水戸戦の後半78分に交代出場すると、試合を一変させた田中マルクス闘莉王

 後半78分。そこから試合の様相は一変した。人間が両軍に分かれて戦っていた戦場に、魔神が降り立ったようだった。

 ボールをめがけて走り出すだけで、相手に戦慄が走る。あろうことか「1人プレッシング」でボールを強奪してしまう。手も足も出させない。

「いやー、強いわ」

スタンドで観戦していた敵チームのベンチ外選手たちが、そう呻(うめ)いていた。ピッチに立つ選手も、信じられないものを見た気分だったろう。災いにでも触れたような混乱が、ひしひしと伝わってきた。

 魔神は巨躯を宙に浮かせ、空中戦に競り勝つ。前線で逆流の中の杭のような存在になって味方を押し上げる。そのたびに敵は意気消沈。活気を得たチームは、痛快な逆転劇を演じたのだった――。

 4月28日、ケーズデンキスタジアム水戸。J2第11節、京都サンガは水戸ホーリーホックの本拠地に乗り込んでいる。前節まで引き分けを挟んで6試合勝ちなし。勝ち点6で最下位22位に沈み、黄信号が灯っていた。

「とにかく勝ち点を奪う!」

 敵地での水戸戦、京都は実直な戦いを選び、謙虚に挑んでいる。

 開幕からつまずいた理由は、ひとつのジレンマにあったのだろう。今シーズンは、ディフェンスラインからビルドアップし、ボールを大切にするサッカーを目指してきた。しかし技術的、戦術的に追いつかない選手が少なくなく、その綻びを狙われ、つけ込まれた。

 そこでこの日、京都は前半、4-4-2を採用している。2トップにスピードがあって、背後にランニングできる選手を起用。相手のラインを下げる狙いで、早めにクロスを入れ、ボールを失うリスクを回避していた。

 もっとも、ボールを前に運ぶところでのミスはやはり多かった。つっかけられ、ボールを失い、ファウルをし、自陣でセットプレーを与える。そして波状攻撃を受け、いたずらに危ういシーンを増やしていた。

「セットプレーのシーンでは、みんなが集中して守れていた」(京都・FW岩崎悠人)と言うように、どうにか失点は防いでいたものの、じりじりと消耗する状況だった。

後半に入って4-3-3にシステムを変更。中盤を厚くしてボールを握る力を強めようとするが、戦況は好転しない。

 すると、優位に立っていた水戸はさらに攻勢を強めた。後半はクロスのヘディングやミドルシュートなどで好機を増やし、ゴールの予感が濃厚に漂った。

「点を取るところまでは非常に流れがよく、プレーの長所も出せていた」(水戸・長谷部茂利監督)

 77分、左右からの攻撃で揺さぶった後だ。右サイドからクロスを打ち込み、クリアされるもまた拾い、エリアに入ったところで京都のDFが慌てて手を出し、PKを拾う。この日、躍動していたFW岸本武流がこれを豪快に蹴り込んだ。

 水戸は勝利を確信したに違いない。

 ところがその1分後、1人の選手の投入で試合は一変した。

 FWレンゾ・ロペスに代わって登場した田中マルクス闘莉王は、前線で群を抜いた存在感を見せた。

「代わって入った闘莉王は、キープ力と高さを使って、うまく(チームと)リンクしてくれました。やっぱりモノが違う選手で、これまで先発として使ってきましたが、今日のような使い方もあるなと」(京都・布部陽功監督)

 闘莉王が前線に入ると、にわかに水戸の選手が慌て出した。それは日本代表としてワールドカップなど国際大会を戦ってきた百戦錬磨の猛者(もさ)が発する威圧感によるものなのか。その混乱に京都は乗じた。

 81分、左CKを闘莉王がファーポストで競ると、もつれた相手のクリアは中途半端になる。これを、エリア外にいた重廣卓也が左足ボレーで蹴り込んだ。そして90分には、GKからのロングボールを前線にいた闘莉王が体を投げ出して収め、右サイドに展開。これを受けた岩崎悠人が中に鋭いクロスを入れると、小屋松知哉のシュートはヒットせずに逸れたが、そのこぼれ球を重廣が再び押し込んだ。

 闘莉王はわずか10分で、試合を1-2とひっくり返してしまった。アディショナルタイムに入ると、最終ラインにポジション変更。今度はパワープレーを仕掛けてくる相手の攻撃を、ことごとく跳ね返した。

 闘莉王のプレーは全盛期には程遠い。慢性的な筋肉系の故障も抱えている。しかし、たとえ50%の状態でも、J2では突出した選手だ。

「闘莉王は劇薬。使い方次第のところはある」

 京都の関係者はそう洩らしたが、まさに魔神だろう。相手を畏怖させ、チームを勝利に導く。一方で実力があまりに突出しているだけに、味方をも萎縮させることがある。闘莉王自身、「なぜこんなプレーができないんだ?」という苛立ちを味方選手に常に抱えているに違いない。諸刃の剣とも言える。

「魔神」闘莉王というカードをどう使うのか――。そこに京都の浮沈は託されている。

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