5月3日付のスポーツ新聞各紙はTOKIOの緊急会見を大きく報じました(東洋経済オンライン編集部撮影)

4月26日14時に行われた山口達也さんの謝罪会見から6日。前日の不起訴処分を受けた5月2日14時、TOKIOの4人が緊急会見を開きました。

不起訴になったとは言え、容疑が「強制わいせつ」というセンセーショナルなものだけに、4人の動揺は察するに余りあるものがあります。実際、みなさんも4人に同情する気持ちになったのではないでしょうか。

しかし、被害者に対する“謝意”や、連帯責任の意識に基づく“猛省”が伝わった反面、「なぜ?」という違和感を抱くポイントが4つもあったのです。

被害者より連帯責任を重んじていいのか

1つ目の違和感は、そもそもこの会見は誰のために行ったものだったのか?  誰のための会見だったのか?

国分太一さんは会見前に司会を務める「ビビット」(TBS系)で、「23年間やってきて、このくらいの年齢になりますと、事務所には自由にやらせてもらっているところもありました。『自由にやらせてもらっている自分たちの口で語らないのはおかしいだろう』とメンバー1人1人が思っています」「今日はまず被害者の方とご家族の皆さんにお詫びを申し上げ、自分たちが今思っていることを自分たちの口で伝えていきたい」と話していました。

しかし、その「被害者の方やご家族が会見を望んでいたのか」は疑問。TOKIOのメンバーが会見をすることで、ワイドショーのトップ、新聞の1面、ネットニュースを埋め尽くし、事件がフラッシュバックするかもしれません。さらに、熱烈なファンや愉快犯からのバッシングが再燃する可能性もあるでしょう。

事実、会見の最後に話した城島茂さんの言葉に、その矛盾が表れていました。「10代の被害者が見ているかもしれないが、これから具体的にどう向き合っていくか?」という質問に城島さんは、「今回メンバーでこうやって謝罪会見すること自体が、被害者の親御さんとご家族の方から『そっとしといてあげてほしい』という部分もあったので、『ふさわしい会見なのか』という葛藤がありました」と話していたのです。

しかし、「連帯責任という面も含めまして、『きちんとTOKIOメンバー全員でここは謝罪すべきだ』という思いがありましたので、お時間をいただいたことをご了承ください」と話したように、彼らは自分たちの意思を貫きました。会見は“連帯責任”という彼らのルールにもとづく謝罪であり、彼らの生き様を見せたものとも言えるのです。

もし彼らが何度も口にしているように、「被害者を第一に考えているのなら、償いの第一歩として適切ではない」のかもしれません。今回のような心に深い傷を負う被害を与えてしまったときは、「世間に向けて、直接的に、短時間で集中的に謝罪する」のではなく、「本人に向けて、遠い場所から、時間をかけて少しずつ謝罪する」のが鉄則。その方法でなければ、再び傷をえぐることになってしまうのですが、今、被害者の少女はどんな心境なのでしょうか、心配になってしまいます。

さらに城島さんは、「今、見ていらっしゃるかもしれませんが、『どうやって向き合っていくか』という部分におきましては、謝罪は実際に謝りに行くのか、どうするのかということも含めまして、今後メンバー全員で具体的にどうしていくべきか、という部分も話し合っていかなければいけないと思っています」と話しました。最重要事項が決まっていないのに、なぜ会見を開いたのか? やはり、「その他にも謝るべき人々がいるから」と考えるのが自然でしょう。

今回の事件で、番組スタッフやCMスポンサーは緊急対応を強いられました。4人は直接的な被害者だけでなく、それらの人々にも自らの口で謝罪したかったのでしょう。

世間には山口達也より孤独な人がいる

ただ、会見を見ているうちに、「これは入院している山口さんに見せるための会見でもある」ことに気づかされました。彼ら4人の言葉は、先週の会見で「もし待ってくれる場所・席がそこにあるなら、またTOKIOとしてやっていきたい」という甘えを明かしてしまった山口さんへの「会見はこうあるべき」というメッセージであり、「あの発言は違います」というフォローになっていたのです。

彼ら4人は会見で「これでもか」というほど、何度も頭を下げました。謝意や猛省は確かに伝わってきました。しかし、「4人で活動継続すること以外、何も決まっていない」「山口さんの処遇は保留」である以上、世間の人々から「甘い」と思われても仕方がないでしょう。

「時間がなかった。自分たちはまだ冷静ではない。だから何も決められていない」は、企業にしろ、地域コミュニティにしろ、一般社会では通用しません。23年間の年月や、そこで培った絆を聞いても、謝罪会見の場で「仲間」を思うコメントへの違和感は消えないのです。

ほとんどの人は、彼ら4人の会見を見て、「こんなに思ってくれるメンバーが4人もいる山口さんは幸せ」と感じたのではないでしょうか。世間の人々は、山口さんとは違って「心強い仲間に恵まれず、精神・金銭の両面で辛く苦しく、孤独な日々を送っている人々がたくさんいる」ことを知っています。

彼ら4人が気づいていないことがあるとすれば、「特別な絆を感じさせる言葉を発するほど、世間の感情と離れていく」というリスク。その上、山口さんの処遇が“保留”では、「メンバーも甘いから擁護の声がこぼれてしまう」「厳しいことを言っているように見えるだけ」と思われかねません。もし彼らの中に、スターの立場から「世論のムードを見てから山口の処遇を決めたい」という気持ちが少しでもあるのなら、それは世間の人々から見透かされてしまうでしょう。

生々しく血の通った松岡昌宏の言葉

ただ、松岡昌宏さんの言葉には、見る人をグッと引き込むものがありました。

「自分が崖っぷちではなく、崖の下に落ちていることを気づいていなかったと思います。甘えの根源はどこなのか。『TOKIOに戻りたい』『戻る場所がある』。甘えの根源が僕らTOKIOだったとしたら、自分個人の意見ですけど、『そんなTOKIOは1日でも早くなくしたほうがいい』と思います。僕がテレビで見ていたらそう言う視聴者の1人になっていたと思いますので」

「ある日、刑事さんが2人来た。それから3回事情聴取があった。何でそのときに事務所なりメンバーに言ってくれなかったのか、クエスチョンです。そこが騒動や甘さの原因ではないかと考えました」

「(山口さんが)辞表を出したときに怒りました。もし彼が僕の立場だったら、僕が出した辞表を会社に出せるのか。『それはずるい』と」

「『被害に遭われた方と親御さんはどういう心境なのか』と思いました。『自分だったら絶対に許さない』と思います」

「『正直あなたは病気です』と(山口に言いました)。自分の置かれた立場と今後のことをちゃんと向き合ってくれと。決してお酒が悪いんじゃない。悪いのは彼ですから。僕らはアルコール依存症だと思っていました。でも診断は違うので、どこが原因なのか。彼の甘さなのですが」

「(グループについて)『なくしたほうがいい』とオブラートに包んで、『解散』と言えない自分がいます」

「(今後の活動について)『ああやっぱりTOKIOじゃないね』と言われたら、考えたいと思います。4人なのか、なくすのか、あらためて考えたいと思います」

言葉を選ばず率直に、かつ、「厳しい表情ながら涙がこぼれる」という姿勢を貫いた松岡さんは、誰よりも常識人で世間の感覚にフィットしていました。会見を開くのであれば、よくある想定問答のような謝罪の言葉を連ねるだけでは意味がありません。松岡さんのような生々しくも血の通った言葉を交えて話すことが「潔い」「よく言った」という印象につながっていくものです。

一方、城島さんは「リーダーの立場」から話し、国分さんは「それでも見捨てられない」と情の深さを見せ、長瀬智也さんは「被害者を特定しないように」と二次被害を防ごうとしました。本質を毅然と話す松岡さんを含めて、「いかにバランスのいい4人であるか」をあらためて感じさせたのです。4人の特性を考えると、この日のような謝罪の場では、松岡さんが際立って見えたのは当然なのかもしれません。

ジャニーズ事務所への疑念は消えず

3つ目の違和感は、ジャニーズ事務所が、またも無言を貫いたこと。

ここまでジャニーズ事務所は、NHKの事件速報を受けて、「キスだけだった」「すでに和解済み」というダメージコントロールをにじませる短文のコメントを発表し、山口さんの会見時も顧問弁護士に代理謝罪させたのみでした。

その後、5月1日にようやくジャニー喜多川社長がコメントを発表しましたが、けっきょく会見には現れず。ジャニー社長だけでなく、現場のトップや担当者も語りませんでした。TOKIOを“社員”と考えたとしても、“商品”と考えたとしても、謝罪会見である以上、一般企業では考えられない逃げのスタンスだったのです。かつてのように、「ジャニーズ事務所だから仕方ない」と寛容に受け止められていた状態がまだ続いていると思っているのでしょうか。

ジャニー社長のコメントには、「TOKIOのメンバーもそれぞれが23年の時を重ねて今の場所に立っています。彼らが、まず何をすべきか、これからをどうしていくか、彼らが考えて決めていくことを受けとめます。私自身は全ての所属タレントの『親』としての責任を負いながら今後も彼らが“ひと”として成長できますよう、支援し続けて参る所存でございます」と書かれていました。

「信頼して任せている」という方針は理解できるものの、あくまでそれは平常時に限ったもの。「今回のような不祥事や緊急時には、企業の上層部が真っ先に動く。責任を取る」のが社会の常識であって、それをしないため、「丸投げ」「無責任」という声があがってしまうのです。

クライシス・コミュニケーション(危機管理広報)の基本は、トップが前面に出て謝罪し、企業や商品のイメージダウンを最小限に抑えること。つまり、TOKIOのメンバーを前面に出すのは、企業・商品の両面で得策ではなく、前時代的な対応なのです。

また、当初は「時間制限なしの会見」と言われていましたが、フタを開けてみると、約90分で終了。私の知人記者は、「質問したいことがあった」と悔しがっていました。打ち切った理由として国分さんは『ビビット』で、「会場の都合もあって」などと話していましたが、それが本当なら時間に限りのある会場しか押さえなかったジャニーズ事務所のミスということになります。

また、「あえて90分で終わる形で手配した」と思われても仕方がないでしょう。実際、90分間で質問を許されたのは、そのほとんどがワイドショーや新聞など、一部の大手メディアのみだったのです。

またも忖度ばかりの大手メディア

TOKIOの会見で質問をしたのは、テレビや新聞など、一部大手メディアの記者ばかりでした。

日ごろ忖度に慣れた彼らは、「事件から2カ月以上が過ぎたが、ジャニーズ事務所が知ったのは、本当につい最近なのか?」「マネージャーなどの身近な人は、警察から話を聞かれなかったのか?」「和解成立のタイミングで事件が報じられた不自然さをどうみるか?」「報じられる日まで番組に出演させていたのはなぜだと思うか?」「ギリギリまで水面下でもみ消しを図っていたが、それが失敗したから表に出たのではないか?」など、事務所にとって都合の悪そうな質問は一切しなかったのです。

「それもTOKIOのメンバーが答えなければいけないの?」と思う人がいるかもしれませんが、事務所の人間が顔を出さない以上、事務所を代表して会見をしている以上、TOKIOの4人にこれらのことを聞くのは、ごく自然なこと。記者として当然の仕事とも言えます。「誠実なTOKIOのメンバーなら、精一杯の受け答えをしてくれたのではないか」と思われるだけに、真相が闇に葬られそうなのが残念でなりません。

しかし、大手メディアの記者たちは、事務所に都合の悪いことを尋ねなかったばかりか、むしろジャニー喜多川社長とのやり取りで美談をもたらそうとする始末。「それで世間の人々を誘導しよう」と思っていたかはわかりませんが、忖度がルーティーンになっていることをさらけ出してしまったことは間違いありません。

その他にも、「女子高生に手を出したのはどうなのか?」「Eテレ制作の教育的な意味合いの強い番組で起こしたことをどう思うか?」「飲酒の有無に関わらず、女子高生と連絡先を交換していたことはどうなのか?」などを尋ねる記者はいませんでした。これらを4人に聞くのは、さすがに忍びない感もありますが、あれだけ多くの記者がいて「これらの質問がまったく出ない」という4つ目の違和感を抱いてしまったのです。

当然と言うべきか、会見後に放送されたワイドショーで、これらの違和感に言及することはありませんでした。

たとえば、『ミヤネ屋』(日本テレビ系)の宮根誠司さんは、「泣けてきちゃいますね」「決まっていない中で会見したメンバーの気持ち(は計り知れない)」と語り、それを受けたコメンテーターのアンミカさんは「それが被害者の方々に伝わってくれたらいいですね」と締めくくりました。

一方、『グッディ』(フジテレビ系)の高橋克実さんは、「絆、つながりが深い。ある種の家族以上のつながりというか、だから決め切れないというか、あると思うんですよ」と語って終了。「同業者であり、好感度が重要な芸能人がMCやコメンテーターを務めるワイドショーの限界」を見せてしまったのです。

謝罪会見の姿は忘れてもらえない

憔悴する4人の姿を見て、SMAPの生謝罪を思い出した人も多かったのではないでしょうか。今回も山口さん、4人のメンバーが立て続けに会見するなど、「矢面に立つのはタレント」というジャニーズ事務所のスタンスは変わりませんでした。

世間の人々は、謝罪会見時の姿をなかなか忘れてくれません。SMAPのメンバーたちは、今も「謝罪時の姿がチラついてしまい、彼らを見ても以前より笑えなくなった」という世間の目と戦い続けています。

今回の騒動で、「山口さんはまだしも、TOKIOのメンバーも謝罪会見を行ったことで、同じ状態に陥ってしまうのではないか」という懸念が拭えないのです。その意味では、彼らがどんなに「自分たちの言葉で話したい」と言ったとしても、事務所の人間が矢面に立つべきだったのではないでしょうか。

ジャニーズ事務所は、またも企業としての謝罪姿勢を世間に伝えられなかったことで、近年悪化しているイメージの回復がますます困難になってしまいました。しかし、スタンスを変えるのに「遅すぎる」ということはありません。

一般企業なら「社長や副社長の交代で、イメージ一新」という方法が採用されるのですが、同族経営のジャニーズ事務所には難しいような感もあります。ただ、それでも事務所を変える救世主の登場を期待している所属タレントのファンは多いでしょう。

いずれにしても、ジャニーズ事務所も、所属タレントも、今こそファン・ファーストのスタンスが求められているのは間違いないのです。