「もう消えたい…」産後うつで精神科に入院したママの、壮絶な3年間

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 現在4歳になる娘さんがいる、イラストレーターの藤田あみいさん(32)。出産直後に深刻なうつと強迫性障害になり、「娘は発達障害ではないか?」という強迫観念に取りつかれてしまったのです。その体験を記した『懺悔日記』(マガジンハウス)を上梓した藤田さんに、当時を振り返って頂きました。

 1歳半検診で「順調」と言われても不安がぬぐえず、心の病が悪化していった藤田さん。母親代わりを、妹さんが務めてくれたといいます。(以下、藤田さんの寄稿)

◆大量に薬を飲み、精神病院に入院

 そのうち私は薬を大量服薬して、病院に担ぎ込まれた。その後、精神病院に入院。

 妹は仕事を辞め、旦那さんに承諾を得て我が家にずっといてくれた。愛しい幼子に母親が寄り添えないでいる我が家はボロボロだった。

「私が引き取る」「なにがあってもこの子は愛おしい」「私が育てる」と妹。

 母親としての心が私ではなく、妹に宿っていた。私は情けなくて情けなくて、どうして立ち上がれないのかわからなくて、何度も泣いた。愛しい、わたしだってこの子が愛おしい、でも心も体もついていかない、どうしたらいいのか、何もわからない。誰か助けて。いつも思っていた。

 妹はわたしをずっと励まし続けた。辛かったと思う。妹だけではなく、夫、両親、妹の夫、すべての人がわたしにも娘にも優しかった。悪い人なんて一人もいなかった。ただ一人、どす黒い心を抱えたままの自分が醜く感じた。消えたいと何度も思った。

 わたしはこつこつと心療内科にて投薬を続けた。妹は以前にも増して、我が家を訪れてくれていた。ある晴れた日に「お姉ちゃん、今年は良い春になるよ」と妹が言った。娘は3歳になっていた。妹が良い春になる、と言ってくれてからほどなくして、心の靄がすーっと消えていった。

 娘は順調に育っていた。何も見えなかった。でも妹がしっかりと見ていてくれた。そしてわたしに教えてくれていた。何度もなんども胸を打つよう、働きかけてくれた。わたしは幸せだった。息をして、となりで眠る娘と夫の顔を見ていられれば幸せだった。良い春になる、本当にそんな気がした。

◆娘が笑ってる、それだけでいいじゃないか

 産後はホルモンのバランスを崩し、自分でも想像できないような考えが頭に浮かんでくることがあるようだ。わたしの状態は「強迫性の不安症」だそうで、別の病院では「強迫性障害」と診断を受けたこともあった。

 書物を読み漁り、なんとか治るようにと努力を続けた。妹の手を借り、夫に励まされ、みんなに頼って、3年ほどかかったが、ようやく持ち直せるようになった。日々の生活もまだ助けがいることもあるが、なんとなくうまく回るようになってきた。

 良い春になる、そばで励まし続けてくれた妹の前向きな展望が、ある日突然、わたしにも見えたような気がした。

 娘がなんであってもいいじゃないか、この子は笑ってる。昨日も今日も笑ってる。わたしは娘の幸せを願い、心配するあまりに、娘を不幸にしていた。本当の幸せとはなんなのだろうか。日々わたしがこの子のそばにいることなのではないだろうか。

 怒ってしまう日もある。悩んで泣いてしまう日もある。一緒に笑う日もある。どれも間違っていない。娘が差し出した手を握り返して、一緒に歩んでいけたら、それで良いのではないだろうか。娘に何も求めなくて良いのではないだろうか。ただあるがままの小さな娘のそばに一緒にいられれば良いのではないだろうか。

 視界にかかっていた靄は日々ゆっくりと、消えていった。きっかけは「良い春になる」。あの一言だったのではないだろうか。

◆妹の子どもが生まれた。ただただ愛おしい