「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」が開催/ディエゴ・ベラスケス《王太子バルタサール・カルロス騎馬像》1635年頃 マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado

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ハプスブルク家のコレクションを展観する、日本スペイン外交関係樹立150周年記念「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」が、5月27日(日)まで国立西洋美術館で開催中だ。スペイン・マドリードにあるプラド美術館は、スペイン王室の収集品を核に1819年に開設された、世界屈指の美の殿堂。本展では、同美術館の誇りであり、西洋美術史上最大の画家のひとりであるディエゴ・ベラスケス(1599-1660年)の作品7点を軸に、17世紀絵画の傑作など61点を含む約70点を紹介している。

【写真を見る】「怖い絵」シリーズや「名画で読み解く ハプスブルク家12の物語」の著者・中野京子さん

17世紀のスペインは、ベラスケスをはじめ、リベーラ、スルバラン、ムリーリョなどの大画家を輩出。彼らの芸術を育んだ重要な一因に、歴代スペイン国王がみな絵画を愛好し、収集したことが挙げられる。

そんななか、スペインにおいて絵画芸術が到達し得た究極の栄光を具現したのが、宮廷画家ベラスケス。彼は、国王フェリペ4世の庇護を受け、王室コレクションのティツィアーノやルーベンスの傑作群から触発を受けて大成した画家だ。そのフェリペ4世の宮廷を中心に、17世紀スペインの国際的なアートシーンを再現したのが本展。プラド美術館のコレクションの魅力をたっぷりと体験させてくれる展覧会となっている。

今回は、この美術館展の魅力について語ってもらうべく、著書「怖い絵」シリーズや「名画で読み解く ハプスブルク家12の物語」で話題になった中野京子さんにインタビューを敢行。中野さんが特に興味を持つ作品などについて語ってもらった。

――今回の展覧会の感想を聞かせてください

ベラスケスの油彩画が7点も来日するのは初めてのことです。スペインの代表的画家であり、作品数もきわめて少ないので、なかなかまとまった数を貸してもらうのは大変だったと思います。プラド美術館と交渉した担当者さんの奮闘に頭が下がります。

膨大なコレクションをもつルーブル美術館やメトロポリタン美術館がデパートだとしたら、プラド美術館は高級専門店のようなもの。歴代王侯の趣味が色濃く反映し、独特の品ぞろえが見事です。今回はさらに国立西洋美術館が展示に工夫を凝らしてくれたので、多くの方々に楽しんでもらえるでしょう。

――ベラスケスの7点の作品の中で、中野さんが特に興味を持たれているのはどれでしょうか?その理由は?

「バリェーカスの少年」です。当時のヨーロッパ各宮廷には、こうした小人症の奴隷や道化たちが「慰み者」として仕えており、絵画に描かれることもよくありました。でも本作のような単独肖像画は珍しく、あったとしても上から見下ろし、頭部の大きさと体の小ささを強調しているのがほとんどです。しかしベラスケスは視点を低く取り、描く者と描かれる者の間に上下をもうけていません。さらに、彼らの肉体よりむしろ彼らの魂に深く関心を寄せています。「バリェーカスの少年」を見ると切ないような気持ちになるのは、そこからきているのではないでしょうか。

――「怖い絵」シリーズが大ヒットしていますが、今回の展覧会の作品でもゾクッとする部分はありますか?

はい、やはりスペイン・ハプスブルク家断絶が、血族結婚くり返しの果てという、理由が理由ですからね。今回、ベラスケス7点の中に、彼が仕えた主君フェリペ4世像とその息子(最初の結婚で生まれたバルタザール・カルロス王太子)の肖像があります。もう一つ、ベラスケスの死後に別の画家が描いたカルロス2世(4世の再婚相手との間に生まれ、王位を継いだ)も来日しているので比べてみてください。

馬に乗っているバルタザール君は、フェリペ4世とフランス・ブルボン出身の姫との間に生まれて健康に育ち、オーストリア・ハプスブルク家の従妹と婚約していました。ところが16歳という若さで急死、死因もはっきりしません。他に男児がいなかったため、4世はやむなく息子の婚約者だった自分の姪と結婚します。異様な伯父・姪婚はこれが初めてではなく、祖父のフェリペ2世もそうでした。

ちなみにスペイン・ハプスブルク家の血族結婚については昔から遺伝研究の対象になっていて、しゃくれた顎や垂れた下唇などが特徴と言われています。本展出品作のフェリペ4世とカルロス2世という親子像にも顕著にみられます。また近年、スペインの大学が近交係数を発表しました。カルロス2世の近交係数は0.254という驚くべき数値です。なぜなら、赤の他人同士の間に生まれた子なら、0。親子きょうだい間に生まれた子は、0.25なのです。それよりも大きい数値なのですから……。

――ハプスブルク家は、近親相姦では子が早世するということを知っていながら、一族内の結婚を繰り返していたのでしょうか?また、ハプスブルク家のスキャンダルを、当時の平民はどのように感じていたのでしょうか?

科学が未発達とはいえ、血族結婚がよくないことはわかっていたと思います。でもどこの王室もそうですが、ふさわしい相手を見つけるのは大変でした。スペイン王家の場合カトリックですからプロテスタント国の王族とはできません。それに斜陽とはいえ大国意識があるので小国もだめです。よそから君臨した王なので、臣下のスペイン人などもっての他。となると、どうしても親戚筋のオーストリアか、フランスあたりになってしまうのですね。

王族は血族婚が普通だということは共通認識でしたが、それを同時代のスペイン人がどう思っていたかは、よくわかりません。表立って批難したり揶揄したりは、怖くてできなかったと思いますよ。少なくともフェリペ2世の時ヴァチカンは反対しています。それを強大な力でねじ伏せたのですから。平民に何が言えるでしょう。内心どう感じていたかは別として。

――最後に、本展に来場するにあたって、知っておくとよい背景や予備知識があれば教えてください

ぜひ「名画で読み解く ハプスブルク家12の物語」を読んでいただければ(笑)。スペイン・ハプスブルク家のこの凄まじい血族の相関は非常に衝撃的なので、誰もが興味を惹かれることと思います。

またそのあたりを知っておくと、なぜスペインの王族なのに金髪碧眼で肌も真っ白なのか、という謎が解けます。絵画で歴史を知る面白さ、歴史を知って絵画を見る面白さを、本展覧会でどうぞ味わってください。(東京ウォーカー(全国版)・平井あゆみ)