問題児ばかりが集う閉塞的なオフィスに、ある日突然見知らぬ美女が現れたー。

女派閥の争いにより壊滅的な状況に直面した部署で、春菜(25)は絶望的な毎日を過ごしていた。

そんな春菜の前に参上した、謎だらけのゴージャスな女・経澤理佐。

理佐は、崩壊寸前の部署の救世主となるのか?





時刻は22時を回り、春菜は帰路につきながらため息を漏らした。

-なんで私がこんな目に…。

春菜、25歳。彼女は渋谷にあるIT企業に勤めている。

ここ数日、会社の限界残業時間の22時まで仕事をして帰る日々が続いているが、それでも一向に業務は終わらない。

帰り道、ふとスマホを取り出しInstagramを覗く。すると同期入社の女子社員が載せている写真が目に飛び込んできた。同期の女たちの、『シロノニワ』での女子会の様子。

-皆、相変わらず楽しそうよね…。

他部署で働く彼女たちは、見た目も華やかだし、こうしてプライベートもばっちり謳歌している。春菜もかつては、この中の一員になるつもりだった。

春菜はもともと花形部署のひとつである広報への配属を夢見て、現在のIT企業に新卒で入社した。しかし願いは叶わなかった。

春菜が配属された部署は、 「誰も行きたがらない」と恐れられている“経理部”だったのだ。

同期は、マーケティングやプロダクト企画などに花形部署に配属され、日々忙しそうにキラキラ働いているが、一方で自分は毎日請求書とにらめっこ。

正直経理にいると、IT企業に就職した意味を感じない。

自由な社風がこの会社の魅力だというのに、ここだけはまるで切り取ったように別世界。

会社全体の平均年齢は比較的若くエネルギッシュだが、経理だけは年齢層が高く、職場の雰囲気も閉塞的で活気がない。

上司や先輩社員たちは頭も堅く、お昼休憩も1分でも伸びたら睨まれる。外に出るのは銀行の記帳の時くらいだ。

経理部はオフィスの一番端に追いやられるように存在し、心なしか他部署よりも薄暗く感じる。

はじめの頃、春菜は絶望にくれていた。しかし4年目となった今では、業務にもすっかり慣れたし、現実を受け入れ、自分なりにやりがいを感じている。

それよりも春菜には、別の心配事があった。

実は経理部は、影では「墓場の経理部」と呼ばれており、とある事件がきっかけで、壊滅状態にあったのだ。


壊滅状態の部署に、救世主現る!?



事件の全貌は、こうだー。

女子社員同士のいざこざにより部内がギスギスしていたのを、見かねた課長が叱咤した。それをパワハラだのなんだの文句をつけ、課長が辞めなければ労働組合に訴えると大騒ぎして、上司をつるし上げる始末。

こうしてさんざん部署をかき回した挙句、3名の女子社員が突然一気に辞めたのだ。

それに伴い必然的に、残された社員の業務が増えた。嫌気がさした社員が辞め、そのしわ寄せが残った社員を蝕み、また社員が辞め…という悪循環。

そしていつのまにか、20名以上いたはずの部署の人員は、半数にまで減ってしまったのだった。

雰囲気は最悪で、穴埋めに雇った派遣社員さえも女性社員のいびりによって数週間で辞めるという事態が続いている。

ただでさえ忙しい決算期であるが、絶対に遅らせてはいけない支払関係を片付けるのに必死で、引継ぎをろくに受けていない。春菜の業務も滞る一方だ。

-いつまでこんな日が続くの…?25歳OL、仕事ばかりやっている場合ではないのに!




翌日―。

経理部の中では、たいてい春菜の出社時間が1番早い。

いつも通り春菜が出社したら、見知らぬ女性が、スラリとした脚を組み、春菜の隣の席に座っていた。経理部のグレーの机に似つかわしくない、ずいぶん派手な女だ。

足元にはマノロブラニクが光り、手首にはカルティエのベニュワール。そして何より目立つのは、タイトなラインのワンピース。深紅の口紅とネイルに思わず目を奪われる。

それらを着こなす、美しいが冷たい印象を与える顔立ち。年齢は分からない。貫禄があるので40歳と言われても納得するし、瑞々しい肌は30歳と言われても驚かない。

椅子に座っていても、ワンピースから伸びる長い脚を見れば、抜群のスタイルであることが容易に想像できる。

まるで外資系ファッションブランドのPRのような女が、この部屋の一角に、なぜか座っているのだ。

ーあっ…もしかして広報部の中途入社の方かしら…。

部署を間違えているのかもしれない。そう気がついた春菜は恐る恐る声をかける。

「あの…何かご用でしょうか?」

すると、謎の美女はさらりと答えた。

「今日からこちらでお世話になる経澤理佐です。よろしくお願いいたします。人事の方に、ここに座って待っていてと言われたんですけど…」

「あの、部署を間違えていませんか?ここは経理部ですけど…」

春菜がそう言いかけたとき、部長が声をかけながら入ってきた。

「よく来てくれたね、経澤君。昨日の今日で無理言って申し訳ないけど、今日からよろしく頼むよ。」

ー…ってことは、彼女、経理部に…!?

春菜は目をぱちくりさせる。

部長の口ぶりによると、どうやら昨日の面接で急遽決まったようだ。

確かに経理部は人員不足だ。だからと言って、誰でもいいわけではない。教える方の身にもなってほしい。

春菜はこっそりため息をついた。

-神様はどこまでも意地悪だわ…。

始業時刻が迫り、経理部に社員が出社してくる。しかし皆揃って、明らかに部署から浮いている理佐の風貌にギョッと驚き顔を見合わせる。

彼女はというと、そんな反応にはお構いなしで、すました顔でスマホをいじっている。経理部の雰囲気は朝から異様だ。


謎の派手な女の正体とは…?



「紹介する。今日から経理部に来てくれることになった、経澤理佐さんだ。経澤さんは経理のスペシャリストで、我々の現状を聞いて是非力になりたいと言ってくれた。」

朝礼で経理課長より、理佐の紹介があった。

椅子から立ち上がった理佐は、身長170cm近くはあると思われる。モデルのような風貌である。

経理部の薄暗いオフィスには、彼女の存在だけが明らかに浮いている。

それでも春菜はホッとしていた。

ーさっきは驚いたけど、人は見た目によらないのね…。経理経験者なら安心だわ…。

その後、オリエンテーションのために人事部にどこかへ連れて行かれる理佐の背中を見つめながら、春菜はホッとして胸を撫でおろした。

しかし喜んでいたのは、春菜だけだったようだ。

「チョット!あれ何よ!」
「やっていける気がしないんだけど!」

理佐がいなくなると途端に、経理部内で女性陣による大会議が始まった。春菜が心の中で”おつぼねーず”と呼んでいるグループだ。

幸いにも部長も課長も離席中である。彼女たちは、この部署には似つかわしくない理佐の雰囲気がとにかく気に入らないようだ。

「あんな女が経理のスペシャリストって…怪しくない?」
「部長の愛人とかなんじゃないの?」
「仕事にやる気あるのかしら?“私、残業はしませんから”とか言い出しそう」

-また経理部は荒れるのかしら…。

春菜はそっとため息をつく。

そのとき、おつぼねーずの一人がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「1か月、いや1週間持つかどうか、賭けてみる?」
「私、この間の派遣スタッフの時は賭けに負けたのよね〜」

そう盛り上がっているのは、何名かの派遣社員をいびり倒して追い出した超本人たちである。

春菜は背筋が凍りつくのを感じた。




今日は、月末分の支払データを銀行に登録する日だが、他の業務や他部署からの依頼に追われ、全然手が回っていない。

そんな日に限って、おつぼねーず全員「絶対に外せないお食事会なの!」と声高らかに定時で帰ってしまった。

ーこんな締め日によく予定を入れられるわよね…。

「もうどうすればいいの…」

思わずそう呟いたそのとき、背後から突然声が聞こえた。

「お困りのようですね。何かお手伝いしましょうか?」

春菜は慌てて振り返る。そこには理佐の姿があった。

「…入社オリエンテーション、今終わったんですね。お疲れ様です。」

この会社のオリエンテーションは中途入社でもしっかり丸1日かけて行う。初日からぐったり疲れるのは知っているので、入社初日の理佐に手伝ってもらうのは気が引けた。

「それで…何か困っているの?」

見た目は派手だし、美しい顔立ちは冷たくも見えるが、声色はとても柔らかい。そんな理佐の柔らかな問いかけに、春菜は思わず今の現状をポロポロと口に出してしまっていた。

「なんだか愚痴っぽくなってすみません…」

「現状は把握しました。とりあえず、今はやらないといけないことを片付けましょう。銀行用の振込データはどこの会社でも一緒だと思うし私が作るわ。」

そうやってテキパキ仕事を分担し、各々作業に取り掛かる。

春菜もようやく穏やかな気持ちになり、溜まった業務に集中することができた。

隣を見ると、理佐は驚くほどのスピードで請求書を次々めくりテンキーを叩き続けている。

その指先には、ハートモチーフのついた指サックがついており、クールな見た目からは想像しにくいお茶目さに、春菜はつい笑顔になってしまう。

理佐はあっという間に銀行データを作り上げ、2重チェックまで終えると、颯爽と帰っていった。

-私の半分くらいの時間、いやそれより早いかもしれない…。

春菜は、一人残ったオフィスで、理佐の尋常ではない処理スピードにただただ圧倒されていた。



帰り道の電車の中。春菜は何気なくスマホでネットニュースを眺めていた。

ふと、ある企業の不正会計のニュースが目に飛び込んでくる。それはメーカーが売り上げの架空計上を行っていたことが発覚したという内容だった。

―不正会計かぁ…。許せないわ…。

いくら自分の会社で起きたことではないといっても、経理で働いている春菜には他人事とは思えず、不快感が募る。

その瞬間、電車がガタンッと大きく揺れ、その衝撃で春菜は倒れそうになった。なんとか体制を整え、再びスマホのニュースを見つめたが、変な胸騒ぎがした。

このときはまだ、春菜の嫌な予感が的中することになるなんて思ってもいなかった。

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春菜の予感は現実になる?そして理佐は敵なのか味方なのか。