ー女は、家庭に入って夫を影で支えるべきだ。

経営コンサルタントとして活躍していた美月のもとに、ある日突然義母から突きつけられた退職勧告。彼女は専業主婦となることを余儀なくされた。

内助の功。それは、古くから手本とされている、妻のあるべき姿。

しかし、美月は立ち上がる。

いまや、女性は表に立って夫を支える時代だと信じる彼女は、経営難に直面した嫁ぎ先をピンチから救うことができるのか?

先週、嫁ぎ先の実態が明らかになり、図らずも義母とチームを組むことになった美月だが…?




-おはようみづきさんいつ

振動したスマホの画面を覗くと、義母から謎のメッセージが届いている。

不思議に思った美月が返信すると、今度はウサギのスタンプが5つ連続で送られてきた。

スタンプのウサギは、泣いたり笑ったり、悲喜こもごも。どれが義母の感情なのか、さっぱり分からない。そして、用件も全くわからない。

美月は何とか解読しようと試みる。すると1分もしないうちに、義母から電話がかかってきた。

「もしもし?スマホって慣れなくて難しいわね」

どうやら先ほどの謎のメッセージは、途中で送信してしまったもののようだ。スタンプもあれこれ探しているうちに全て誤って押してしまったというところだろうか。

美月は、義母のLINEの用件を尋ねてみる。

「ほら、今度美月さんが医院周辺の調査に行くって言ってたじゃない?いつかしら?」

義母は、先日の家族会議以来、美月と一緒に医院を立て直すと張り切っていた。

相変わらず「マイペンライ」(タイ語で「大丈夫」の意)を連発していて、美月は内心「医院は全然マイペンライじゃないけど…」と思うのだった。

「そうですね、水曜日はどうでしょう?」

「了解!じゃあ、その後はどこかで美味しいランチでも食べましょ。楽しみにしてるわ」

義母は、能天気な発言を残して、一方的に電話を切った。


スパイ気取りの義母の暴走が始まる…!


古びた地図が教えてくれたこと


「お義母さん…」

待合場所に現れた義母の姿を見るなり、美月は言葉を失った。

義母は、つばの大きい帽子にサングラス、マスクを着用し、全身真っ黒の洋服に身を包んでいたのだ。

しかも、なぜか小声でひそひそと話してくる。身元バレを防ぐということだが、赤坂でこんな格好をしている方が怪しまれると思うのは、美月だけだろうか。

義母は医院周辺の地図を広げると、地図上に互いの担当範囲をマーカーペンで指示し始めた。しかも、30年も前の地図に、である。

刑事ドラマやサスペンスものの見過ぎなのだろうか。義母の行動に、美月はこの先が思いやられる。

自分で担当範囲を指示したにも関わらず、義母は、担当範囲外のエリアに向かってずんずん歩き始めた。

そして、迷った。

「私、昔から方向音痴なのよね。作戦変更。2人で一緒に回りましょう」

結局美月は、義母と一緒に医院周辺を見て回ることにする。

「なんだか、私知らない場所に来たみたい。新しいマンションやビルが増えたのねぇ」

そう言って義母が見せてくれたのは、ページが日に焼けた古びた地図。古本屋のような香りがノスタルジックな気分を誘う。

義母の言う通り、目の前には、その地図には載っていないマンションやビルがたくさん立ち並んでいた。

役に立たないと思われた古い地図は、スマホでパッと見ただけではわからない「30年という月日でどれほど環境が変化したか」ということを、わかりやすく示していたのだった。




美月は、ぶらぶら歩きながら、マンションやビルの中のテナントを隈なくチェックする。

“デンタルクリニック”、“美容歯科”…。

それらの文字を記憶していると、隣で義母が必死になってそれらの医院をメモしていた。

「美月さんとのプロジェクトに備えて、スマイソンでメモ帳を新調したの」

そう言って、爽やかな水色のメモ帳に書き込む義母。美月は、半分呆れながらも、少しだけ心が緩むのを感じた。



お昼時。お腹が減ったと騒ぎ始めた義母をあやしながら、美月はオフィスビルに入居する歯科の様子を遠目から伺う。

外出用の小さなバッグを持ったOLや財布だけ持ったビジネスマンが、続々と歯科に入っていくのが目に入った。

-そういうことね。

美月はあることに気がつき、咄嗟に隣の義母に話しかける。

「お義母さん、私気がついたんですけど…」

そう言いかけたとき突然、義母がおぼつかない足取りで肩にもたれかかってきた。

「私もうダメ…」

空腹が限界に達したらしい。義母の息絶え絶えな様子を見かねた美月は、調査を終了し、お昼を食べに『エッセドゥエ』に向かった。


義母の暴走が止まらない。しかし美月は義母の変化に気がつきはじめる…?


義母に感じた、心境の変化


豊の実家に戻った美月は、データとにらめっこし、今後の方針を考え込んでいた。

すると、帰宅早々に「久しぶりに朝から動いて疲れちゃったわ」と言って昼寝をしていたはずの義母が、いつのまにか背後にいて、美月に声をかけた。

「美月さん、ちょっと休憩にしましょう」

義母は、『鎌倉 歐林洞』のパトロンとともに、紅茶をいれてくれた。パトロンには2種類あるが、美月は、ラム酒の香るマロンをチョコレートでコーティングした、ショコラノアをいただくことにする。

「すみません、ありがとうございます」

美月が礼を言うと、義母が突然こんなことを聞いて来た。

「少しで良いから…今やってる作業を手伝わせてもらえない?私も、山内家の嫁として責任を感じてるの…」

義母には珍しく、控えめに聞いてくる姿に美月は驚きを隠せない。

「え…?」

義母が、エクセルはおろか、パソコンの操作もままならない様子だったことを思い返す。

正直、美月ひとりでやってしまった方が速いし、スムーズに進む。

しかし美月は、最近の義母が、医院のためにどうにかしたいと彼女なりにもがいていることを薄々感じ取っていた。大概、方向性を間違えているのだが。

「それではお義母さん、分かる範囲で構わないので、ネットで調べていただけますか…?」

美月は、義母の気持ちを汲んで、彼女がメモを取っていた山内歯科周辺のクリニックや歯科医院について調べてもらうことにした。

「わかったわ。任せてちょうだい!」

義母は目を輝かせる。そして威勢良くパソコンに向かい始めたのだが…。

その後、義母は美月に5分に1度のペースで報告を入れてきた。

しかしそれは「ホームページが花柄で可愛い」や「歯科医がイケメン」などという、オバさん視点満載な情報ばかりである。美月は頭を抱える。

ーああ…。しかもお義母さん、なぜかキャッキャと楽しそうだし…。

呆れた美月は、調べて欲しい項目をノートに書き出し、義母に渡した。

・簡単な概要、歯科医の人数
・営業時間、休診日
・予約の方法
・口コミサイトの賛否

「こんな情報知ってどうするの?つまらないわねぇ」

義母ははじめ、ぶうぶう文句を言っていた。しかしそれ以降はパソコンとにらめっこしてくれたため、美月も集中して取り組めたのだった。




義父と豊が帰宅し、4人で食卓を囲みながら、今日1日の出来事を振り返る。

すると義母がすかさず、午前中の周辺調査や美月に頼まれた周辺のクリニックや歯科のネットで調べたことを報告し始めた。

「私が嫁いだ時にもらった地図が役にたったのよ…!!あの辺りも随分変わったのねぇ」

「そうだなぁ…」

義父が、懐かしそうに古びた地図を覗きながら、義母の報告に耳を傾ける。

「ここまで歯科医院が増えていたか…。恥ずかしいが、他の医院の開業の知らせはその都度聞いていたはずなのに、まともに把握できていなかった…」

周辺地域の近況をあらためて知らされた義父は、驚きを隠せない様子だった。

確かに歯科医院は、オフィスビルやマンションに入っていることが多い。現地に足を運ばなければ、外から見えないのも事実だった。

「私も悠長なことを言っている場合ではなかったことを痛感したよ…」

義父は、時折、うぅっと感心しながら義母の話を聞いていた。

嫁ぎ先の経営状態は決して良くないが、こうやって家族がひとつにまとまっている様子を見たのは嫁いでから初めてのことだ。

美月は、ほんの一筋、光を見出したのだった。

▶︎Next:5月7日公開予定
困難に立ち向かう山内家に、恐怖の”刺客”が襲いかかる。