を解雇しやすくするべきだという意見もあります。

「同一労働同一賃金」の考え方は、あらゆる場面に適用されるとするのは疑問があります。世代間の公平という観点で考えたときに、「同じ仕事なんだから同じ報酬で当たり前」というのは本当に正しいのでしょうか。何が本当の意味での公平なのか、ということを、読者の皆様には自分の頭でぜひ考えていただきたいと思います。