バスの自動運転実用化に向けた実証実験の開始に当たり、握手するSBドライブの佐治友基社長(左)と宇野自動車の宇野泰正社長(中)と赤磐市の友実武則市長(筆者撮影)

実用的な自動運転の開発を本格化させている

ソフトバンクグループが子会社のSBドライブ(本社・東京都港区)を通じて、実用的な自動運転の開発を本格化させている。


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すでに全日本空輸と連携して羽田空港新整備場地区で自動運転バスの実証実験を開始し、法的かつ技術的な課題を洗い出し、2020年までに羽田空港内で運転手がいない「レベル4」の自動運転バスを導入する計画。全日空は安全性と利便性を確保したうえで、乗客輸送など決められたルートを走る定型業務に導入して省人化を進めたい考えだ。

自動運転における自動運転レベルは「レベル1」から「レベル5」の5段階で示される。これは2016年9月、米運輸省道路交通安全局(NHTSA)が米自動車技術会(SAE)の示す自動運転レベルに準拠すると発表したことで、日本を含めて事実上の世界標準として採用されている考え方だ。

レベル0:運転者がすべての運転タスクを実施
レベル1:システムが前後・左右いずれかの車両制御に係る運転タスクのサブタスクを実施
レベル2:システムが前後・左右の両方の制御に係る運転タスクのサブタスクを実施
レベル3:システムがすべての運転タスクを実施(※限界領域内)、作動継続が困難な場合の運転者は、システムの介入要求等に対して、適切に応答することが期待される
レベル4:システムがすべての運転タスクを実施(※限界領域内)、作動継続が困難な場合、利用者が応答することは期待されない
レベル5:システムがすべての運転タスクを実施(※限界領域内ではない)、作動継続が困難な場合、利用者が応答することは期待されない
※ここでの「領域」は必ずしも地理的な領域に限らず、環境、交通状況、速度、時間的な条件なども含む
(出所)官民ITS構想・ロードマップ2017

羽田での「レベル4」相当の実証実験では、無人バスを遠隔操作によって動かした。現在は、1台のバスに1人の遠隔操作担当者が付く形を取っているが、SBドライブは、規制が緩和されれば、いずれ1人が複数のバスを遠隔で監視できる「1:n」のシステムの開発、導入を見据えている。

同社の最大のターゲットは路線バスなどの公共交通に置かれている。地方のバス会社は7割程度が赤字と言われ、不採算路線での運行を廃止したり、便数を減らしたりする動きが加速している。この結果、自身で運転できない高齢者が「移動難民化」して、買い物や病院に行けなくなる事態が起こっている。

旅客運送するバスやタクシーの運転手には「第2種免許」が必要。人の命を預かるため、一般的な運転免許証である「第1種免許」よりも取得は難しいと考えられるが、SBドライブは、この「第2種免許」の技術やノウハウをソフトウエアに落とし込もうとしている。先駆けてSBドライブの技術者2人が自ら「大型第2種免許」を取得したという。羽田での実証実験も「第2種免許」を保有する技術者が遠隔運転操作を行った。

キモは「見守ることができる技術」の開発

キモになるのは、運転手がいなくても乗客を「見守ることができる技術」の開発とも言えるだろう。高齢者や身障者らが乗るバスでは、車内の安全確保が大きな課題となる。


SBドライブがメディア向けに行ったバスでの自動運転の実験 (筆者撮影)

SBドライブは、岡山県赤磐市などで路線バスを運営する宇野自動車(本社・岡山市)と提携、バスの自動運転サービスの実用化に向けた実証実験を行うことで合意している。この4月14、15の両日、地域住民に自動運転への理解を深めてもらう狙いもあって一般向けに試乗会を開催した。2018年度中に住宅地などの公道で実証実験を始める予定だ。

宇野自動車は、国や自治体から補助金を受けない経営を続けながらも、業界最低水準の運賃を維持しているとされる優良企業。運転手教育に力を入れ、バスもピカピカに清掃し、車内にWi-Fiを装備するなど顧客サービスに熱心と言われている。

たとえばロボットは優れた熟練工がティーチングすると、そのロボット自体の技能が向上すると言われているように、優れた自動運転のソフトウエアを完成させていくためにも、優れたノウハウを有するバス会社と組むことにメリットがあると見られる。

一般向けの試乗会に先立ち、4月13日、SBドライブと宇野自動車が記者説明会を開催した。そこで宇野自動車の宇野泰正社長はこう語った。「現在は運転手不足。いずれ不採算路線は運賃を上げる可能性もある。自動運転のバスが運行できるようになれば、運転手不足の解消にも役立ち、赤字路線を抱える力を持つことができる。この結果、便数も増やすことが可能になる。一日も早く自動運転バスの営業運転を目指したい」。

ただ、現在の法規制では、無人による自動運転での営業は認められていない。乗客だけに限らず通行者などの安全性の確保が重要とはいえ、今後、移動難民問題が深刻化することを考え、国は対応を迫られるだろう。

SBドライブはハードの自動車本体や、自動運転に必要なAI(人工知能)などの技術は外部調達しており、遠隔運行管理システムの開発が差別化のポイントだ。実際、羽田での実証実験も日野自動車製バスを改造して使った。外部調達した自動運転の技術を組み合わせながら、運転手がいないバス車内で乗客の安全を確認・確保できるソフトウエアの開発を進めている。そのシステムの名称は「ディスパッチャー(英語で発車係)」と名付けられている。

この「ディスパッチャー」をバス会社やタクシー会社向けに販売していくのがSBドライブのビジネスモデルである。その際には、クルマ自体(ハード)は何でもよく、バスが安全に走行するノウハウを持つ「心臓部」がキモになる。

なぜこのビジネスに取り組んでいるのか

そもそも、なぜ通信会社のソフトバンクグループがこのようなビジネスに取り組んでいるのか。拙著『自動車会社が消える日』でも説明したが、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長には、「交通産業」を再定義していく野望がある。

社会システムの中の「インフラとして自動運転」の実用化を目指し、IoTの時代にクルマを「動くデバイス化」していくことを狙っている。そこからビッグデータが収集されるようになれば自動車産業は大きく変化するだろう。移動のコストや時間の最適化も可能になる。その役割の一部を担っているのが「SBドライブ」というわけだ。

SBドライブは宇野自動車以外にも、北九州市や浜松市などの地方自治体とも協力して自動運転サービスの実証実験に取り組んでいる。北九州市ではいずれ自動運転の小型EVバスを、地域密着型のコミュニティ・モビリティ(移動体)と位置付けて導入したい考えだ。

北九州市は政令指定都市の中で高齢化率が高い。そのうえ公共交通網がない高台に住宅が多いため、買い物に外出できない高齢者の「買い物難民」問題が浮上している。高齢者が買い物に行くために人手がいることから、そのために「介護認定」を受けてヘルパーに助けてもらう動きも出ている。しかし、それが財政圧迫の要因にもなっているという。地域密着型の移動手段はこうした課題に対応する乗り物だ。

多くの自動車メーカーやAI関連企業は自動運転の技術的優位を狙って開発競争にしのぎを削っているが、そこには企業イメージ向上や株価対策などの側面も見受けられ、残念ながら、「誰が使うのか」というユーザー側の視点が欠けているきらいがある。

SBドライブの開発人員や予算は、大手自動車メーカーに比べれば足元にも及ばないだろうが、自動運転の開発は「ニーズありき」で進めている。この発想が、前例やしがらみにとらわれない製品を生み出し、「破壊的イノベーション」を誘発する可能性もあるだろう。