いま、日本のビジネスホテルが好調です。近年急速に伸びた訪日観光客によるインバウンド需要の流入、定年退職した団塊世代の観光ニーズ拡大などの要因が背景にあるようですが、何社ものビジネスホテルがシェア争いを繰り広げる群雄割拠の様相を呈したビジホ業界の勢力図は、どのような歴史を辿り、今日にまで至ったのでしょうか。ビジネス分野のジャーナリストとして活躍中の長浜淳之介さんが、日本のビジネスホテル業界が活況を呈している理由を取材するとともに、新御三家とも言われる3ホテル急成長の裏で進む業界のシェア争いと全体の今後の展望などについて、詳細に分析・考察しています。

日本のビジネスホテル業界がインバウンドを背景に活況。その「歴史」と「展望」は…

ビジネスホテルが活況、都市の観光ニーズを取り込んで進化を遂げようとしている。

宿泊特化型と言われ、宴会場、レストラン、プールなどの設備を持たず自動チェックインを導入するなど、省人化、省力化を進めることで、従来のシティホテルよりも低価格を実現。1980年代後半から業務出張の顧客をターゲットに、宿泊という単機能のみに集中したルートイン、アパホテル東横インなどのチェーンが増殖している。最近は訪日観光客増加によるインバウンド需要の流入、団塊世代アクティブシニアの観光ニーズの拡大、女性の社会進出による出張の増加で、これら大手がいずれも出店を加速化させている状況だ。

ルートインは今年になってもう15(うち海外1)ものホテルを新規オープンしている。アパホテルの今年の新規開業ホテルも既に6。東横インの今年の新規オープンは5(うち海外1)で、3社とも夏から秋、年末にかけても毎月のようにオープン予定が続いている。

それとともに内容も、朝食サービス、フロントやロビーの改善、ルーム設備の向上、大浴場の充実など、観光、女性、ファミリーにも対応し得るホテルに変貌、進化してきている。もはや、顧客ターゲット、実際の宿泊客共に、ビジネスホテル、宿泊特化型とは言い切れない、“スーパーエコノミーホテル”ともいうべき新たな地平を開拓しつつあるのだ。

観光庁が2月28日に発表した宿泊旅行統計調査(速報値)によれば、日本の2017年の延べ宿泊者数は約4億9,820万人(前年比1.2%増)。そのうち、日本人は約4億2,020万人(同0.7%減)、外国人は約7,800万人(同12.4%増)となっている。

2013年の延べ宿泊者数は約4億6,590万人、日本人は約4億3240万人、外国人は約3,350万人であった。

日本人の宿泊者数は直近4年で微減しているのに対して、外国人は倍増している。特にインバウンドのホテル需要が急増しているのは明白だろう。

日本政府観光局によれば、17年の訪日外国人数は過去最高の2,869万人(前年比19.3%増)。2020年に4,000万人達成を目標にしており、今の勢いなら不可能な数値ではない。つまり、ホテルの需要は東京オリンピックに向けて、もっと高まるということだ。

17年の施設タイプ別客室稼働率では、ビジネスホテルの稼働率は75.4%(前年比1.0%増)。シティホテルの79.4%(同0.7%増)には届かないものの、稼働率6〜7割で採算が取れるとされる損益分岐ラインを上回り、さらに高まる傾向にある。

13年のビジネスホテルの稼働率は69.5%であったのが、4年間で6%ほど伸びている。ちなみにシティホテルの13年の稼働率は75.7%であったので、同期間4%弱の伸びで、伸び率ではビジネスホテルのほうが上回っている。

さらに、17年のビジネスホテルの都道府県別客室稼働率トップ5を見ると、1位の大阪府85.1%、2位の東京都84.8%、3位の京都府84.0%、4位の愛知県79.0%、5位の福岡県78.8%となっており、以下沖縄県、神奈川県、岡山県、広島県、熊本県、兵庫県、佐賀県、栃木県までの13都道府県が75%を超えている。3大都市圏や観光が好調な北九州、沖縄、山陽を中心に、満室に近い高稼働となっている。

ちなみに、17年のシティホテルの大阪府、東京都、京都府、愛知県、福岡県の稼働率は、それぞれ89.3%、82.9%、81.2%、79.5%、83.8%となっている。インバウンドの外国人観光客は予算に応じて、シティホテルとビジネスホテルを使い分けており、またシティホテルが空いていなければビジネスホテルで宿を取っていると思われる。

ビジネスホテル御三家、ワシントンホテル、サンルート、東急インの台頭

ビジネスホテルにとっては、インバウンドが牽引する観光客の増加は新たなビジネスチャンスであり、宿泊に特化しているからおもてなしは要らないと、言ってはいられない状況。いかに競合他社と差別化したサービスを提供して、リピートにつなげるかに知恵を絞っているわけだ。

業務出張用の駅、繁華街に近い、小型の宿泊特化型ビジネスホテルは以前から存在していた。地元の小資本であり、全般に薄暗く、部屋も狭くてシングルのベッドとユニットバスという最低限の設備がある簡素なイメージだった。

それに対して、統一したブランドで、もっとアメニティを向上させて全国にチェーン化しようという発想のビジネスホテルは、1970年代から勃興し、69年にワシントンホテル1号店の「名古屋第一ワシントンホテル」(93年閉館)がオープンしている。

程なくして、サンルート、東急イン(現・東急REIホテル)も台頭して、ビジネスホテル御三家と呼ばれた。

御三家をはじめとする当時のスタイルは、ビジネスホテルにもかかわらず、宴会場、レストランを備えたホテルも多くあり、駅前で威容を誇るものが多い。すなわち、シティホテルの要素を取り込んで、従来の小型ビジネスホテルに対して、高級ホテルとの中間領域を開拓したと言えるだろう。

日本が高度成長から成熟化し、バブルに向かう過程で、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本も79年にベストセラーになったほどで、経済界では盛んに量産型から文化的な付加価値が付いた高品質な商品に転換すべきと、論議がなされていた。ビジネスマンが出張で泊まるホテルにも付加価値が求められ、地元の宴会などのニーズといった社会的背景に応えたのが御三家であった。

しかし、バブル崩壊とその後のデフレや不況により、企業は経費節減に向かい、ホテルの宴会やレストランの法人需要は激減。なるべく出張をしない、しても日帰り、泊まるならより安くと、トレンドが変わった。御三家に代わってコスト意識の高い、1泊5000円前後で高くても1万円を切る、安価な宿泊特化型が選ばれるようになり、前出のルートイン、アパホテル東横インがビジネスホテルの新御三家として、君臨するようになった。

「新御三家」ルートイン、アパ、東横インの急成長

御三家は今も健在であるものの、ワシントンホテルは藤田観光が経営するホテルと、「ワシントンホテルプラザ」などを経営するワシントンホテルという会社が、連携して運営にあたっていたが、97年に分離している。サンルートは、JTBの子会社だったが、2014年に相鉄ホールディングスに買収された。東急インを経営していた東急ホテルチェーンは2002年に、東急電鉄の経営していたホテルを含めて、東急グループのホテル事業を行う東急ホテルズという会社に統合され、15年に東急REIホテルに名称変更されている。

現在のチェーンの数は、ワシントンホテルとサンルートは60ほど。東急REIホテルは20である。

新御三家はバブル景気の頃に登場している。ルートインが1号店となる、「上田ロイヤルホテル」(現在の「上田駅前ロイヤルホテル」)を長野県上田市にオープンしたのは1985年だ。奇しくも、73年に東急の系列会社、上田交通が東急インの1号店「上田東急イン」(現「上田東急REIホテル」)をオープンしているが、上田駅を挟んで南側の温泉口に東急イン、北側のお城口に上田ロイヤルホテルが対峙する様相だ。

アパホテルは、1984年に1号店の「アパホテル金沢片町」を、石川県金沢市にオープンしている。

東横インは1986年、東京・蒲田に1号店をオープン。現在も「東横イン蒲田1」として稼働中である。

すなわち、新御三家がいずれも85年前後に相次いで創業しているのは、注目に値する。世間のバブルに浮かれる風潮に流されず、むしろ逆らうように、低コスト、低料金、宿泊特化を進めて体力をつけ、やがてバブル崩壊後の不動産値下がりに乗じて、爆発的な事業展開に備えたのは見事である。

では、新御三家の現況と特徴を簡単に見ていこう。

今日、ルートインはチェーンホテル数で約287(17年11月1日現在)を数え、2025年には温浴施設やゴルフ場を含め500施設を目指している。年商は17年3月期で、1,146億2400万円(前年同期比13.3%増)だ。

ホテルルートイン丸亀の外観。image by: WikimediaCommons(WebGroup)

ルートインのビジネスホテルの多くは郊外、特に高速道路のインターチェンジ付近に立地している。その戦略からして、駅前が基本の他のビジネスホテルとは差別化されており、不動産価格が安い分だけ宿泊も安くできるのである。

東京にもホテルがあるが、阿佐ヶ谷、東陽町、大井町、蒲田、五反田、浅草橋と、主要な繁華街を外しており、大きなターミナル駅ではアッパーブランドのアークホテルが池袋にあるだけだ。

眺望の良い大浴場を備えたホテルが多く、天然温泉であったり、人工温泉でもラジウムを使って健康増進に配慮したりと、力を入れている。大浴場があるから、部屋に風呂を設置せずに、その分間取りを広く取った設定もある。

ホテルルートイン熊谷の大浴場

本格的なレストランが1階に入居しているケースが多く、無料で提供される朝食バイキングは和・洋・中が揃い、ヨーロッパ直輸入のパンが提供されるなどお得感があり、これを楽しみにリピートする顧客も増えている。

ルートインの朝食バイキング

アパホテルのチェーンホテル数は建築中、海外も合わせて約415となっており、2020年までに提携も含めて10万室を実現し、ダントツのナンバーワンホテルチェーンになる目標を立てている。17年11月期(連結)の年商は1,161億200万円(前年同期比5.1%増)。現状、実際の国内のホテル数と年商は、ルートインと拮抗していると見られる。

アパホテルは駅前立地を基本としているが、他社では手を出せない変形した土地を探し出して、周囲の相場より安く入手し実に巧くホテルを建てる。最近は500室を超えるタワー型の大型ホテルを強化する方針にあり、15年9月にオープンした「アパホテル新宿歌舞伎町タワー」は620室を擁する。来年夏にオープン予定の「アパホテル両国駅タワー」は1111室の予定だ。

「新都市型ホテル」と称して、外観やフロントのデザイン性を高めてワクワク感を演出する一方、部屋の間取りを狭く取る、節水型の卵状浴槽で20%の節水効果、断熱カーテンで冷暖房効率を高める、全館LED照明で電気代を節約するなど、節約の思想が徹底している。

また、日によってホテルのニーズは変わり、価格も変わって当然という考え方から、繁忙期には平気で1泊3万円を取るなど、常にお手頃価格ではない独特な価格戦略を持つ。

また、ポイントカードは1P=1円相当と還元率が高く、5,000ポイントで5,000円キャッシュバックされるので、実質上値段よりも安く泊まれることになる。

東横インのチェーンホテル数は273(18年4月27日現在)。年商は17年3月末日現在で819億7,000万円(前年同期比1.2%増)。前年は年商が8.2%伸びていたので、伸び率にブレーキがかかった気もするが、今は巻き返しに向けて、会員の宿泊を取りやすくする、人員のリクルート、設備の早期更新を進めると共に精力的に出店している。

新宿歌舞伎町の東横イン外観

コンセプトは「駅前旅館の鉄筋版」で、リーズナブルな価格と家庭的なサービスがモットー。価格は年中ほぼ一定で、いつも変わらない日常使いができるのを売りとしており、アパホテルと対極にある考え方と言えよう。

表に掲げられた東横インの料金表。料金が年中一定であることを明示している

東横インは女性のきめ細かな感性を活かしたホテル運営を行っており、支配人をはじめフロント、メイクに女性を登用しているのも大きな特徴。旅館の女将のホテル版と言えるだろう。バスタブは日本人の好みに合わせ、ゆったりと深くなっている。また、全店舗同質のサービスと設備のクオリティを提供する証として、2007年よりISO9001を取得している。

朝食は無料だが、朝カレー、具だくさんの味噌汁、おにぎりなど家庭料理が中心になっており、ホテルならではのサンルート流朝食とは内容が異なっている。

新御三家の裏で急成長する新たな「刺客」と、将来性への懸念点

新御三家以外にも、共立メンテナンスが展開するドーミーインはサウナや露天風呂を併設した大浴場や、ひと風呂浴びたあとに食べるラーメンが無料のサービスで人気が沸騰している。また、ロビーでコーヒーが無料で飲めて、無料で使えるコンセントを設置するなど、ロビーの快適性も突出している。

セルフサービスのコーヒーが無料。カフェのようなドーミーインPREMIUM渋谷神宮前のロビー

ドーミーインは70ほどのホテル数があり、共立メンテナンスのホテル部門の売上高はリゾートホテルを含めて604億800万円(前年同期比13.1%増)となっている。

スーパーホテルは健康と環境維持を実現する「LOHAS」の取り組みが特徴で、「健康イオン水」を飲用のみならずバスタブにも使用。無料の朝食に地域特産品や有機JAS認定野菜を提供するなど、徹底している。連泊で清掃不要の顧客にはミネラルウォーター、歯ブラシ未使用ならお菓子をプレゼントと、エコな顧客にサービスをする「エコひいき」なる制度も有している。8種類の枕が選べ、防音・静音設計の客室など快眠にもこだわりがある。

17年3月期のチェーン数は121で、年商は308億7100万円(前年同期比6%増)となっている。

このほかにも、魅力的なスーパーエコノミーホテルともいうべき、新しい進化形のビジネスホテルは枚挙にいとまがなく、単にベッドを提供する発想から脱却して、従来にはなかった付加価値の競争となっている。

心配な点としては、出店を急ぐあまりに金融機関からの借入金が膨らんでいるケースが見受けられ、全てがうまく回っていても、仮に大震災などが東京や大阪で起こると、インバウンド需要が一気に萎み、途端に経営危機になりかねないチェーンがあることだ。

また、万が一現政権が交代してデフレを完全に脱却しないまま金融緩和を止めてしまえば、再び理不尽な円高となり、訪日観光客が減少する懸念がある。経済が不活発になるので、ビジネス客も減るだろう。そうなると価格競争になり、金融面で自転車操業のチェーンは不利だ。

新御三家は、ルートイングループは永山勝利氏、アパグループは元谷外志雄氏、東横インは西田憲正氏という、いずれも立志伝中の創業者が一代で築いた企業だが、今のところ後継へとバトンタッチできたのは、東横インのみだ。同様に創業社長頼みの弱みを抱える、新興ビジネスホテルチェーンも多い。

経営者として事業を発展させられる後継者を、いかに育成するかが課題だろう。

image by: WikimediaCommons(WebGroup)、ルートイン公式HP、長浜淳之介

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