ジャズは歌詞を知ると100倍楽しくなる(著者のジャズライヴより)


 あったかもしれない人生――。これまで続いてきた人生を見つめ直し、いったんリセットしたくなるときがある。新しい人生を始めるのは勇気がいるし、不安もある。でも、せっかくなら違った人生を経験するのもいいんじゃないか。

 「このまま一本道の人生でいいだろうか」と迷う人、いままさに新しい人生の扉を開こうとしている人。そんなとき、歌詞の意味を味わいながら聴くジャズはあなたの心に染みるはず。前回に続いてジャズボーカルの楽曲を訳詞とともに紹介しよう。

前回の記事はこちら
歌詞を味わうことで、より心に染みるボーカル8選 上
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52725

 本文中で紹介する訳詞は曲の一部にとどまる。曲全体の訳詞をお知りになりたい場合は、東エミのジャズ&洋楽訳詞集「Groovy Groovy 〜and all that jazz〜」を参照してほしい。

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My Favorite Things サラ・ヴォーン

「そうだ京都、行こう。」のキャッチコピーでお馴染みのJR東海のCMソングと言ったらピンとくるかもしれない、邦題は「私のお気に入り」。元は映画『サウンド・オブ・ミュージック』の中で歌われた楽曲の一つで、ジュリー・アンドリュース演じるマリア先生が雷を怖がる子供達をなだめるシーンで登場する。歌詞は自分の好きなものをただ並べただけというユニークな構成だ。“お気に入り”をたっぷり13個述べた後でこう結んでいる。

犬に噛まれたとき、蜂に刺されたとき、悲しい気分のとき
私のお気に入りたちをただ思い出すの
そうするとつらい気分もしなくなるわ

 子供に向けた単なる教訓といったところだが、自分の好きなものを思い出すという作業は、思いのほか大人の私たちにも気づきを与えてくれるように思う。


サラ・ヴォーン


 人生100年の時代が到来すると言われる今日、新たな別の人生の扉を開いてからも日々はたっぷりある。時間という財産を手にするその時、胸の中に閉じ込めてきた幼い頃の夢や好きだったものを思い出すのは、心を満たしながら悠々たる時の流れに乗るための鍵になるかもしれない。童心に感じた楽しさや喜び、夢中になって身につけたことは、そう簡単に消えるものではない。

 そんな心の声に耳を傾ける一人の時間には、ギターとウッドベースに合わせて静かに歌う名匠サラ・ヴォーンSarah Vaughanで聴くのはどうだろうか。ここで紹介する彼女のアルバム『After Hours』は全曲温かみあるアコースティックサウンドに仕上がっていて、ジャズボーカルの良さを余すことなく味わえる、非常にお薦めな一枚だ。

※「My Favorite Things」全訳はこちら

On A Clear Day ニューヨーク・ヴォイセス

 筆者は訳詞家であり自身もジャズを歌うため、これまで数々のジャズボーカルの名盤を聴いてきたが、インストジャズ(歌の入らない楽器だけのジャズ演奏)ももちろん愛聴する。「On A Clear Day(You Can See Forever)」(晴れた日に永遠が見える)と題されるこの曲も、ジャズピアニスト、ウィントン・ケリーWynton Kellyの晩年(といってもケリーは39歳で他界してしまったが)のアルバム『Full View』で覚えた。ケリーのご機嫌なピアノ演奏で楽しんでしばらくしてから歌詞があることを知ったわけだが、その歌詞を読んで正直、驚いた。

山や海、そして浜辺もみんなあなたの一部
そう感じられたなら、今まで聴いたことのない自然の美しい音色が
あちらこちらから聴こえてくるはず
そして晴れた日に、そのある晴れた日に
あなたは理解することができる
永遠に続く幸せがあることを・・・


ニューヨーク・ヴォイセス


 前回の冒頭で述べたようにジャズボーカルの歌詞の大半は色事だと認識していたので、それとはかけ離れた内容に、非常に感銘を受けた。人間の持つエゴを取り払い、自分もこの地球に存在する自然物の一つなんだと感じられたときに初めて、物質主義社会では決して味わうことのできない真の至福を体感すると示唆している。こんな高尚で哲学的なことがジャズで歌われていたとは! これはタイトルとメロディだけでは知り得ないことだ。

 そんな素晴らしいメッセージが込められた楽曲のため多くのジャズボーカルが好んで歌っているが、ニューヨーク・ヴォイセスNew York Voicesの洗練されたジャズコーラスサウンドを今回はお薦めする。その名の通りアメリカ・ニューヨークを中心に現役で活躍するコーラスグループで、ソロボーカルでは味わえない珠玉のハーモニーは必聴だ。機会があったらぜひ生の歌声をご堪能あれ。

※「On A Clear Day」全訳はこちら

Alfie トレインチャ・オーステルハウス

 世界大恐慌、二つの世界大戦、アポロ計画、ベトナム戦争・・・。激動のこの100年の中で生まれた名曲たちは、まさにその風雪に耐えながら歌い継がれている。拙訳を掲載しているWebサイトでは、古くは1920年代(大正時代)に書かれた楽曲から、ここ1、2年にリリースされた最新のものまで、1世紀の間にこの地球に誕生したジャズスタンダード曲および洋楽を翻訳してきた。

 訳した数が200曲に手が届きそうな今、不朽の名作たちを通じて分かったことがある。時代や運命に翻弄されながらも、一貫して人々が求めて止まないものは同じということ。それは「愛」だ。

真実の愛がなくても私たちは生きてゆける
けれどあなたが知らずにきた“無償の愛”を理解しなければ
人生の本当の意味を知らぬまま生きることになるの・・・


トレインチャ・オーステルハウス


 これは音の巨匠バート・バカラックBurt Bacharachと、バカラックの相棒で作詞家のハル・デヴィッドHal Davidの名コンビが生み出した楽曲「アルフィー」の歌詞の一部だが、この言葉に「愛」というエネルギーの本質が要約されているように思う。つまり見返りを求めない愛とは何かを学ぶことこそが、人間にとって最も大切なことなのだと。いつの時代も歌は人の心(魂)を形にしたものだ。長い歴史の中で人々が繰り返し音楽に乗せて伝承するメッセージとは「真実の愛」を知れということなのだ。

 この曲はぜひ壮大なオーケストラサウンドをバックに歌うオランダ出身のマルチシンガー、トレインチャ・オーステルハウスTrijntje Oosterhuisのライヴヴァージョンで聴いていただきたい。トレインチャの丁寧かつ伸びやかな歌声は、この歌詞を味わうのに最適だ。

※「Alfie」全訳はこちら

What A Wonderful World ルイ・アームストロング


ルイ・アームストロング


 ジャズにあまり馴染みがなくともここで紹介する「この素晴らしき世界」をご存知の方は多いだろう。この歌を印象付けているのは、何と言ってもルイ・アームストロングLouis Armstrongのあの“ダミ声”だ。お世辞にも美声とは言い難い“サッチモ(ルイの愛称)”の歌声には中毒性がある。際立つその声に、トランペット奏者でもあるからこそのセンスの良い歌い回しと人情味溢れる笑顔が加わると、他のジャズボーカルでは味わえない病みつきなものになる。そんな比類ないジャズの父、サッチモがこの歌を通じて後世へ贈るメッセージは、普遍の幸せだ。

緑鮮やかな木々や赤いバラ
私たちを楽しませてくれるその自然の輝きを眺めながら
私は心の中でこう思う
なんて素晴らしい世界なのだろうと

 自然を慈しむことで得られる幸福感は絶大だ。何も特別な場所へ出向かなくとも身近に心の安らぎは存在する。つまり普通の暮らしの中にある小さな幸せを感じられることこそが、真の幸せだと歌詞は伝えている。

赤ん坊の泣き声を聞きながらその成長を見守る
彼らはこれから多くのことを学ぶだろう
私が知っていることよりももっと多くのことを・・・

「子に過ぎたる宝なし」の古諺のように、どの子も皆、何にも勝る宝であり私たちの未来であることを後半部分で謳っている。心の琴線に触れるこういった素晴らしい歌詞に出会うたびに、ジャズはぜひ歌詞を味わいながら聴いてほしいと願う。世界中で長きにわたり愛されるジャズボーカルの歌には、移りゆく人生の指針と、平穏に暮らすためのヒントが隠されている。

※「What A Wonderful World」全訳はこちら

 さて2回に分けてお届けした「人生をリセットしたいときに聴くジャズ」、いかがだっただろうか。ジャズは歌詞を知ることで100倍楽しくなる。紹介したいジャズボーカル曲はまだまだ山のようにあるが、ぜひこれから始まる新たな人生の中で、小粋なスウィングになぞられた癒しの言葉たちに耳を傾けてほしい。愛と喜びと楽しさが詰まったジャズの歌詞たちに。

筆者:東 エミ