人を説得できる伝える技術はどのように身に付ければいいのでしょうか(写真:naonao / PIXTA)

長い会議を終わらせたい、上司を説得したい、生意気な部下を動かしたい。アリストテレス、リンカーンからオバマまで、2000年以上にわたって使われている技術がある――それが、レトリックである。
日本では、あまりいいイメージがないかもしれないが、欧米では大学でも教えられており、ハーバード大学で必読図書トップ10に選ばれるなど、最近人気が高まっている。ここでは、『THE RHETORIC 人生の武器としての伝える技術』(訳:多賀谷正子)より一部抜粋のうえ、説得力のある話を組み立てる技法を紹介したい。

偉大なレトリシャンの話の組み立て方

歴史上、最も偉大なレトリシャンといわれるキケロは、説得力のある話を組み立てるために、「発想」「配置」「修辞」「記憶」「発表」の5つに分けて考えた。


古代ローマの政治家、哲学者として知られるキケロ(写真:Crisfotolux/iStock)

上司を説得したいときなど、身近な場面でも、これが使える。

話を「発想」するところから見ていきたい。たとえば私が、自分の住む町で騒音禁止条例を可決させたいとする。なにしろ、落ち葉を掃除するためのブロワーの音がうるさくてかなわない。

この件をめぐって、町が特別委員会を開いたとする。委員会のメンバーが、私にこの件を説明する時間を15分くれた。

騒音禁止条例に反対する人も同じ時間を割り当てられることになっている。

ステップ1 どのように「発想」するか

私は自分と、そして町のみんなが望んでいることは何だろう、と考える。これが「発想」の第1段階だ。自分が望んでいることは何だろう? 自分の目的は聴衆の「気分」を変えることなのか、「考え」を変えることなのか、それとも何らかの「行動」を起こさせたいのか?

私のスピーチの狙いは、聴衆の「考え」を変えること――この町には新しい騒音禁止条例が必要だ、と納得させることだ。

キケロによれば、問題を両方の側面から議論できるように準備しておく必要があるという。そこで、反対派がどんなことを主張するのか想像してみる。相手は価値観に重点を置いた主張をしてくるだろう。騒音禁止条例によって踏みにじられる、「権利」や「自由」についての議論を展開してくるはずだ。

こうして考えてみると、議論の重要なポイントを見つけることができる。そもそも私がこの条例を提案したのはなぜだろう? 問題なのは騒音なのか、ブロワーなのか? ──騒音全般が問題なのだと思う。ブロワーは単なるきっかけにすぎない。

目的と論点を決めたら、次は聴衆の価値観を見定めなければならない。私たちの町のミッション・ステートメント(理念)には、「静かな田舎町」という文言が盛り込まれている。「自宅の敷地内でなら、何でも好きなことをする権利がある」ということもよく聞く。

そこで議論の中心になるものを改めて考えた結果「静かな住環境」ではなく「権利」について話すべきだろうという結論に達した。議論の核はこうなる。「騒音は控えよう、なぜなら自宅での静かな生活を楽しむ機会を台なしにしてしまうから」

ステップ2 どのように話を組み立てるか

話の組み立て方の基本は何千年経っても変わらない。まず「エートス(人柄)」、次に「ロゴス(論理)」、最後に「パトス(感情)」である。

まずは、聴衆を引きつけるところから始める。次に、あなたが聴衆と共通の価値観をもっていること、良識をもっていること、聴衆の利益を考えていることをアピールして、聴衆に好意をもってもらえるようにする。さらに、聴衆にあなたとの一体感をもたせる。ここまでが、「エートス(人柄)」である。

そのあと、あなたの主張を持ち出す。事実から話を始め、あなたの立場を主張し、あなたの考えるポイントを論理的に述べる。そして相手の主張を退ける。ここが、「ロゴス(論理)」にあたる。最後に、聴衆の「感情」に訴えかける。

人柄→論理→感情の順で使うとうまくいく

「エートス」「ロゴス」「パトス」の順で使うのが最もうまくいくことを、ぜひ覚えておいてほしい。そして最も説得力のある言葉を、最初と最後に持ってくることが大切だ。

ステップ3 どんな言葉を使って表現するか

次は、どんな言葉を使ってそれを表現したらよいのかを決める。レトリックでは、聴衆になじむために文体を選ぶ。

1つ目は、適切な言葉、つまり、その場とその場にいる聴衆に合った言葉である。

悪い例:
内部で燃焼するエンジンの轟(とどろ)きや、それが周りの丘でこだまするのが好きな人も、なかにはいるでしょう。一方で、オデュッセウスが広く静かな海に漕ぎいでるように、静かな空間で魂を入れ替えたい人もいるでしょう。
良い例:
自分の敷地内でデジタルテレビを見たりスノーモービルを楽しみたい人もいるでしょうし、もっと静かな環境で暮らしたい人もいるでしょう。

2つ目は、上記の適切な文体のようにわかりやすい、ということである。3つ目は鮮烈さだ。聴衆の目の前で"本物らしさ"を出せるかどうか。スピーチのなかでも、ストーリーと事実を述べる部分で最も強い効果を発揮する。

悪い例:
人々はこうした騒音から著しい悪影響を受けています。
良い例:
リード夫人は私にこう話してくれました。彼女の敷地の裏にある小川を下っていったところにビーバーの巣があるのですが、そこへ行っても最近は、ビーバーたちが寄ってきてくれないときがあるそうです。そこで、彼女はりんごを両手に持ち、笛をぶら下げて、自宅から800メートルほども下っていったそうです。周りが静かであれば、ビーバーたちは寄ってきてくれます。

4つ目は最も大切なディコーラム、適応する技術だ。私の場合、同じアクセントを使うのではなく、地元の人が言っていたのと同じことを同じように言ってみようと思う。

悪い例:
やっていいことと、いけないことを、おめえに指図するつもりはねぇ。なんでかっちゅうと、俺だって昔、木を何本か切って、どえらい音を立てたんだ。
良い例:
私も騒音を立てることはあります。秋にはふたつのチェーンソーを使って、3平方メートル分の薪を切りだしました。その音はオレンジ池まで響いていたと思います。

最後の5つ目は、声のリズムや言葉の巧妙さに関するものだ。私の場合なら、簡素なものが最も効果的だが、終わりのほうでこう言ってもいいかもしれない。つまり、こういうことだ。私たちが騒音をコントロールするのか、騒音に私たちが振り回されるのか。

ステップ4 スピーチをどう覚えるか

古代ギリシャ人は、記憶について独特の考え方をしており、レトリシャンたちは生涯を通して、記憶術の練習に励んでいた。現代の私たちは、たとえば、パワーポイントを使うことができる。スライドに載せられたイメージ――写真、図表、グラフ――を聴衆と一緒に見ていくことで、語り手は何を話すべきかを思い出すことができるはずである。

ステップ5 どのように「発表」するか

「発表」では、声、リズム、息継ぎのタイミングとともに、ボディランゲージも重要だ。

声について考えてみよう。理想的な声は、大きくて、安定して、柔軟性がある声だ。声が大きいのは、伝える能力があるということだ。長い演説をするときは、序盤では甲高い声など出さず、静かに話して声を温存することが大切だ。

柔軟性というのは、そのときどきに応じて、声のトーンを変えられるということだ。最初は、柔らかい口調を使うといい。スピーチの終わりに向かって徐々に声を大きくしていく。聴衆の気をそらすようなジェスチャーは控えるべきだとされている。間違った印象を与えるジェスチャーをするくらいなら、何もしないほうがいい。

キケロが起こした事件


だから私は、顔の表情に的を絞ろうと思う。これもまたキケロの教えなのだが、「目は心の窓」である。目の表情が、何よりも雄弁なジェスチャーとなるだろう。

キケロの論理だけではなく、彼のエピソードも私を勇気づけてくれる。かつてフォロ・ロマーノで行われた重要な裁判で、キケロは緊張のあまり話すのを中断し、そのまま逃げ出してしまったという。歴史上、最も偉大なレトリシャンであり、ジュリアス・シーザーから共和国を守った男が、逃げ出したのだ。恥ずべきこととはいえ、この事件はのちのレトリック界に大きく寄与するものとなった。

なぜなら、このことがあって以来、スピーチをする者は、最も雄弁な人でさえ逃げ出すことがあると考えて、不安を落ち着かせることができるようになったからだ。