2018年春節の時期、続々と銀座に訪れた中国人観光客。写真はイメージ(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

中国人の『爆買い』は続きますか」

中国人はなぜ日本でこんなに買っているんですか」

筆者は、インバウンドをテーマとして執筆や講演、民間企業のコンサルティングをしている。その際、日本人から必ずこの2つを質問される。

訪日中国人の旅行支出を見ると、個人旅行の増加や旅行支出の多様化により、買い物の割合が下がっているようにみえる。日本のメディアでは「中国人は買い物をしなくなった」「爆買いが終わった」といった報道がされるが少し事情は異なっている。

日本にやってくる外国人観光客の中で、中国人の1人あたりの旅行支出のうち、買い物代支出はダントツである。直近の訪日外国人消費動向調査の2018年1-3月期(速報)によれば、買い物代支出は全体平均の倍以上の1人あたり11万0628円だった。日本での買い物だけではない。中国人は米ロサンゼルスのアウトレット、UGG(オーストラリアのブーツブランド)専門店やサプリメントショップ、ロンドンの空港免税店、フランス各地のワインビレッジ……彼らが買い占めている事例は数多く見出すことができる。

なぜ、中国人はこんなに海外で買い物をするのか。国内外の価格差があるからといったよく言われる理由だけではない。もっと深層の理由がある。それは、今日本でも話題になっている中国トイレ革命(習近平国家主席が中国国内にきれいなトイレを整備するように指示したこと)を巡る問題とも共通しているのだ。今回、その深層の理由である「外」「内」の信頼感の差について、取り上げたい。

中国人の自宅トイレはとてもきれい

中国の公衆トイレの衛生問題は昔から中国国内で注目されている。超高級ホテルと少数のレストラン以外、大都市の高級ショッピングモールでも、飲食店でも、使えないくらい汚いトイレを見たことがある読者も多いだろう。特に人々が多く利用する鉄道駅のトイレは、「入らないこと」が常識だ。

一方で中国人の家庭に入ると、富豪の別荘でも地方の一般家庭でも、設備や内装の差があっても、清潔感を驚くほど保っている。前者の「汚いトイレ」がよく報道されるが、後者とのギャップこそがこの課題の真髄だ。

中国では、このような、「外」と「内」に対する感覚のギャップが激しい。「外」にあるものに強く不信を持ち、または気を遣わないが、「内」だと、すべて信頼して丁寧に使う。消費市場では、知らない他人から、提供されたサービスや商品に強い不信感を持つことを意味する。なぜこのような激しい差ができたかというと、最も根本的な要因は共通認識の少なさである。

日本の25倍以上もある約960万平方キロメートルの広大な国土に、56民族が暮らしている中国。標準語が普及しているものの、隣村でもお互いにまったく通じない方言はたくさんある。気候・風土・歴史の違いから、言葉だけではなく、文化・風習・伝統・飲食・考えもさまざまだ。

そして、1978年改革開放政策が実施され、「先に豊かになる」人と、「まだ貧困と戦っている」人は共存するようになり、地域間の経済的な格差も大きい。温水洗浄便座が人気になった大都市と水洗トイレのない農村地域。高校生からのアメリカ留学が普通になってきたところと、高卒者さえいないところ。同じ国、同じ世代の人でもまったく違う暮らしをする人が共存しているのである。教養レベル・海外先進国との交流・世界共通マナーとの接触も、やはり経済的に余裕がある地域と家庭で多い。

その結果、中国人の間では、日本人がよく言う「あうんの呼吸」「共通認識」「共感」を持つことは難しい。

圏子でないと共通認識がない

トイレの話から飛んで恐縮だが、結婚式の開催時間を例とすると、北京と天津は近隣同士だがまったく違う。北京の場合、午前中に式を挙げる必要がある。午後に挙げると、再婚の人の場合の式になるからだ。一方の天津の場合、午後に結婚式を挙げるのが普通である。つまり、近くても真逆のような違いがあるため、同じ地域、ないし同じ「レベル」の人(以前の記事ではこのような人間関係を「圏子」と紹介している)ではないと、共通認識がないということになる。共通認識がないので、知らない人の考えもバックグラウンドもわからないので、信頼関係の構築ができなくなる。

結果、公衆トイレといったさまざまな人が利用するところ、つまり自分の「圏子」外の人と共用するところだと、わざと汚そうとしていないが水洗の使い方をそもそもわからない人も、温水洗浄便座に慣れた人も使う。前者はわからないから、そのままにするしかないだろう。しかし後者は、気持ち悪いくらい使いたくないだろう。便座についても、先にどんな人が使ったのかもわからず、そのため、衛生状況が自分より悪いと想像してしまいがちだ。女子トイレの場合、便座に座らず、足の踏み台として利用する人が多い。

こうすると、たとえば1人がこのトイレを汚したら、後に来る人は、「どうせ汚れているし、自分だけでも無事に使えればいいや」と思うようになり、どんどん雑な使い方になっていく。結局、自分が汚さなくてもほかの人が汚すというという潜在意識から、いくら高頻度で公衆トイレを掃除しても、すぐ汚くなり、外国観光客が悲鳴を上げる(もちろん国策のトイレ革命で公衆トイレの改善も進んでいると考えられる)。

逆に、日本は、共通認識レベルが高いので、清潔感を重視するほか、大都会に行っても「共同体」という潜在意識を持っている。つまり、「外」にいても「内」にいても、共同体の仲間が後から使うと考えている。結果、みんながきれいに使っているから自分もそうしなければという好循環にもなり、日本のトイレは基本的に清潔感があり、きれいである。

訪日中国人、特に観光バスを利用する団体客に話を聞くと、「高速道路の休憩スペースのトイレは、どこに行ってもきれいでびっくり!」のような話は今でも絶えないし、日本のトイレがいかにきれいでユーザー目線のデザインですばらしいかという発信も多い。中国トイレレベルとの激しい格差に感心している。

日本人が使うものなら信用できる

実は海外での旺盛な消費行動もトイレ問題と共通している。トイレを使った人はどういう人だったのかを知らないと同様に、食品や化粧品だと、原材料の産地から最後の配達まで心配し、不安だらけだ。なぜかというと、原材料を生産する人、パッケージを作る人、商品の品質をチェックする人、物流関係の人は、すべて自分が知らない人で、つまり「外」の人間なのだ。中国は広いので、「共同体」が通用せず、悪質な人がさまざまな機会に顧客を騙す可能性が十分にある。

日本でもよく知られている食品安全問題もそうだが、「誰が作っているか」「何を使って作っているか」「運送中すり替えられているか」はまったく知らない状況であり、「いつ騙されてもおかしくない」という「被害者意識」は非常に強い。特に身体に入る食品と化粧品、または何よりいちばんの宝である子どもが接する用品には、おそらく過度と言ってもよいほど敏感で、中国メーカーへの不信感が強い。

その結果、特に所得が高く、海外のこともわかる都市部の中流以上の人は、自然に消費の目線を海外に向けるようになる。日本のメーカーに対する好印象は、1980年代から始まり、品質が良い、使い勝手がよいという認識が強い。

何より日本は先進国であり、細かいところにこだわる国であり、消費者を騙すことはまずなく、特に安心・安全を何より重視しているというイメージが浸透している。つまり、日本人も使っているアイテムであれば、まず「信頼」できると思うようになるのだ。

中国国内では商品の品質は中国人に「外」の感覚で取られてあまり信用されないが、本当の「外」である日本や他の先進国のものを信頼するという皮肉な状況になる。自国の不安だらけの環境より、消費者からみると、おそらく消費市場がすでに成熟しており商品が一定水準以上、かつ日本や他の先進国の人も使っているという状況のほうが、わかりやすく、信頼しやすいのだろう。

したがって、日本は安いから買っているだけではない。2015年初より約15%も円高になっている現在、訪日中国人の消費額は依然として訪日外国人の中でも高水準を維持している理由は、日本で買ったものは、「本物」なので、「安心」でき、「日本人も使っているので効果がありそう」といった深層心理である。

中国人の爆買いは終わらない

ビジネスでもプライベートでも、一定の共通認識、または基本信頼関係を持つ日本人は、中国人の他人への強い不信感を理解することが難しいだろう。基本的に身内しか信頼しない、市場で流通するものにつねに疑いを抱く。「タオバオ」などC2C電子商取引プラットフォームでものを売るとき、買い手の最初の質問のほとんどが「これは本物なの?」という社会環境は、日本とまったく違うだろう。その結果、インバウンド戦略も中国国内消費市場での開拓も、日本人の感覚を「捨てる」必要が出てくる。

ベビー用品や化粧品の売れ行きの好調は、上述の中国国内の事情と深く関係があるのである。「今売れているが、もうそろそろ終わるのか」、「ブームだったら投資しなくてもいいのでは」というふうに考える日本企業も少なくない。

確かに、中国国内における商品の品質が日々高くなっているのは事実であるし、競争力が非常に高まっている。しかし、日本に比べ、中国のものづくりの歴史はまだまだ浅い。結果、経済的余裕がある人が増え、国際視野を持つならば、やはり今すぐにでも購入できる海外製品を好むようになる。現在、日本より、中国人の消費能力と消費規模を見込んだ欧米・オーストラリアなどの企業の「攻め方」はもっとアグレッシブである。

訪日外国人も日本人と同じ「顧客」になる

長期の不景気を経験したため慎重派になっていたかもしれないが、慎重すぎてはビジネスチャンスを失ってしまう。ベビー用品、食品、日用品、化粧品といった消費財は日本の得意分野ともいえるし、消耗品であるため短期間でリピートをしてくれる。

もちろん、商品への嗜好は変化していくが、向き合う前に「どうせブームが過ぎてしまうから」と諦めるより、綿密なマーケティング調査をまず実施し、インバウンド→越境EC→中国国内市場での可能性を判断すべきなのではないだろうか。

そして、日本の消費情報にシンクロしている訪日中国人は今、「日本製」だけでは満足できなくなっており、「日本人も使っている」+「自分に合う」というように成熟してきた。したがって、目が肥えてきた彼らのニーズに満たせるかどうかも企業の実力である。「日本人顧客」だけではなく、訪日外国人も「顧客」として位置づけ、積極的に向き合うべきだと思う。

そして、何より、中国でも欧米でも、インバウンド事業を検討する際、まずその国の現状、社会環境を知ることが重要である。トイレ革命も訪日消費も、その事情が理解できれば、必ず今後の事業検討に役立つといえよう。