恥ずかしがり屋で打たれ弱い…。田中敦子が「自分と真逆」な草薙素子に抱いた憧れ

もう10年以上も前に、アニメ番組から聞こえてくる男性キャラクターの素敵な声に強く心を惹かれた。瞬く間に夢中になったけれど、その声を担当しているのが女性だと知って、とても驚いたことが忘れられない。そこから、「可憐な女の子」のものとは一味違う女性声優の声を、自然と追いかけてしまうようになった。それは、凛とした女性らしさがありつつも、決して男性にも引けをとらない力強さをもつ声だったり、心の奥がざわざわするような不思議な色気を秘めた声だったり、少年よりも少年らしい純粋さとまっすぐさを備えた声だったり…。あのとき、私が恋に落ちた声色たちは、今でも変わらずアニメの世界を彩っている。

ライブドアニュースでは、カッコよく魅力的な声でアラサー女性をトリコにし、今なお第一線で活躍し続ける女性声優を特集。全3回にわたって、そのインタビューをお届けする。第1弾では、男性顔負けの勇ましさを放つ『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の草薙素子を演じた、田中敦子に話を聞いた。

撮影/すずき大すけ 取材・文/青山香織
ヘアメイク/山崎照代(viviana)
デザイン/犬飼尋士(DESIGN for, inc.​)

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「ネットは広大だわ」の意味を理解するのは大変だった

1995年、士郎正宗氏の漫画『攻殻機動隊』(講談社)を、押井 守監督が『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』として映画化した。舞台は、多くの人間が電脳によって、インターネットに直接アクセスできるようになった近未来。より凶悪化していく犯罪に対抗するために政府が設立した、非公認の超法規特殊部隊「公安9課」(通称「攻殻機動隊」)の活動を描いた物語だ。本作で田中が演じる主人公・草薙素子は、その公安9課の実質的なリーダーである。
まず、田中さんが草薙素子役に抜擢された経緯から、教えていただけますか?
最初はオーディションでした。セリフやキャラクター表などの資料をもらいましたが、「士郎正宗さんの漫画のアニメ化ではあるけど、原作は読まなくていいからね。自分なりの解釈でアプローチをするから、原作とは違ったものになると思うから」と言われたんです。なので原作を読まず、台本だけで演じてきました。
そうだったんですね。素子というキャラクターについてはどのような説明を受けましたか?
全身が“義体”…サイボーグで、脳みそだけは人間。脳年齢は40代くらいだけど定かじゃなくて、明確な年齢はわからない。世の中とか物事をすべて達観した目線で見ていて、ちょっと「枯れている」ような女性…そういうイメージで演じて、と言われました。
達観した女性の役、というのはとても難しそうですね。
私は30代前半くらいだったのかな。10歳以上も年齢が離れた役だけど、素子って見た目はそれなりに若いじゃないですか。だから、どんな感じなんだろう?って試行錯誤していましたね。
サイバー犯罪やテロリストに立ち向かう公安9課を描いた物語ということもあり、「義体」「電脳化」「光学迷彩」など、セリフに耳慣れない言葉が多いですよね。台本を読んだときには、どう思いましたか?
もう理解するのが大変で。時代的にもまだネット社会ではなかったし、携帯電話も会社で使われる程度で、個人で持っている人はまれ。(作中の)「ネットは広大だわ」っていうセリフも、それがどういう意味なのか私もよくわからなくて。
そうだったんですね…!
公開当時は、「ネットは広大だわ」というセリフで(映画が)終わっても、自分もよくわからず、見ている人も「ぽかーん…」という感じで。それすらも伝わらない時代だったんです。
たしかに、当時に「ネットは広大」ということをイメージするのは難しそうですね。
あとは、銃器関係の言葉もなじみがないので大変でした。「マテバ(※1)って何だろう?」、「ジャム(※2)って何?」って(笑)。そういう用語も、自分が理解できる範囲で咀嚼してしゃべりたかったので、「うるさいなあ」って思われるくらい、押井(守)監督や若林(和弘)音響監督に聞いていましたね。
【編集部注】
※1 マテバ…イタリアの銃器メーカー。トグサ(声:山寺宏一)はこのメーカーの銃を愛用している。
※2 ジャム…銃の薬莢が詰まること。

「大塚さんと山寺さんは、私にとって騎士のような存在」

『攻殻機動隊』を語るうえで、公安9課に所属する男性たちの存在は欠かせない。なかでも、ゴツい外見とはうらはらに人情家な一面を持ち、素子に特別な感情を抱くバトーと、9課のなかで唯一の妻帯者であり、ほとんど義体化をしていないトグサ。このふたりと素子の、まるで洋画のようなやりとりが、物語をより奥深いものにしている。
バトー役の大塚明夫さん、トグサ役の山寺宏一さんとのお話も聞かせてください。
私がオーディションを受けたとき、あのふたりはもう決まっていたのかな。素子役がふたりくらいに絞られて、(バトー、トグサとの)バランスを見るオーディションというのもあったんです。なので3人で、お芝居について考える機会がありました。
アフレコが始まってから、おふたりとはどんなお話をしていましたか?
私にとって、大塚さんと山寺さんは騎士(ナイト)のような存在なんです。当時から、実力も知名度もトップクラスでいらっしゃったんですが、本当に私を優しく守ってくださいました。よく草薙素子は「いかついお姫様」と言われますが、初ヒロインで不安だった私のことも守ってくださったんです。現場の雰囲気を柔らかくしてくれたり、盛り上げてくれたり…。
では作品のイメージとは違って、現場は和やかな雰囲気だったんですね。
そうですね。『攻殻機動隊/GHOST IN THE SHELL(以下 『GHOST IN THE SHELL』)』は2日かかって収録したので、お弁当タイムや自分のアフレコの順番を待っている時間もあったんです。でも、大塚さんも山寺さんも雲の上の人たちすぎて…。一生懸命、世間話のような段階からコミュニケーションをとるっていう状態でしたね。あとは人形使い役の家弓(家正)さんが本当にベテランの方だったので、事務所の先輩だった大塚さんが、「うちの新人です」って紹介してくださったこともありました。
シリーズを経ることに、少しずつ距離が縮まっていったんですね。
はい。『GHOST IN THE SHELL』から『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(以下 『S.A.C.』)』まで何年かあったので、そのあいだに大塚さんや山寺さんとも他のお仕事をするなかで距離が縮まって。そういう関係で『S.A.C.』の収録に入れたのはとても良かったです。毎週会っているとさらに距離が縮まるし、楽しかったですね。
3人で飲みに行くこともありましたか?
ありましたね。でも、話すのはプライベートのことばかり。こういう役をやったよ、みたいに話すくらいで、仕事の話はほぼしないです。

今となっては、すべてのシーンが愛おしく思える

『攻殻機動隊』シリーズのなかで、強く思い出に残っているシーンはどこでしょうか?
うーん。いろいろ考えるんですけど……やっぱりね、全部! 今だから、逆に全部って思うんです。ちょっと前までは、この話のこのシーンって言っていたと思うんですが、去年は実写版(『ゴースト・イン・ザ・シェル』)が公開されたから、過去の作品をもう1回見返す機会が何回かあって。そういうなかで、やっぱり全部が大切だなって。
たわいもないシーンやセリフも、今となってはすごく愛おしい。一生懸命だった当時の自分を思い出したり、このセリフを言ったときはこんな気持ちだったなあって振り返ったり。時間も経って古い作品にはなってきているんだけれど、愛おしく感じます。
自分の作品を見返すことは多いですか?
あんまり…、恥ずかしがり屋だから(笑)。役者ってどうしても、出演した作品を見ると反省しちゃうんですよね。ありがたいことに『攻殻機動隊』はとても評価していただいてますが、それでもやっぱり、こう演じたほうが良かったんじゃないか、って思ってしまうんです。長いセリフだと最後は息が足りなくなってるな、とか、ちょっと滑舌が甘いんじゃない?とか。
でも、こうやって見返すとやっぱり愛おしさもあるんですね。
そうですね。やっぱり大変な作品だっただけに、本当に夢中で取り組んでいた頃の自分が思い起こされるので、そういう意味で愛おしいな、と。
田中さんが、素子と自分が似ていると感じるのはどんなところですか?
私と素子って真逆なんですよね。私にないものが多すぎて、こういうふうになれたらいいな、と思うこともあります。でも、演じているのは私だけど、彼女の孤独や孤高さ、男性ばかりの「公安9課」のなかでただひとりの女性だという心境は計り知れない。素子は一番近くて遠い存在なんです。
最初にアニメを見たときは、「こんなにカッコいい女性がいるんだ」と衝撃を受けました。田中さんは素子を演じるとき、「こうしたらカッコよさが伝わるだろうか?」など、意識して演じていたのでしょうか?
そういう意識は全然なかったです。カッコよさって他人の視点じゃないですか。ある人はここをカッコいいと思うかもしれないけど、別の人は思わないかもしれない。だから、私が思うカッコよさを出してしまったら、逆にカッコ悪くなっちゃうような気がして。ちなみに、素子のどういうところをカッコいいと思ってくださったんですか?
公安9課を率いる素子にはストイックなイメージがありますが、時に優しさが垣間見える言動もあって、そういうところがカッコいいと思いました。
なるほど…、そうですね。そういうところも素子のカッコよさのひとつかもしれないし、見る人によっては、バトーにいくら言い寄られても絶対に寄せつけないところ、男たちを率いてガーッと戦ったりする姿そのものがカッコいいと思うかもしれない。いろんなところをカッコいいと言っていただきますが、私は台本に書かれていることを、自分の感じたまま一生懸命演じただけなんですよね。

先輩ばかりの現場で、たくさんの指摘に落ち込んだことも

苦戦したシーンはありますか?
それもやっぱり全部。どれをとっても大変だったし、主役ってその作品の要じゃないですか。私、作品作りはスタジオの雰囲気とか、そういうところから始まっていると考えていて。とくにああいう難しい作品って、自分がキッチリ周りの人を引っぱっていかないと、ガタガタって崩れちゃうんじゃないかなって気持ちが強かったんです。
大塚さんや山寺さん、仲野さん(仲野 裕/イシカワ役)や阪さん(阪 脩/荒巻大輔役)という素晴らしい方々が周りを固めてくださっているから、私は私でやれば大丈夫なのかもしれなかったけど、でもやっぱり私が頑張らなきゃっていう思いが強かったんですよね。だから、一瞬でも気をゆるめたらすべてが崩れてしまうような気持ちがして、そういう意味では苦しかったと思います。
そうだったんですね。
やっぱり役者は、どこまでいっても自分との戦いだから。セリフの解釈が合っているかという最終的なジャッジを監督たちに委ねることはできるけど、でも『攻殻』って難しいセリフが多いですからね。結局何が言いたいのって思うような長いセリフ(笑)。それを自分なりに解釈する苦しさもありました。
そういう難しい部分について、どのように取り組んでいましたか?
不安なときは「こういう解釈で合っていますか?」と、監督に聞いたりしていましたね。でも、結局は視聴者が感じとるものだし、神山さん(神山健治/『S.A.C.』監督)も詳しくは教えてくださらない感じかな。
「好き、愛してる」みたいな言葉や日常会話なら、自分の感情にまかせてセリフを乗せていけばいいんですが、そういうシンプルな作品ではなかったので。だから、私たちはセリフを伝える「解説者」でもあるし、同時に、その言葉から何かを受け取る「視聴者」でもあったんだな、と感じるところがあります。
田中さんは、お仕事で上の人から厳しいことを言われたとき、気にしてしまうタイプですか?
とても打たれ弱い人間だと思います。仕事をし始めた頃は、先輩方にいろいろ指示していただいたり、こういうところはダメって言われたりしすぎて、誰の言うことを聞けばいいのかわからなくなってしまって。役者を目指したのが年齢的に遅かったから、もの珍しさというか、目立つ部分もあったのかな。
あと、新人声優が少ない時代にデビューしたので、先輩たちが大半で、新人はひとりふたりしかいないような作品でセリフの多い役をいただく機会も多かったんです。先輩たちから見たら歯がゆいというか…、それでいろんなことを指摘していただいて、落ち込むこともありました。今思えば、とても恵まれた環境なんですけどね。
そこから、どのように気持ちを切り替えたのでしょうか?
あるとき、「私はもうこの役を与えられたんだから、それをグチグチ悩んでる暇はない」っていうことに気づいたんです。2時間の映画を1日で録らなきゃいけなくて、収録が終わってもその日のうちにすぐ次の仕事が待っているような、切り替えざるを得ない日常。そのなかで、いちいち思いつめている時間があったら努力すればいいってことに、何年か経って気がついて。そこからですね、気持ちを切り替えられるようになったのは。
それでは、当時悩んでいた自分に声をかけるとしたら?
若い頃は日々を突っ走ることでいっぱいいっぱいで、一生懸命に生きていました。そんな自分のこともすごく愛おしいと思うから、「そのままで大丈夫。自分の気持ちに正直に生きていれば、きっと大丈夫」って。不安なことはたくさんあると思うけれど、一瞬一瞬を大切に生きていればきっと大丈夫だよ、っていうことを言ってあげたいですね。
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