75歳以上でも高所得者の窓口負担が1割なのはおかしくないか(写真:しげぱぱ / PIXTA)

もし、年収400万円の人が病気やけがをして病院に行ったとき、その人が69歳以下だと、かかった治療費の「3割」を窓口で払わなければならない。だが、70〜74歳だと、治療費の「2割」だけ、また75歳以上だと、「1割」しか払わなくてよい。これがこの国の医療の仕組みである。


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たとえば、69歳以下の人が病院の窓口で3000円払うような治療と同じ治療を、75歳以上の人が受けた場合、窓口では1000円払えば済む。

患者の自己負担の割合は、原則として、所得の多寡ではなく年齢で決まっている。69歳以下(厳密にいうと義務教育就学後から)の現役世代の人は、低所得の人でも原則3割負担である。

団塊世代では夫婦で年金400万円以上も

この医療の自己負担割合に、なぜ今焦点が当たっているのか。それは、今夏に政府が取りまとめることにしている「基本方針(俗称、「骨太方針」)」に向けた議論が始まっているからだ。政府の経済財政諮問会議や財政制度等審議会、与党内の会議などで、具体的な改革策について検討が進められている。

2025年には団塊世代がみな75歳以上となる。団塊世代の中には、受け取る年金だけでも、夫婦で400万円を超える世帯も珍しくない。ちなみに世帯所得が400万円というのは、最近の調査における全年齢層の世帯所得の中央値(真ん中の世帯所得額)が、ほぼこの金額であることに基づく。

仮に今の仕組みのまま2025年を迎えれば、団塊世代の中で、比較的多く所得を得ている夫婦でも、医療費の窓口負担は1割でよい、ということになる。勤労世代の共稼ぎで同程度の世帯所得がある夫婦は、それが3割だというのに、である。

勤労世代と同程度の世帯所得がある高齢者には、勤労世代と同程度の窓口負担を求めるべきだ。そうした意見は、わずかだが、すでに反映されている。わが国の医療には「現役並み所得」という定義があり、現役並み所得以上の収入を得ている高齢者には、勤労世代と同じ3割の窓口負担を求めている。

しかし、その「現役並み所得」という定義が、実に恣意的なのだ。勤労世代と同程度の所得を得ている高齢者、というと、どんなイメージを持つだろうか。普通に考えれば、勤労世代と同程度の課税前収入や手取り所得(可処分所得)、と想像するだろう。ところが、わが国の医療での現役並み所得は、そうではない。

現役並み所得とは、所得税における課税所得が145万円以上の人、という定義になっている。その定義に基づくと、現役並み所得を持つ人の課税前収入は、夫婦2人世帯では、勤労世代では386万円以上、高齢世代では520万円以上となる。”課税所得”では145万円と同額なのに、”課税前収入”となると、勤労世代と高齢世代とで差が出てしまう。この定義に基づくと、前掲の課税前収入が400万円の高齢夫婦世帯だと、現役並み所得未満の収入ということで、医療の窓口負担は1割になる。

なぜ、課税所得では同額なのに、課税前収入となると、勤労世代と高齢世代とで差が出てしまうのか。もともと課税所得が145万円とは、2004年度における現役世代の平均的な所得から割り出されたものである。ところが課税所得は、課税前収入でも手取り所得でもない。所得税の課税対象となる所得額のことだ。課税所得とは、課税前収入から、所得税で認められた諸控除(基礎控除、配偶者控除、給与所得控除、公的年金等控除など)を差し引いた額、として算出される。

したがって、課税所得では同額なのに課税前収入で差が出る原因は、所得税で認められた諸控除が、現役世代に適用される額と高齢世代に適用される額が異なることにある。なぜ差が出るのか。それは本連載の拙稿「所得税の控除はなぜこうもフェアでないのか」で詳しく触れたとおり、高齢世代で給与所得控除と公的年金等控除がダブルで併用できるからだ。課税所得が145万円となる人では、現役世代の控除額が241万円、高齢世代の控除額が374万円。だからそうした差が出てしまう。

大半の高齢者が窓口負担1割で済む理屈

そんなフェアでない定義を使って、現役並み所得と定義しているものだから、課税前収入が386万円以上ならば現役世代は窓口負担が3割なのに対して、高齢世代は課税前収入が520万円未満でも1割負担でよいことになってしまう。

しかも現在、現役並み所得に該当する75歳以上の高齢者は全体の7%程度しかおらず、大半の高齢者は窓口負担が1割で済んでいる。

人は老いれば病弱になるのは避けがたいところ。とはいえ、高齢者の医療を財源面で支えているのは若い世代であり、今後若い世代が急減し、75歳以上の高齢者が急増する状況が予見されていながら、なお若い世代に負担を強い続けることでよいのだろうか。特に2025年前後ではこれまでにないほどのスピードで、医療や介護などの社会保障の給付財源の支え手となる人口が減る一方、支えられる側の75歳以上の人口が増える。

国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計によれば、2022〜2025年にかけて、20〜74歳人口は年平均で107万人も減るのに対し、75歳以上人口は年平均で75万人も増える。続く2026〜2030年には、20〜74歳の人口は年平均で67万人も減るのに対し、75歳以上人口は年平均で22万人も増える。

支え手となる人口が減ると、若い世代の1人当たりの負担額がこれまで以上に大きく増えてしまうという点が、問題だ。若い世代の負担が増えれば、その分、可処分所得が減ってしまい、今の消費や老後に備えた貯蓄もそれだけ余裕がなくなってしまう。

あえて提言するが、75歳以上の高齢者にも、医療の窓口負担を2割や3割にしてみればどうか。効果は若い世代の負担軽減につながる。

その効果を説明しよう。

75歳以上の高齢者は、現在の仕組みでは、窓口負担が原則1割で、残りの9割が皆で払った税金と保険料で賄われている。この窓口負担を1割から2割に変えられれば、税金と保険料で負うべき財源は9割から8割に減少。約11%減る計算だ。もちろん、75歳以上の高齢者が費やす医療費が医療費のすべてではないので、税金と保険料の負担が全体として約11%減るわけではないが、税金で負うべき負担と保険料で負うべき負担が相当程度減る。それだけ勤労世代に課される保険料が上がらずに済む。また税金で捻出しなければならない給付財源も節約できる。


こうした窓口負担の不公平がなぜ起こるかと言えば、現状の仕組みでは、窓口負担が所得の多寡ではなく、年齢によって決められているからだ。今後目指すべき方向性としては、医療の窓口負担は、「年齢」によって違いをつけるのではなく、「負担能力」、つまり「所得」に応じて違いをつける形に改めるのがよい。勤労世代であれ、高齢世代であれ、原則3割負担とし、低所得者には例外的に2割負担や1割負担とする。

今の高齢者で一定の所得を得ている人には、勤労世代と同じ3割の窓口負担をお願いすることによって、今の勤労世代が働いている間の保険料や税金の負担がそれだけ軽くなるのは、大きな利点だ。

政治家は世代間格差の是正に手を打て

ただ、今の勤労世代が75歳以上になったときに、医療の窓口負担の割合が原則3割負担になれば、老後に医療の自己負担が重くのしかかって厳しくなるのではないか、と思われるかもしれない。

これに対し、現在のわが国の医療の仕組みには、一時的に重い医療費の負担にさいなまれないようにする仕組みがある。それは高額療養費制度だ。一時的に重い医療費の負担に直面した人には、一定金額以上には自己負担を強いられない、つまり医療費の窓口負担に事実上の上限が設けられている。だから、高齢者になって原則3割負担になっても、底なしに自己負担を求められることはない。働いているときの税金や保険料の負担が軽減される利点のほうが大きく、老後の不安はささいなものである。

先に触れたように、2025年前後に高齢者の医療費の支え手の人口が急減し、支えられる高齢者の人口が急増するという局面になることがわかっていて、何も変えずに若い世代に負担を増やし続けてよいのか。低所得の高齢者にまで医療費の窓口負担を増やす必要はない。が、若い世代と同程度に所得を得ている高齢者には、同程度の負担率にしないと、税金や保険料で若い世代に過重な負担を課してしまう。

この時期に医療費の窓口負担の議論をするのは、今夏の骨太方針が背景にある。高齢者の窓口負担割合を上げて、税金で捻出しなければならない給付財源を節約できれば、財政収支が改善する。特に、基礎的財政収支黒字化という財政健全化目標を達成する時期を、今夏の骨太方針で示すことになっており、財政収支の改善に少しでも貢献できるなら、そうした方策を積極的に採用して収支改善につなげられるとよい。

そんな機会でもないと、医療費の窓口負担をまじめに議論することは、他になかなかない。高齢者の得票を気にする政治家も、気が引けて、これまで正面からこの議論が仕掛けられなかった。世代間格差を是正し、年齢でなく能力に応じた負担を徹底するために、75歳以上の高齢者が急増する前の今こそ、手を打つべきだ。