アマゾンに対抗できる"唯一の企業"の名前
※本稿は、鈴木康弘『アマゾンエフェクト!』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■セブン経営陣はデジタルシフトがわかっていない
アマゾンの提供するサービスのなかでも、今後、いっそう力を入れていくと予想されるのがネットとリアルの融合したオムニチャネルのサービスです。
アマゾンは日本でも、2017年4月、生鮮食品の宅配サービス、アマゾンフレッシュをスタートさせました。
一方、セブン&アイグループは、同年11月、オフィス用品の通販会社、アスクルと組み、生鮮食品宅配のIYフレッシュを始めたことから、マスメディアも「アマゾンを迎え撃つセブン&アイグループ」として注目しました。
しかし、わたしにはアマゾンフレッシュとIYフレッシュは、似て非なるもののように見えるのです。
デジタルシフトの時代は、自前のプラットフォームを構築し、そのうえで多様なステークホルダーを結びつけて一つの生態系(エコシステム)をつくりだし、そこに到来するアクティブユーザーの数を増やしながら、その顧客データを活用し、顧客のライフタイムバリューを高めていくことのできるものが生き残っていくはずです。
セブン&アイグループも、生鮮食品や雑貨・日用品の宅配については、オムニチャネルの独自のプラットフォームにおいて、イトーヨーカ堂のネットスーパーとして続けていました。集積された顧客データは自在に活用できます。
これに対し、IYフレッシュはアスクルの通販サイト、ロハコ(LOHACO)に出店するかたちです。構図が異なるのです。
わたしがセブン&アイグループでオムニチャネル・プロジェクトを推進したときは、自前主義によるプラットフォーム構築を志向しました。それはアマゾンと同様、状況の変化に迅速に対応するためです。
しかし、いまの経営体制は、自前主義から離れ、以前と同様、アウトソーシング化を進めようとしているようです。はたしてデジタルシフトの本質を理解しているのか、疑問です。
■ネット戦略は「もっと店に来て」ではムリ
また、セブン&アイグループは、各事業会社の店舗で商品を購入する際に利用するスマートフォン向けのアプリ、「セブン・アプリ」を開発し、2018年5月より配信を開始するといいます。
アプリはセブン−イレブンやイトーヨーカ堂、そごう・西武など国内のグループ約2万店で利用可能で、登録した会員の購買履歴データなどを分析し、その個人に合った商品・サービスを提案する。
また、会員には店舗での購入額に応じて、商品やサービスと交換できるポイントも付与するといいます。
ただ、このアプリは本質的にはリアル店舗をベースに発想しています。「もっとお店に来て、お店にある商品を買ってください」と促す。要は、リアルにネットをプラスする足し算から抜け出ていないように、わたしには思えます。
それは、最大の店舗網であるセブン−イレブンはフランチャイズチェーンであり、個々の店舗はオーナーの経営であるという業態の1つの宿命なのかもしれません。
■イオン×ソフトバンク連合の狙いとは
セブン&アイグループと並ぶ、もう一つの流通の雄、イオンでも2018年2月、大きな動きがありました。ソフトバンク、ヤフーとともにネット通販事業で提携する方針を固めたのです。
具体的には、食品や衣料品、日用品などを扱う独自のネット通販を始める。3社が提携することで品揃えや顧客情報を共有し、ネット通販で先行するアマゾンジャパンに対抗するのが目的です。
新たなネット通販では、ソフトバンクやヤフーがもつネットの市場分析技術、イオンの物流網などそれぞれの強みをもち寄り、イオンの店舗運営でも協力する。人手不足に対応するため売り場にソフトバンクグループが開発したロボットを導入するなど、先端技術の活用も検討されています。
この提携を成功させるためには、ネットに精通したソフトバンク、もしくは、ヤフー側から、リアルのよさをよく理解し、なおかつ、強力なリーダーシップを発揮できるリーダーが就任し、プロジェクトを引っ張っていくことが必要でしょう。もし、それが実現すれば、ネットとリアルをどのように融合していくか、注目すべき存在になるでしょう。
それ以上に目を離せないのが、アマゾンの動きです。アメリカで、デジタルシフトにおくれたホールフーズを買収し、アマゾン・ブックスを展開するなど、リアルへの進出を加速させています。日本でも今後、同じ動きが始まる可能性は否定できません。
アマゾンがリアルに進出すれば、リアルで買う顧客の行動と、ネットで買う顧客の行動の両方のデータをどんどん蓄積し、「スーパーでこの商品を買う顧客は、ネットではこの本を買う」といった具合にネットとリアルの境目を超えたデータをもつことで、より顧客中心主義のサービスを充実させていくことでしょう。
■アマゾンに対抗できるのはウォルマートだけ
わたしが見るかぎり、アマゾンに対抗できる小売業は、アメリカ国内ではいまのところ、世界最大のスーパーマーケットチェーン、ウォルマートくらいでしょう。ウォルマートは、オムニチャネル戦略に本格的にとりくんでいるからです。
ウォルマートは2018年度にアメリカ国内でのネット販売の売上高が前年度比で四割増える見通しを示しています。2017年度の四半期ごとの決算を見ると、ネット経由の売上高が前年から5〜6割増えているので、この見立てはおそらく現実になるでしょう。
ウォルマートのアメリカのネット通販市場でのシェアは約4%で、4割超を占めるアマゾンにはまだ遠くおよびませんが、その成長率はアマゾンをしのぎます。
目をみはるのは、ネット分野への果敢な投資です。
ウォルマートは2011年、シリコンバレーに拠点を置くソーシャルメディア関連のベンチャー企業を3億ドル(当時の為替レートで約240億円)で買収し、「ウォルマート・ラボ」を開設。2000人以上の技術者を抱え込むと、すぐれた技術をもつIT企業を十数社、立て続けに買収していきました。
2016年には、ネット通販の有力スタートアップ企業、「ジェット・ドット・コム」を33億ドル(同3300億円)で買収し傘下にとりこむと、その創業者であるマーク・ロア氏を自社のネット戦略を担う責任者として招き入れました。
ロア氏は、アメリカのEコマース業界の実力者で、ウォルマートのネット事業急拡大の立役者とされます。
オムニチャネルという概念は、メイシーズが使用したのが始まりと前に述べました。しかし、メイシーズはオムニチャネル事業を軌道に乗せることができずにいます。
それは、コンセプトでは先行したものの、IT人材が決定的に不足し、実行体制が整っていないことに原因があります。ここに、ウォルマートとの決定的な違いがあります。
■アメリカ国民の9割を半径10マイルでとらえる
ウォルマートは2017年には、アマゾンと並ぶネット企業の巨人、グーグルとネット通販事業で提携にも踏み切りました。
グーグルのネット通販・宅配サービス、「グーグル・エクスプレス」に日用品など十数万点を出品。グーグルのAIスピーカー、「グーグルホーム」やスマートフォンに話しかければ、声で注文ができるサービスを開始しました。
ウォルマートのネット事業への注力ぶりが鮮明にあらわれているのは、新規出店計画です。
アメリカ国内での新規出店は、小型店も含め、過去25年でもっとも少ない25店舗以下までに絞り込んでいます。また、過去数年で不採算店舗の閉鎖も進めてきました。
多くのコストがかかる大型店舗を整理することにより、ネット事業への大型投資を推進するということでしょう。
2017年に入ってから、店舗の従業員がネットで受けた注文を宅配するサービスの実験も始めました。
全米4700カ所の店舗網はアメリカ国民の9割を半径10マイル(約16キロメートル)圏でとらえます。このリアルの店舗網と従業員は、アマゾンといえども、そう容易に確保することは難しいでしょう。
また、ウォルマートが強みを発揮するのは、生鮮品の分野です。顧客がネットで購入した生鮮品を最寄りの店舗で受けとれるサービスに力を入れ、すでにある1100店の対応店に加え、2018年には110億ドルを投じて、1000店追加する計画です。
アマゾンも生鮮品販売の足場づくりのため、ホールフーズを買収し、商品の値下げ戦略を開始しました。アマゾンは利益を値下げの原資に投入しますが、一方、ウォルマートも圧倒的な購買力を活かした価格の安さをネットでも発揮するでしょう。
■「楽天西友ネットスーパー」は対アマゾンの布石
ウォルマートは日本でも2018年1月、Eコマース市場でアマゾンと熾烈な競争を続ける楽天と戦略的提携に合意したと発表し、ネット業界や小売業界の関係者を驚かせました。
提携の第一弾として、ウォルマートの子会社である西友と楽天が共同で日本市場において、ネットスーパー事業「楽天西友ネットスーパー」を運営するといいます。
日本ではこの提携に対して、楽天サイドからとらえ、アマゾンに対抗した食品のネット通販事業の強化と見る報道が目立ちましたが、ウォルマートサイドからとらえれば、国内9000万人をほこる楽天会員の顧客データが大きな魅力だったのでしょう。
ウォルマートも一時は、アマゾンの勢いにのまれ、業績が悪化しましたが、ネット分野で積極的な企業買収を仕かけ、自前でシステム開発ができる体制を構築すると、ジェットの買収やグーグルとの提携をテコに反攻に転じ、その指揮をEコマース事業につうじたロア氏に託した。
また、ウォルマートの社名は「ウォルマート・ストアーズ」でしたが、2018年2月から「ウォルマート」に変更されました。リアル店舗をイメージする「ストアーズ」を社名から外す。ネット通販部門のさらなる拡大を目指すという、並々ならぬ覚悟があらわれています。
わたしがセブン&アイグループのオムニチャネル戦略で目指したデジタルシフトを、短期間に莫大な投資で推進したウォルマートは、今後もアマゾンの好敵手であり続けることでしょう。
ただ、明らかにいえることは、どちらも正しい方向に向かっているということです。
アマゾンは「ネットだけでは不十分でリアルの力も必要だ」と考え、ウォルマートは「リアルだけでは立ちゆかないのでネットとの融合にビジネスモデルを変更しよう」と考える。
その進む方向の先にいるのは、マスとしての顧客ではなく、個としての顧客です。最後はその顧客が、どちらがより満足度が高いかを決めることになるのです。
----------
デジタルシフトウェーブ社長
1987年富士通入社。SEとしてシステム開発・顧客サポートに従事。96年ソフトバンクに移り、営業、新規事業に携わる。99年ネット書籍販売会社、イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立し、代表取締役就任。2006年セブン&アイHLDGSグループ傘下に入る。14年セブン&アイHLDGS執行役員CIO就任。グループオムにチャネル戦略のリーダーを務める。15年同社取締役執行役員CIO就任。16年同社を退社し、17年デジタルシフトウェーブを設立。同社代表取締役社長に就任。デジタルシフトを目指す企業の支援を実施している。SBIホールディングス社外役員も兼任。
----------
(デジタルシフトウェーブ社長 鈴木 康弘 写真=iStock.com)