クルマの使い方は一変するかもしれない(写真:chombosan/iStock)

自動運転が大きな注目を浴びている。実用レベルに到達するまでにはまだ時間を要しそうだが、テクノロジーの進歩とともに自動運転は普及への道を歩むだろう。そしてクルマは「運転するもの」でなく単なる「乗りもの」となる。また自動運転以外にも、並行して他のさまざまなテクノロジーが進歩し普及していく。それらが組み合わさった先には全く新しいクルマの利用スタイルが生まれてくるかもしれない。
ブレット・キング著『拡張の世紀』ではテクノロジーによるさまざまな変化がクルマの利用の仕方にどんな変革を引き起こすかについても述べている。同書を翻訳したNTTデータ経営研究所の上野博氏が解説する。

動力源が化石燃料から電気へと移行しつつある今、すでにクルマは電子装備のかたまりと化している。ナビゲーション、アダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)、レーンキープ、衝突回避、オートライト、オートロック、盗難防止――。新車の運転席に着くと、走り出す前にマニュアルを読み込まなければいけないほどだ。日本での自家用車の買い替え年数は8年余りと言われるが、そのサイクルで新車に買い替えた人の多くは、技術の進歩に驚くだろう。


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そして今、自動運転が実用化の視野に入り始めている。先日、ウーバーの自動運転テスト車の人身事故が報道されるなど、本格的な普及に至るまでには、テクノロジー面はもちろんのこと、道路インフラ、法整備、保険の考え方など、さまざまな社会・経済面の課題をクリアしなければならない。

一方で自動運転は、増加する高齢運転者の事故リスクや、ドライバー不足などに対する有効なソリューションとして期待されている。いずれ実用に向かうものであることは間違いないだろう。まず物流や公共交通機関等で利用が始まり、次いで個人利用へと進むと考えられている。

家電見本市に出展されるクルマ

自動運転によってクルマが「運転するもの」から単なる「乗りもの」になると、その「移動する空間」の中での時間をどのように使うかがテーマとなる。オフィスとして利用し、会議をしたり、居間として使って映画を観たりすることになれば、そのための空間デザインや機器の装備が必要となる。こうしてクルマは「家電」のようになっていくだろう。

実際に自動車メーカーにとっては、モーターショーだけでなく消費者家電ショーの重要性が増している。2015年の米国のCES(国際家電見本市)には、メルセデスがF015というコンセプトカーを出展し、乗員は向かい合って座り社内がラウンジのようになるというコンセプトを示した。それ以降、CESへの自動車メーカーの出展は増加の一途だ。

クルマを含むデジタル化の潮流の大きな特徴は、「最大化」ではなく「最適化」の実現、つまり、使えるモノを増やしていくのではなく、今あるモノの最大限の活用へと向かう点にある。その好例が、デジタルマッチングを活用したシェアリングビジネスだ。Airbnbは個人が保有する居住用資産の稼働率を高め、ウーバーは自家用だけで利用している自動車に他人を乗せて収益を稼ぎ出す。

日本では、クルマを持たない若者が増加している。筆者はある企業のセッションで、若者のクルマ生活を支援するスキームの構築を支援したことがある。ある企業のチームでリーダークラスの男性が「自分のクルマで女性を自宅まで迎えに行くのが普通じゃないか」と話したのに対して、若手メンバーの男性は「時間とおカネのムダ。待ち合わせ先までは電車で行けばよい」と主張した。もはや所有することのステータス性よりも、時間の使い方という体験価値を最大化することが重要なのだ。

市場の主導権がより若い世代に移るにつれて、必要なときに対価を払って移動手段を利用する方法の普及は進む。自動車や自転車のレンタルやシェアリングなどの仕組みは、今後も対象を広げ、整備が進むだろう。

自立的に送迎するだけでなくおカネを稼ぐ未来のクルマ

自動運転、電気自動車、シェアリングなどが普及した社会で、それらを組み合わせたクルマの利用の仕方は、今後どうなるのだろうか。著名なフューチャリストであるブレット・キングは著書『拡張の世紀』の中で、そのシナリオを描き出している。キングの描く2025〜2030年の世界では、自動運転車の所有権が分散され、利用時間がレンタルされている。もう少し詳しく見てみよう。

ある人が自動車利用サービスを契約して、クルマをシェアし、毎日一定時間クルマを利用する権利を購入したとしよう。クルマは、通勤利用を予約したオーナーをピックアップして職場まで乗せていく。

目的地でオーナーを降ろしたクルマは、次に別のオーナーを拾って指定場所に送り届ける。そこでクルマは充電が必要と判断し、充電ステーション付の駐車場へと向かう。クルマは駐車場に直接連絡をとり、駐車スペースと購入電力の金額を交渉する。

駐車場の充電ステーションは個人投資家向けに売却/リースされている。クルマが充電したエネルギー量は、クルマと充電ステーション間で直接決済される。その後クルマは、次のオーナーの利用までの時間があると判断すれば、自らウーバーにログインしてタクシーとして機能し、運賃を稼いで蓄える。

これが、キングが考える未来のクルマだ。

このシナリオでは、自動運転車と充電ステーションが相互に資金決済している。そのためには、クルマに銀行口座を持たせればよいだろうか? 現在のバンキングの仕組みで自動運転車の利用に関する決済を行うためには、オーナーグループの代表者名入りの口座を作成することになる。銀行口座はヒトの利用を前提としていて、反社会的利用に対抗するために、口座開設や利用に際して本人確認が必要になるからだ。ヒトではない口座として法人口座もあるが、その場合も厳格な法人の存在証明を要する。

ところが、将来このヒトの利用を前提とした仕組みが十分機能しなくなることはすぐに想像できる。シェアリングエコノミーが普及すれば、そうした口座の種類と数が膨大になることは自明であり、またオーナーも頻繁に変わる可能性が高いからだ。

一方で私たちはすでに、ポイントやプリペイドカードなど、銀行口座以外のさまざまな「価値貯蔵」手段を有している。同じように考えれば、自動運転車や充電ステーションの価値貯蔵は、必ずしも銀行口座である必要はなさそうだ。むしろ、何かワレットのようなものを設定してデジタル通貨的なもので決済し、ブロックチェーン的なもので所有権や資金の移動を追跡・記録するほうが適切かもしれない。

ゆでガエル化に注意

つまり、自動運転その他の新しいトレンドが普及すると、おカネまでを含んだクルマの利用の仕方が根本的に変わるとみられるのだ。デジタル化が進んだ経済では、こうした方向への変化が早く起こって、かつ急速に普及することは十分考えられる。


「リープフロッグ現象」という言葉を耳にされたことはあるだろうか。先進国では、時代とともに発達したテクノロジーが積み重なったインフラの上に新しいテクノロジーが開花してきたが、新興国ではその積み重ねがないため、途中段階をカエルのように飛び越して最先端のテクノロジーがいきなり採用され、急速に普及することを指す。アフリカや中国でモバイル決済が爆発的に普及し、先進国を上回る水準になっているのがその例だ。

逆に、積み上げ型で発展してきた先進国は、新しいテクノロジーの採用・普及に後れをとるリスクがある。築き上げてきたインフラとデリバリーの仕組みはそれなりに便利であり、さらに法規制の網などに守られていれば、外部の環境変化への感度も鈍りがちだ。周囲の国々が「カエル跳び」的に進化していくのに取り残されて、気がつくと自国の企業/業界/制度が丸ごと「ゆでガエル」化してしまわないように、デジタル・ディスラプションに対応していく必要がある。