あの逆境を乗り越えたから、ここまで来られた。緒方恵美が蔵馬と戦い抜いた新人時代

もう10年以上も前に、アニメ番組から聞こえてくる男性キャラクターの素敵な声に強く心を惹かれた。瞬く間に夢中になったけれど、その声を担当しているのが女性だと知って、とても驚いたことが忘れられない。そこから、「可憐な女の子」のものとは一味違う女性声優の声を、自然と追いかけてしまうようになった。それは、凛とした女性らしさがありつつも、決して男性にも引けをとらない力強さをもつ声だったり、心の奥がざわざわするような不思議な色気を秘めた声だったり、少年よりも少年らしい純粋さとまっすぐさを備えた声だったり…。あのとき、私が恋に落ちた声色たちは、今でも変わらずアニメの世界を彩っている。

ライブドアニュースでは、カッコよく魅力的な声でアラサー女性をトリコにし、今なお第一線で活躍し続ける女性声優を特集。全3回にわたって、そのインタビューをお届けする。第2弾では、中性的な容姿で冷静沈着な一面をもつ『幽☆遊☆白書』の蔵馬を演じた、緒方恵美に話を聞いた。

撮影/アライテツヤ 取材・文/青山香織 ヘアメイク/杉浦なおこ

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先輩を押しのけてマイクに入るところから、収録は始まった

1992年、冨樫義博氏による人気少年コミック『幽☆遊☆白書』(集英社)がテレビアニメ化された。交通事故死してしまった不良少年・浦飯幽助がさまざまな出来事を経て生き返り、霊界探偵として活躍する物語だ。緒方が演じた蔵馬は、元盗賊の妖怪。初めは敵として登場するも、後に幽助たちと行動をともにして、人間界を守る立場となる。
2017年12月、『幽☆遊☆白書』の完全新作アニメ―ションが、テレビアニメ放送25周年を記念したBlu-ray BOXに収録されることが発表されました。そのニュースを聞いたときのお気持ちから教えてください。
まず、「キャストは同じなのか?」ということを気にしていました。もしキャストが変わったらぬか喜びになってしまうので、同じだとわかるまでは、静観する(笑)。
続投を知ったときには、どんな気持ちでしたか?
嬉しかったです。「また、演じられるんだな」と。今、スタッフのみなさんが鋭意制作してくださってると思うので、そのときが来るのを楽しみに待っています。
ファンもとても心待ちにしていると思います! それではアニメ放送当時のお話も聞かせてください。『幽☆遊☆白書』は緒方さんのデビュー作品でもありましたね。
初めての作品だったので、いっぱいいっぱいでしたね。台本に書かれている用語も、「OL(※1)」とか「PUN UP(※2)」とか、わかんない言葉がたくさんあったり……。
そういった用語って、新人さんは事前に教わってから現場へ入るものではないんですね。
そうですね。わからないことは多いし、大きな役だったので、各方面からいろいろなプレッシャーをかけられていましたし(笑)。同時期に、『ツヨシしっかりしなさい』という作品への出演も決まっていたので(山口静雄役)、どちらも全力投球で頑張らなければ、と必死でした。
現場の先輩から、アドバイスをいただくこともありましたか?
はい。たとえば最初はうまくマイクに入れなかったので、「ムリにでも入るのよ!」ってお教えいただいたり(笑)。場所によってもさまざまなんですが、『幽☆遊☆白書』のスタジオにはマイクが3本あって、だいたい主役がいっぱいしゃべるから、「主役マイク」が何となく決まってる。それで、他の人たちで残りの2本を使う感じだったんです。
初めて蔵馬が登場したのが「三盗賊」のシーンで、私の他にもふたりいて。主人公の幽助(声:佐々木 望)の声も録るから、2本のマイクをその3人で使わなきゃいけないんですけれど、新人なので「どっちに入ったら…」と悩んでいるうちに、出番が終わってしまって。
たしかに、先輩の横からタイミングを見計らって入っていくのは、とても緊張しそうです…!
(剛鬼役の)若本規夫さんは元機動隊出身の役者さんなんです。しゃべるときのアクションも大きいので、機動隊で鍛えられた肉体でマイクに向かって「ウオオオオ!! ハアアーーッ!!!」と、腕を振り上げながらお芝居される。その脇には飛影役の檜山(修之)くん。最初の頃は飛影もテンションが高かったので、やっぱり彼も腕を突き上げながら「ハアーーーッ!!!」って。もう殴られるんじゃないかと(笑)。
それで、「どっちに入れば」と迷っているあいだに、出番が終わってしまったんです。そうしたら蔵馬の母役の滝沢久美子さんに「(ふたりを)押しのけて入るのよ!」と指導されて、若本さんも「来いッ!!」と言ってくださって、「で、では…」みたいに、恐る恐る(笑)。それが初登場回の、初アフレコでした。
【編集部注】
※1 OL…オーバーラップ。先の映像に重なりながら、次の映像が徐々に現れてくる場面転換方法のひとつ。
※2 PUN UP…下から上へ、カメラのアングルを変えること。

「心に嘘をつくな」音響監督の教えが、今も生きている

現場はどういった雰囲気だったのでしょうか?
今のアニメーションは同じ世代の子が集まりがちなんですが、昔はバラバラでした。(『幽白』の現場は)私だけが超新人で、新人だけど私よりも先に活動を始めていた檜山くん、その上に若手ですでに売れている望さんや林原めぐみさん(幻海の若い頃の声を担当)。
その上には、中堅でたくさん活躍されている田中真弓さん(コエンマ役)とか千葉 繁さん(桑原和真役)がいらして、さらにその上に玄田哲章さん(戸愚呂弟役)や京田尚子さん(幻海役)。本当にいろんな世代の方がいらっしゃったので、刺激的で、勉強になりました。
錚々たる面々です…!
先輩方もですが、音響監督の水本 完さんの存在が大きかったです。アフレコでは、「尺なんか合わなくていい。(胸を指しながら)ここに嘘をつくな」と。カワイイっぽいとかカッコよさそうな声とか、そういう「ガワ」ではなく、嘘のない、ハートから生まれる本物の芝居をという方だったので、そういう意味では、芝居そのものに集中でき、のびのびと演じることができました。
その教え、とっても素敵だと思います!
そうですね。でも、先輩方に対しても「今、二枚目っぽい感じで芝居して気持ちよくなっちゃったでしょう。それやめてくれる?」というようなことを、ガンガンおっしゃる方なので…先輩たちが言われているのを聞いて震えながらも、「とにかく嘘をつかない」「役の心のままで」と、それだけを思って。
そこで言われたことが、今も緒方さんの中に生きているんですね。
はい。そのうえで、出てきた芝居が本当にいいと思ったら、多少絵とずれても、尺を調整してくれるよう監督と交渉してくださった。今みたいにデジタルじゃない、フィルムの時代に、それはとても大変なことだったでしょうに、監督の阿部(紀之)さんも頑張ってくださって…ただただ感謝でした。
それはもうひとつのデビュー作『ツヨシしっかりしなさい」の音響監督・三間(雅文)さんも同じで、「生まれる芝居」の大事さを、最初の2年間でみっちり教えてくださった。そのおふたりの影響が本当に大きいです。ただ、おかげでどちらかというと、つい、心に集中するクセがついてしまって。以前、『ハーメルンのバイオリン弾き』などでご一緒した西村純二監督から、「本当に、日本一口パクの合わない声優だよね」と言われたり。
えーっ!
監督は笑いながら、「だけど、(緒方さんが)演じているのを聞いてると、それに合わせたくなるからいいんだ」と。そういう監督や音響監督が何人もいらしてくださったおかげで、私のような器用ではない役者が、何とかやってこれたのだと思います。もちろん、自分の芝居に合わせて絵を変えてくれなんて不遜なことは考えてはいませんが、それでもその芝居が欲しい、残したいと思っていただけるような芝居をしたいと、それからずっと心がけています。もちろん合わせる努力は大前提!ですよ!?(笑)

各方面からのプレッシャー…誰にも相談できず悩んでいた

TVアニメ『ダンガンロンパ3 The End of 希望ヶ峰学園』で緒方さんと共演した本郷奏多さんにインタビューした際に、「初めてアフレコ現場に入って緊張しているとき、緒方さんが他のキャストの方々に自分のことを紹介してくれて、とても嬉しかった」とお話されていました。緒方さんのその気遣いは、昔から心がけていらっしゃることなのでしょうか?
新人の頃は、そんな余裕は全然! この業界のことを何も知らない状態で、いきなり大きな作品のレギュラーをいただいてしまい、本当にいっぱいいっぱいだったので…。
先ほど、「各方面からのプレッシャー」ということをお話しましたが、当時の事務所の社長から、とある事情があり、「お前が頑張れば、会社間の関係も改善するかもしれない」ということを言われて、「1本目なんですけど…!」とおののいたり(笑)。それ以外にもいろいろあり、「この役で失敗したら、後がないんだ」と思って、毎日必死でした。
「各方面」ということは、事務所以外の場所でも、プレッシャーを感じることがあったのでしょうか?
はい。ひとつには当時、子ども時代からの延長ではなく、最初から高校生以上の青年の声を女性声優が担当するという試みは、私が初めてだったのもあり…。
オーディションの最初に「緒方恵美です」と名乗った声が、「まさに探していた蔵馬の声だ!」ということで大抜擢されたんですよね。
はい。でも現場に行くと、スタッフのみなさんから「やっぱり並べるとちょっとバランスが…選んだのは僕らだし、君の声は役に合ってる。でももう少し何とかなる?」と言われて。「“何とか”って、どうすればいいんだろう…」と悩みました。
一方で、音響監督の水本さんからは「嘘のない芝居を」という言葉があって…。
「無理やり声を低くするとか、そういうことじゃなくていいんだ」っていうのをおっしゃる人でした。
その悩みと、どのように向き合ったのですか?
たまたま調べていただいたら、私の声帯が女性としては珍しいほど長いということがわかったんです。日本人は短い声帯の人が多いそうなんですが、私は黒人と同じくらいで…つまり声域を広くできる可能性のある声帯だと。声帯の長さがどう声に影響するかというと、バイオリンやコントラバスと同じです。バイオリンは弦が短いから高い音、コントラバスは弦が長くて太いから低い音が出る。
高音は鍛えれば(音域が)伸びるけど、声帯の長さは持って生まれたものだから、もともと短い人は低い声が出せない。でも私は、声を出すのに必要な身体中の筋肉を男性並みに鍛えれば、自然に広い音域を使いこなせるようになる可能性がある、と専門家の先生たちに言っていただいて。その言葉を信じて、必死にジムへ通いました。
会社間の関係を左右するかもしれない、という事務所からのプレッシャーと、声を作らずに青年役を演じなければ、という現場からのプレッシャーがあったんですね。デビュー作品にもかかわらず、とてもつらい状況だと思いますが、誰かに相談することはあったのでしょうか?
いえ、その他にも公にはいろいろ、私ごとでも少しだけ、仕事を得たことにより一度にたくさんの問題が降りかかってきた時期でもあったので…家族や友人には心配かけてしまうし、それまで一緒にいた同期にも、さすがにそんな相談は。
実績のないラッキーな新人に対する品定め期間だったわけですから、担当以外のスタッフや先輩にも…中には、「あなたの役は私がやるべき役だったのに」的なことを、直接言われる先輩もいらっしゃったので。もちろん、そんな先輩ばっかりじゃないですよ! とにかく誰にも相談できない。自分で解決して、自分で乗り越えるしかなかったです。
ファンの反応も、「女性が男性キャラクターの声を演じる」というケースが初めてだったこともあり、温かい声ばかりではなかったと思いますが。
実際、みなさんがおっしゃるほど、私のところに(蔵馬を演じたことへの)苦情の手紙が来たわけではないんです。ただ、人気のあるキャラクターだから普通の男性声優がやるだろうと考えるところを、どこの馬の骨だかわかんないような新人の女がやるなんて、って思われた方も最初は多かったでしょうし…。でも、やるからには納得していただかないといけないので、当たり前ですが、そういう意見を払拭するのも自分の努力だけですから。
自分自身と戦いながら、そんな険しい壁をいくつも乗り越えていくのは、本当にスゴいことだと思います。
それはやんなきゃですから!(笑) 逆に言えば、そんな1年を最初に過ごしたからこそ、蔵馬という役も何とかやり通せたし、その後もここまでやってこられたのかもしれません。
「もう仕事に行きたくない!」というふうに思ったことはなかったのですか?
「行きたくない」と思ったことは当時はないです。ただ、オンエアが始まって半年ぐらいの頃に突然、声が出なくなっちゃったことはあります。お医者さんには「ストレスによる一過性のものだから、2週間くらい休めば大丈夫」と言われて。当時、インタビューではとても言えないような、いろいろなことが重なっていたので…。
そうだったんですね…。では、「蔵馬の声が本当に素敵!」という反響を耳にしたときは、安心したような気持ちだったのでしょうか?
最初のイベントの前は、人気アニメの主役をやっていた先輩に「俺なんか卵をぶつけられたんだよ」って脅されて(笑)。後はベタですけど、ファンレターの中にカミソリが入っているかもしれないから気をつけろ、とか。だから、「何か投げられたらどうしよう」って、ものすごくビビってたんです。
イベントでは最初にオープニングが流れるんですが、私は舞台袖にいるから(客席の様子は)見えない。けれど、蔵馬がアップで映る歌詞のところで、ものすごい歓声が聞こえて。「あれ、大丈夫かな…?」と驚きながら(ステージに)出たら、お客さんが大歓声で迎えてくださって! ホッとしました。結果的に、カミソリが入った手紙は一度も受け取ったことがなかったと思います。
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