「ブランド全能感」をうまく回避しているグーグル(共同創業者のラリー・ペイジ氏)。(時事通信フォト=写真)

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■レゴ、雪印、ソニーはどこで間違えたか

強いブランドを確立することは、現代においてビジネスを優位に進めるための重要なファクターとなっています。ブランド力が強ければ、流通面など取引上も有利ですし、顧客から選ばれる可能性も高まります。強いブランドの活動は、わざわざ自分たちで情報を発信せずとも、自ずと注目が集まります。

その一方で、ブランド力が強いことにはデメリットもあります。こうした側面はこれまでほとんど論じられてきませんでした。「強いブランドは危険!」なのです。さまざまな企業を観察していて感じるのは、強いブランドが確立すると、その企業の経営者や従業員の間に、「何があっても自社ブランドの地位は絶対に揺らがない」という過剰な自信や慢心が生まれやすいということです。このような現象を、私は「ブランド全能感」と名付けました。

「全能感」という言葉は、精神分析学の創始者であるジークムント・フロイトの「幼児期全能感」に由来しています。幼児期の私たちは、実際には保護されている立場にもかかわらず、周りの人たちが何でも言うことを聞いてくれる完璧な存在だと思い込んでいます。こうした全能感は、成長するにつれて解消されるものですが、大人になっても姿を変えて表れることがあります。そのような状態を精神医学では「誇大観念」と呼びます。誇大観念を持っている人には、周囲に大きな態度で接したり、自己主張が激しかったり、周囲を気にせず自分のやることに没頭したりといった傾向が見られます。

■「ブランド全能感」がおよぼす3つの症状

強いブランドを確立した企業にも、同様の傾向が表れることがあります。3つの“症状”を紹介しましょう。

▼症状(1)永続感

1つめは、ブランドが永続すると感じる症状です。自社のブランドは絶対的なものであり、環境がどのように変化しても大丈夫だ、あるいは一時的に問題が起きたとしても、すぐに回復すると考えてしまう傾向です。

ブロック玩具の有名ブランドであるレゴ社は、2004年に競争の激化により310億円の赤字に陥りました。当時、再建を任されて就任した経営者が、ひどい業績にもかかわらず、社員が危機感をまったく抱いていないことを不審に思ったと述べています。

1998年に経営破綻した日本長期信用銀行の場合も、行員たちはさまざまな危機に見舞われながらも、危機を危機として捉えていなかったようです。「うちの会社に限ってつぶれることはないだろう」「きっと誰かが助けてくれる」と思い込んでしまったのでしょう。

▼症状(2)自己主張

2つめは、特にトップマネジメントの自己主張に表れます。「自社への批判は当たっていない」「自分たちの意見は絶対的なものだ」と思い込む傾向のことです。

雪印乳業が00年に起こした集団食中毒事件は、1万3420人が被害を訴えた戦後最大級の食中毒事件でした。この事件では、当時社長だった石川哲郎氏が記者に詰め寄られて「私は寝ていないんだよ!」と発言したことが大きく報道され、世間のひんしゅくを買いました。クリーンで純粋なイメージを持っていた雪印ブランドは失墜し、雪印乳業は解体されてしまいました。

アメリカのアパレルブランドであるアバクロンビー&フィッチ(アバクロ)社のCEOだったマイク・ジェフリーズ氏は、92年から務めてきたCEO職を14年に退きました。当時、彼が06年に雑誌のインタビューで行った次の発言が批判の対象となりました。

「我々はかっこよくて、見栄えのする人たちに対してマーケティングを行っている。それ以外の人たちはターゲットにしていない」(「フォーチュン」誌、14年12月9日号)

このように、ブランドが強くなり、「自分たちは無敵だ」と思ったときこそ、「どのような発言も許される」という態度が出やすくなります。

▼症状(3)成長への誤解

3つめは、自社の次のステップを間違うことです。自社のブランドにとらわれて、次の成長をどの方向に見出すべきかがわからなくなってしまうということです。

ソニーが00年代以降にブランドとしての輝きを失った大きな原因のひとつは、アップルのiPodやiPhoneのように、ブレークスルーを生むひとつの製品分野に徹底して集中できなかったことです。ソニーがアップルに先駆けて発売していた製品はいくつもあります。例えば、00年に発売した「クリエ」という携帯情報端末(PDA)は、電話機能こそついていなかったものの、iPhoneのコンセプトに先んじるような製品でした。

ソニーがアップルのようにできなかった理由は、事業範囲をエレクトロニクス以外にも金融、音楽、映画などあまりにも広げすぎて、イノベーションを一点に集中できなかったためです。また、エレクトロニクス事業の中でも、資源の集中ができませんでした。ウォークマンひとつをとってみても、異なる部署から「メモリースティックウォークマン」「ネットワークウォークマン」など複数の製品が発売されました。

同様のことはセイコーにも言えます。同社は60年代から80年代にかけて、さまざまな「世界初」の製品を生み出してきました。例えば、82年には世界初のテレビ付き腕時計を、84年には世界初のコンピュータ機能付き腕時計を発売しています。しかし、それらの製品群はセイコー・ブランドを腕時計以上の存在に導くことはありませんでした。

スイスの腕時計産業の復興を担ったスウォッチ グループ社長のハイエック氏は、セイコーは本来、腕時計に集中すべきであったのに、自身を電子産業の一部と位置づけたことで競争力を失ったと指摘しています。

■強いブランドは、自己否定も困難にさせてしまう

ソニーもセイコーも、その根底には、「自分たちがやれば、何でもできるはずだ」という全能感があったのだと思います。そのため、事業範囲をどんどん拡張していきました。かつてはそれでもよかったのですが、

テクノロジーが高度化した現在は、特定の領域に資源=投資を集中することが重要になっています。ところが、ブランドが強くなると、それまで自分たちが広げてきた事業分野を否定することも難しくなります。強いブランドは、自己否定も困難にさせてしまうのです。結果として、卓越したイノベーションに継続的に集中できなかったと考えられます。

こうした症状に陥らないためには、ブランドが強くなるほど、全能感の問題が生じること、またそれが「人間の本性」に由来するために当たり前であることを自覚することが重要です。

■自分と会社を、同一視していないか

ブランド全能感をうまく回避しているのがグーグルです。同社では、常に世界を変えるようなプロジェクトを立ち上げ、それによって優秀な人材を雇い、革新的な製品を生み出すという循環を維持することによって、全能感に陥ることなく、グーグル・ブランドを常に発展させています。

相模屋食料を日本一の豆腐メーカーに導いた社長の鳥越淳司氏は、雪印乳業が集団食中毒事件を起こした当時、同社の営業社員として関西エリアの被害者を見舞う仕事をしていました。鳥越氏は雪印時代を振り返り、自著の中で、「自分が誇っていいのは、自分がやってきたこと、自分にできること」だけだと語っています。

ブランド企業に勤めていると、つい自分と会社を同一視してしまいがちです。強いブランドは、過去の栄光と実績によって形づくられてきたものです。そのブランドを継続させていくためには、経営者も従業員もブランドを笠に着ることなく、ブランド全能感の問題解決に意識的に取り組んでいくことが必要でしょう。

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田中 洋(たなか・ひろし)
中央大学大学院 戦略経営研究科 教授
京都大学博士(経済学)。日本マーケティング学会会長。専攻はマーケティング戦略論・ブランド戦略論・広告論。電通でマーケティングディレクターとして21年間実務を経験。2008年より現職。近著に『ブランド戦略論』など。

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(中央大学大学院戦略経営研究科教授 田中 洋 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)