池袋で建設中のビルの奧から西武鉄道の黄色い電車が飛び出してきた(記者撮影)

「アメージング!(驚いた)」。建設中のビルの中から飛び出してきた電車を見て、外国人観光客の一行が次々と写真を撮り始めた。間髪を入れず、今度は反対方向からやってきた電車がビルの中に吸い込まれていった。ここは池袋駅東口の南側。西武鉄道旧本社跡地を再開発した20階建て「西武鉄道池袋ビル(仮称)」の建設現場だ。


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2015年7月から始まった建設工事は、鉄骨の組み立てがほぼ終わり、4月9日に上棟式が行われた。西武グループ各社の持ち株会社である西武ホールディングス(HD)の後藤高志社長、建設を請け負う大林組や西武建設の幹部らが見守る中、儀式で用いられた鉄骨がビルの上へと吊り上げられた。

線路の上に人工地盤を建設

このビルの最大の特徴は西武池袋線の線路上をまたぐように建設されていることだ。つまり、ビルの下部がトンネルのようになっている。ビルの中から電車が飛び出すように見えるのはそのためだ。


西武HDが建設中のビル。外観のデザインは鉄道のダイヤをイメージ(記者撮影)

もともと、西武鉄道旧本社ビルは線路脇に建っていた地上8階建てのビルで、敷地面積は3200平方メートルにすぎなかった。しかし、再開発に際しては線路上空も一体的に活用することになり、敷地面積は5530平方メートルへと1.7倍に拡大した。

西武にとっては線路の真上も自社の空間であるから、線路上を有効活用するのは当たり前の戦略といえる。しかし、実際に工事をするとなると簡単にはいかない。なにしろ電車が早朝から深夜までひっきりなしに走っている。電車が走らない深夜に作業するのか、それとも電車が行き交う中で慎重に作業するのか。

正解は両者の組み合わせ。第1段階として線路をまたぐ人工地盤を建設する。この作業は電車が走らない終電後から始発までの時間帯に行われる。工事の準備や撤収にかかわる作業時間帯も必要なので、一晩に作業できるのはわずか3時間半。「人工地盤の完成まで半年かかった」と、西武プロパティーズ開発事業部の朝蔭隆次長が説明する。

人工地盤が完成した後は第2段階。人工地盤の上で作業を行うため、線路上に建材などが落下する危険はない。電車の走行中に作業ができるようになり、建設は急ピッチで進んだ。このビルは1〜3階が商業施設および機械室、4〜20階がオフィススペース。3階と4階の間は中間免震層で遮られる。

「この免震層を設けることによってオフィススペースの免震性が確保される」と、ビルの設計を担当した日建設計の岡田耕治設計部長が説明する。オフィスや商業スペースでは、列車が走行する際の振動や騒音の影響をほとんど受けないという。

低層部分は巨大なV字型の柱が配置されている。また、上層階に斜め格子の「ブレース」と呼ばれる補強部材が配置されている。つまり、ビル全体がオフィスビルにありがちな縦横の線ではなく、斜めに交差したデザインが強調されているのだ。

「ビル全体を大きな樹木に見立てた」と岡田部長は言う。確かに精霊が宿るといわれる南国のガジュマルの木に見えないこともない。しかし、この斜めに交差する線には、もっと象徴的な意味合いがある。

西武百貨店との連携も

「実は、鉄道の運行ダイヤグラムをイメージしたものなのです」と西武HDの担当者は説明する。ダイヤグラムとは、列車の運行スケジュールを視覚化したもの。日建設計の岡田部長が言うように、斜め格子のブレースに建築物の強度を高めるという役割があるのは間違いない。一方で、確かにダイヤグラムに見えないこともない。


鉄道ダイヤグラムの一例(記者が作成したものを撮影)

このビルにはオフィススペース17フロアのうち、5フロアに西武ホールディングス、プリンスホテル、西武プロパティーズといった西武グループ各社が入居することが決まっている。一方で、電車が飛び出すダイヤグラムデザインのビルは、西武グループのフラッグシップビルとしてもぴったりだ。

池袋駅東口には西武百貨店がある。駅ビルの屋上に掲げられた「SEIBU」の巨大看板は東口のシンボルともいえる存在だ。西武という名前を冠しているとおり、かつて西武百貨店は西武グループの一員だった。グループ創業者の死後、西武鉄道グループ、西武流通グループに分裂し、現在の西武百貨店はセブン&アイ・ホールディングスの傘下にある。


池袋駅東口にある西武百貨店には、ブルーの巨大看板が掲げられている(記者撮影)

そうはいっても、西武池袋線の沿線住民にとって西武百貨店は日々買い物する場所として欠かせない存在だ。「もともとは同じグループ。百貨店も含めて池袋を活性化していきたい」と、西武HDの後藤社長は言う。昨年開催された西武HDの株主総会でも株主から「両者は資本提携すべきだ」という発言があり、鉄道と百貨店の連携を期待する声は多い。

西武の動きは池袋駅の再開発と密接にリンクしている。池袋駅を抱える豊島区には長年の悲願がある。池袋駅の東西の地上部に連絡通路を設けて、東西の行き来を容易にすることだ。池袋駅は地下が発達している。西武百貨店、東武百貨店などの商業施設が地下街で結ばれ、東京メトロ(東京地下鉄)、JR、西武、東武などの改札も地下にあるので非常に利用しやすい。一方で、地上では池袋駅北側の「ウィロード」と南側の「びっくりガード」というガードをくぐって東西を移動することもできるが、特にびっくりガードは人通りが少なく雰囲気も決してよくない。

そんな事情から、豊島区には池袋駅の北側と南側の2カ所に地上で東西を結ぶデッキを設ける計画がある。2011年の東日本大震災では、池袋駅周辺で多数の帰宅困難者が発生したことから、地震発生時における駅利用者の一時退避場所という意味合いもある。

折しも、南側では西武のビル建設が計画されていたことから、これと連動する形で南デッキを先行して整備することが決まった。豊島区では2020年度に南デッキ工事着手、2024年度完成を想定している。実現すれば、西武のビルの2階に設置されるデッキが東西デッキと接続することになりそうだ。つまり、西武のビルが池袋の東西の結節点としての役割を果たすことになる。

東武は西口の大型再開発に参画

渋谷は東急電鉄が駅の直上の超高層ビルをはじめ、エリア内に複数のビルを建設中で、渋谷における盟主の座を盤石なものにしようとしている(「東急がグーグル渋谷凱旋を熱烈歓迎する理由」)。新宿は50年越しの複々線化事業を終えた小田急電鉄が、次の大型投資として新宿の再開発に挑む(「小田急、次の野望『新宿駅西口』再開発の行方」)。西武鉄道と西武百貨店が手を組めば、池袋は「西武の街」として再活性化するのだろうか。


池袋西口の東武百貨店。再開発後は超高層ビルに生まれ変わる(記者撮影)

ところが、池袋の再開発を構想する鉄道会社は西武だけではなかった。西武が池袋駅東口の主役だとしたら、池袋駅西口の盟主は東武鉄道だ。そして東武はさらにスケールの大きい事業に挑んでいる。池袋駅西口地区でほかの地権者と共同で大規模な再開発事業を推進中だ。

東武百貨店に加え、駅前の雑居ビル群を解体し、高層ビル3棟やバスターミナルを整備するという大掛かりなものだ。この再開発構想は豊島区が計画する北デッキと接続し、東口とも連絡する。今年度中に都市計画を決定し、2023年度以降の解体・新築工事着手を目指す。完成すれば池袋西口の様相は現在とはまったく違うものになる。

西武と東武が別個に挑む池袋の再開発。完成の暁には家電量販店のCMソングで「東が西武で西、東武」と歌われるようなわかりにくさは解消されるだろうか。