シアトルのコーディングドージョーでは、毎朝ホワイトボードを使って課題に取り組む(記者撮影)

米国シアトル郊外の小さなビル。朝8時を回ると、大勢の若者たちが眠い目をこすりながら入ってきた。部屋の中にはパソコンがずらりと並び、あちらこちらにホワイトボードが置かれている。彼らは各自かばんを置くと、黙々とそのボードに数式のようなものを書き始めた。

「コーディングドージョー」という名のこの施設は、ウェブサービスやスマートフォンアプリの開発エンジニアを養成する学校で、全米7都市に校舎を置く。コーディングとは、プログラムのコードを書くこと。韓国系米国人の創業者が日本語の「道場」を入れた校名のとおり、入学と同時に毎日12時間を費やす厳しい“訓練”の日々が始まる。

ひたすらパソコンに向かう”ブートキャンプ”

朝登校した生徒たちが取り組んでいたのは、プログラミング問題をパソコン上ではなく、ホワイトボードに書き込みながら解くというもの。エンジニアの採用面接ではよくある場面だ。


同校では、今ウェブサービス開発で最も多く使われている「JavaScript」など、三つの言語を14週間で学ぶ。かなりのハイペースだが、「新たな言語で次々とウェブサイトを作ることで、(就職後も)自分自身で新たな言語やツールを学び続ける力を鍛えられる」(リードインストラクターのドノヴァン・アン氏)。

軍隊の訓練になぞらえて「ブートキャンプ」とも呼ばれるこうした学校が、全米各地で増え続けている。

評価サイトのコースリポートによれば、2017年末時点で米国内に95校。同年の卒業者数は約2万3000人に上り、この5年で10倍という急増ぶりだ。カリキュラムの平均期間は14週間で、学費の平均は1万1400ドル(約120万円)と決して安くない。

それでも入学者が絶えない背景には、年収の伸びへの期待がある。これまでにブートキャンプを卒業した人の平均年収は、入学直前の仕事で4.7万ドル(約500万円)。それが卒業後に得た仕事では7万ドル(約750万円)に上昇している。


米国には世界を代表するIT企業が集積しており、エンジニアは引っ張りだこだ。コーディングドージョーの卒業生の場合、シアトル周辺に本社を置くマイクロソフトやアマゾンなど大企業のほか、各社のOBが立ち上げたスタートアップで職を得る人が多いという。

ブートキャンプでは、プログラミング経験のある人は少数派だ。一般企業のオフィスワーカーだけでなく、看護師、柔道コーチ、ミュージシャン、ダンサー、漁師など、職業経験は多岐にわたる。

もはや大学の学位はいらない?

前出のアン氏は、「理系かどうかは関係ない。数学の素養よりも、ロジカルな問題解決力のほうが重要」と話す。大学の学位がなくてもいい。「カリキュラムの90%は、キーボードをひたすらたたいての練習。楽器や外国語の習得に似ている」(同)。実際、コーディングドージョーの卒業生の場合、約2割は最終学歴が高卒だ。しかも卒業後の年収は通学前の2倍と、ほかの学歴よりも高い伸び率を示している。


ブートキャンプは就職実績が何よりも重要だ。企業の動向に合わせて、つねにカリキュラムを見直す。コーディングドージョーはアマゾンと組み、音声認識AI「アレクサ」の開発を取り入れた。

同じシアトルに校舎を持つブートキャンプのエピコーダスは、マイクロソフトと毎月カリキュラムに関する会議を開くほか、生徒向けのインターンシッププログラムでも受け入れ企業と連携を密にする。

「エンジニアを求めるのはテック(IT)企業だけじゃない。テックと何かを合わせたビジネスにこそ需要がある」。ロサンゼルスが本拠の学校、コードスミスを創業したウィル・センタンス氏はそう強調する。


ブートキャンプでは朝から晩までひたすらプログラムコードを打ち込む日々が続く(記者撮影)

映画産業が集まるロサンゼルスは、ネットフリックスやHuluといった動画配信サービスなど、エンタメとITを組み合わせた企業が多い。近隣には、今年初めにアップルが映像制作のスタジオを開設。「アド(広告)テックも盛ん。待遇も非常にいい」(センタンス氏)。同校は昨年、ニューヨークに進出。「銀行や保険、不動産など、テックと既存産業の組み合わせを推し進めたい」(同)。

これまでに300人の卒業生を出し、平均年収は10万〜11万ドル(約1100万〜1200万円)。未経験の場合は事前の無料講座受講や自習を求めるなど、入学時のレベルを高くしているため、卒業時のスキルが他校よりも高いのだという。

自分の好きなこと×プログラミングの可能性

2016年にコードスミスを卒業したアイザック・デュランドさん(下写真)は現在、ロサンゼルスにある荷物のストレージサービスを手掛けるスタートアップで、アプリ開発に従事する。年収は20代後半にして10万ドルの大台を突破。デュランドさんは入学前、オンライン教育の企業でマーケティングに従事していた。エンジニアの様子を間近で見ながら、「実際に自分の手でツールを作って人の役に立ちたいと思ったのがきっかけだった」(デュランドさん)。


ロサンゼルスのコードスミスを卒業した、アイザック・デュランドさん。大学では演劇専攻だった(記者撮影)

前出のエピコーダスに通うエルレイ・ベルモンティさんは現在、学校のカリキュラムの一環で5週間のインターンシップ中だ。飲食店で働きながら、十数年にわたりダンサーとして活躍してきた。だが、深夜まで飲食の仕事をしながら、ダンスの練習やショーに明け暮れる生活には「ワークライフバランスがなかった」(ベルモンティさん)。生活にゆとりを持ちたいと考え、以前から興味のあったコンピューターの仕事を思いついたという。

「ドローンをダンスショーで使いたい」。ベルモンティさんにはそんな夢がある。光を出したり、人に合わせて動いたりといったことを実現したいという。自分でドローンをプログラミングしたいと考え、ブートキャンプへの入学を決めた。


当記事は「週刊東洋経済」4月21日号 <4月16日発売>からの転載記事に加筆したものです

エピコーダスで学んだ言語は「Ruby(ルビー)」だったが、「今後は、多くのドローン企業が使っている『Python(パイソン)』を勉強したい」と話す。高校の数学教師向けにテスト作成ツールを開発するスタートアップでインターンをしながら、ドローン企業への就職を目指している。

プログラミングは、学歴や文系・理系を問わず努力次第で身に付けられる希有なスキルだ。さまざまなバックグラウンドの人々がテクノロジーを学ぶことで、あらゆる産業が変わる可能性がありそうだ。