多くの女性を苦しめる、 “結婚”という二文字。

高望みをしているわけではない、普通の幸せが欲しいだけ。

しかし出会いに溢れているはずの東京で、それはなかなか手に入らないのである。

自称・丸の内にゃんにゃんOLの本田咲良(27)は、ひょんなことからビジネススク ールに通うことに。

ビジネススクールが意外にも婚活にピッタリだと気づく咲良と由利。

咲良は、クラスメイトの翔平が主催する勉強会のあと、2人きりの食事に誘いOKをもらった。

しかし翔平はその席に、咲良と相性の悪いさおりを誘う。空気の読めない男だと思ったが、話していくなかでさおりと仲良くなる咲良なのであった。




―こんなに時間がかかるとは思わなかったわ…

レポートを出し終わった高揚感と、ここ数日の寝不足による極度の疲労をかかえたまま、咲良は出勤した。

今日は、定例の海老原との個人面談だった。

咲良はその席で、さおりが言っていたフェアトレード商品の話を持ちかけた。

海老原は突然の提案に驚いていたが、咲良の熱意を買ってくれたのか「検討する」と言ってくれた。さおりが勤める一流化粧品会社の名前も効いたのだろう。



レポート提出日、ロビーのプリンターの前には、見たこともないほどの大行列が出来ていた。

緊張した面持ちで教室に向かうと、いつもよりも集まりが悪い。みんな口々にレポートにどれだけ時間がかかったか、仕事との調整が大変だったか、出来に納得出来ていないかを言い合っている。

「今日はレポートのまとめということで、何人か前で発表してもらおうと思います。皆さん、誰に当たるかはわかりませんから、聞きながら発表のシミュレーションをしていてくださいね」

最初の発表は、官僚の元岡賢治だった。教科書の回答のようなロジカルな発表に、クラスメイトは感嘆の声を漏らす。

―頑張ったつもりだったけど、元岡さんと比べると、全然ダメだわ……。

2人発表し終わったところで、先生が改まって言った。

「次は、目の付けどころが良かった例を発表してもらいます。本田さん」

―えっ!?私?

咲良は慌てて立ち上がり、机の角に太ももをぶつけそうになりながら、みんなの前に立った。

目の前には、有名企業の総合職や役職のついたクラスメイトたちが並ぶ。プレゼンを聞くことはあっても、前に立つことなんてほとんどなかった。

前のスクリーンに、咲良のロジックツリーが映し出されると、少し足の震えを感じる。

―あの時の翔平くんのプレゼンを思い出して…。わかりやすく伝えよう。

深呼吸を一つして、ゆっくりと咲良は話し始めた。


発表が終わり、咲良に異変が・・・?


「本田さん、ありがとうございました」

咲良のレポートは論理的には完璧でない点もあるが、フレームワークを上手く使って考えられたということで、評価してもらえたらしい。

「今回のレポートの中で、世の中に一番大きなムーブメントを起こして成功しそうな案が、本田さんのものでした。皆さん改めて拍手を」

席に戻ろうとする咲良に、同期の営業由利や、翔平、さおり、賢治、麻布おじさんが満面の笑みを送ってくれた。

咲良の足は、休憩時間までずっと震えていた。



5回目の授業を終えた、ちょうど一ヶ月後。

驚くことに、咲良はAの評価を受けていた。Aはクラスの上位5%程度なので、実質2〜3人である。同期である由利はBだったらしく、咲良の健闘を素直に感心し、褒めてくれた。

―私がAなんて、びっくり……。最初がダメすぎて、結果、一番成長できたからってことかな?

人事部に成績表を持っていくと、研修に参加経験のある役職者の間で話題になったらしい。特に直属の上司の海老原は、自分のことのように得意げにしていて、咲良は苦笑いするしかなかった。



さおりの勤める化粧品会社と取り組んだ、フェアトレードの商品は、それなりに成果を挙げたそうだ。対外的な聞こえも良く、継続が決まったとのことだった。

その流れで婦人服の展示会でも、メインの場所に並んだらしい。青山で行われたという展示会を見に行くことはできなかったが、企画職の同期が写真を送ってくれて、咲良は胸がいっぱいになった。

それでも、咲良の本分は営業事務である。研修を終えた咲良は来年の4月から、課長代理として事務職のマネージメント業務が加わってくることになる。

初めてこの内示を聞いたときは、「まずい、出世コースなんて乗りたくない」と思っていた咲良だったが、もう当然のこととして受け入れていた。

今は会社の行き帰りを中心に、由利が貸してくれる人材マネジメントの本を読んで勉強しているのだった。




研修が終わった今、なぜ自分が課長代理になるのか分かった気がする。

営業側が、時間と手間のかかる事務職のマネジメントを咲良に割り振って、力を入れるべき仕事に注力するためだ。

咲良が選ばれたのは、仕事の裁量も大きくなってきた6年目で、年齢的に若いからということも大きく作用しているのだろう。

それに咲良は、正しいと思えばなんでもはっきり問題提起して来た。

―でも、それが問題提起するだけで、解決は丸投げだったから、解決できるようになれってことだったのね。

決して自分が何かに秀でている訳ではないということは、よく分かっている。でも選ばれたからには、期待に沿いたいと思っていた。

本が一息ついたところでスマホを見ると、お見合い相手の祐一からの連絡が入っていた。

大学病院を退職し、9月から千葉の南端にある病院に移るそうだ。

―まだ広尾の『アロマフレスカ』に行けていませんでしたよね。送別会して下さいね。

祐一と友人として続いていることは、両家の親は知らない。

「本当は、ルール違反なんだろうけど…」

そうつぶやき、咲良は送信ボタンを押した。

―もちろん。楽しみにしていますね!


由利やさおり、咲良と翔平の進展は?


咲良は、親が所有している広尾の家を出ることにした。丸の内への通勤に便利な、東京の東側に自分で家を借りることにしている。

―ママは寂しがってたけど、パパが賛成してくれてよかった。

なんだかんだで2人とも、咲良の遅い自立と昇進を、とても喜んでくれているのだ。




同期の営業である由利はなんと、5回目の授業の後に、狙っていたクラスメイトの関尚之に告白して、付き合っているらしい。夏休みは一緒に帰省して、早速お互いの実家に挨拶に行くという急展開だ。

クラスメイトのさおりの活躍は著しく、女性向けのビジネス雑誌や、BSの番組に取材されているのをインスタで見た。実際に掲載された雑誌や番組を見ると、心から嬉しい気持ちになった。

そして、咲良が気になっている花島翔平とはどうなったかというと……

実は、まだどうにもなっていない。

あの後、何度かプライベートで顔をあわせたものの、二人で会うつもりで行っても、いつも他の誰かしらがいるのだ。

―私のこと、女として見れないってことかしら?

翔平の友人に紹介されるたびに、“彼女?”と聞かされるので困ってしまうのだ。

社交的で人脈は広い翔平は、相変わらずあちこちに首を突っ込んでおり、会うときはそのイベントに強制的に参加することになる。

―相変わらず、嵐のような人……。翔平くんって、彼氏としても、旦那様としても向いてないんだろうなぁ。

由利から借りたコーチングの本を閉じ、さおりが言っていたセリフを思い出す。

「翔平はきっと、手のひらで転がされたいタイプだから。咲良ちゃん、うまく転がしてあげてね」

明日は翔平の地元で行われるマルシェの後、仲間内の飲み会があるらしく、咲良にも誘いが来ている。地元の仲間というのは初めてのケースだ。

―なんて紹介してくれるんだろう?

そう思いながら、OKの返信をした。

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咲良と由利、それぞれのその後は…