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京都や奈良で、失われた祖国を見つけた! 画家余啓平
2005年10月30日09時53分 / 提供:PJ
【PJ 2005年10月30日】−
東京都港区のギャラリー東京映像
で1年の半分を中国の上海、残りの半分を京都で過ごす中国人画家の余啓平さんの個展「余啓平展−しじまを彩る幽遠の朱−」が開かれている。中国江南の景色などの中に西洋の手法や構図を融合させた新感覚な作品26点が展示されている。31日まで。
異郷にいるほど故郷が懐かしく、故郷の文化や芸術への想いが新たな感動を呼び起こし、創作欲のエネルギーとなる。ショパンやシャガールなどの偉大な芸術家が、異国で素晴らしい作品を生み出したように、日本に来てから15年の余さんも、これまで日本の芸術に深く感動し影響を受けながら、改めて中国芸術への想いを募らせると同時に、祖国で培った山水画などの技法を膨らませて、独自の世界を作り上げた。その描かれた作品は、祖国中国を中心とした東洋的な世界を繰り広げながら、西洋芸術の技法や感覚を融合させたユニークなものだ。
南京芸術大学で人物画を専攻し、1984年の第六回全国美術展覧会に出品した作品「六君子」が入選し注目を浴びた余さんが、日本へやって来たきっかけは、日本でバブル経済絶頂時の1990年に友人と南京で開いたグループ展だった。大阪にある建築会社の社長で、美術品のコレクターの目に余さんの作品が止まった。「『日本に訪れたことがありますか。私の会社で給与と住居を提供しますから、日本に来て好きな絵を描いてくれませんか』と誘われたのですが、最初は半信半疑でした」と余さんは話し始めた。
「契約書などを含めたオファーを手にして、留学希望先のオクラホマ大学大学院に行くか、日本に行くかの選択で悩みました。日本が距離的に近いということと日本文化に興味があったことで、日本に決めました」。余さんは35万円の給与で生活費をまかない、提供されたマンションで好きな絵を描き始めた。来日して最初の数ヶ月は、見るもの聞くものすべてが珍しく、神戸や心斎橋などを歩き回り、名神高速道路やそびえ立つビルディングを見て、日本の経済力の凄さに目を丸くしたという。問題があるとすれば、日本語がわからなかったことと、祖国に残した妻と三歳の息子が恋しくホームシックにかかったことだった。
日本にやって来たことで、余さんは祖国中国を発見することになった。京都・奈良の神社仏閣を訪れたとき「東大寺を見て、ものすごく懐かしさを感じたのです。薬師寺、清水寺などの中に、私の祖国が生きているではありませんか。中国ではもはや見ることができない唐や宋といった時代の文化が、日本のこの地の寺社仏閣に今も現前と残っている」とそのときの感動を余さんは回想する。
バブルがはじけると、お世話になっていた建築会社が多額の不良債権を抱えて倒産してしまった。「社長宅で見せてもらったピカソやマティスの絵もなくなっていました。それでも、社長さんは大手製薬会社関連会社の陶板の仕事を紹介してくれて、私は92年5月、神戸から陶器の町・信楽に移りました」と余さんは話す。信楽の地と陶板の出会いが、後に余さんの芸術感をさらに深め、審美感を高めていった。作品作りは夜や週末にて続けることになった。【つづく】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト (PJ)コーディネーター 佐藤学【 東京都 】
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で1年の半分を中国の上海、残りの半分を京都で過ごす中国人画家の余啓平さんの個展「余啓平展−しじまを彩る幽遠の朱−」が開かれている。中国江南の景色などの中に西洋の手法や構図を融合させた新感覚な作品26点が展示されている。31日まで。
異郷にいるほど故郷が懐かしく、故郷の文化や芸術への想いが新たな感動を呼び起こし、創作欲のエネルギーとなる。ショパンやシャガールなどの偉大な芸術家が、異国で素晴らしい作品を生み出したように、日本に来てから15年の余さんも、これまで日本の芸術に深く感動し影響を受けながら、改めて中国芸術への想いを募らせると同時に、祖国で培った山水画などの技法を膨らませて、独自の世界を作り上げた。その描かれた作品は、祖国中国を中心とした東洋的な世界を繰り広げながら、西洋芸術の技法や感覚を融合させたユニークなものだ。
南京芸術大学で人物画を専攻し、1984年の第六回全国美術展覧会に出品した作品「六君子」が入選し注目を浴びた余さんが、日本へやって来たきっかけは、日本でバブル経済絶頂時の1990年に友人と南京で開いたグループ展だった。大阪にある建築会社の社長で、美術品のコレクターの目に余さんの作品が止まった。「『日本に訪れたことがありますか。私の会社で給与と住居を提供しますから、日本に来て好きな絵を描いてくれませんか』と誘われたのですが、最初は半信半疑でした」と余さんは話し始めた。
「契約書などを含めたオファーを手にして、留学希望先のオクラホマ大学大学院に行くか、日本に行くかの選択で悩みました。日本が距離的に近いということと日本文化に興味があったことで、日本に決めました」。余さんは35万円の給与で生活費をまかない、提供されたマンションで好きな絵を描き始めた。来日して最初の数ヶ月は、見るもの聞くものすべてが珍しく、神戸や心斎橋などを歩き回り、名神高速道路やそびえ立つビルディングを見て、日本の経済力の凄さに目を丸くしたという。問題があるとすれば、日本語がわからなかったことと、祖国に残した妻と三歳の息子が恋しくホームシックにかかったことだった。
日本にやって来たことで、余さんは祖国中国を発見することになった。京都・奈良の神社仏閣を訪れたとき「東大寺を見て、ものすごく懐かしさを感じたのです。薬師寺、清水寺などの中に、私の祖国が生きているではありませんか。中国ではもはや見ることができない唐や宋といった時代の文化が、日本のこの地の寺社仏閣に今も現前と残っている」とそのときの感動を余さんは回想する。
バブルがはじけると、お世話になっていた建築会社が多額の不良債権を抱えて倒産してしまった。「社長宅で見せてもらったピカソやマティスの絵もなくなっていました。それでも、社長さんは大手製薬会社関連会社の陶板の仕事を紹介してくれて、私は92年5月、神戸から陶器の町・信楽に移りました」と余さんは話す。信楽の地と陶板の出会いが、後に余さんの芸術感をさらに深め、審美感を高めていった。作品作りは夜や週末にて続けることになった。【つづく】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
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