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■実際に目にしなくても証明する方法

私たちはふだん、なにげなく「必ず……」「絶対に……」という言葉を使っている。ビジネスシーンでも「必ず間に合わせます」「絶対に大丈夫です」といった言葉をよく聞く。

しかし本来、「必ず」や「絶対に」という言葉はそんなに軽々しく使えないものである。なぜならほとんどの場合、そうではない可能性を完全には否定できないからだ。実際、科学者や技術者ら理系の人はめったに「絶対に」「100%」という表現は使わない。

あるものが存在するかどうかも同じだ。神の存在を信じない人に、神は絶対に存在すると確信させるのは難しい。目に見えないものの存在を納得させるのは容易ではない。

ところが、数学には実際に目にしなくても「100%(必ず)存在する」ことを示せる強力な方法がある。ポイントは種類と個数を分け、ダブりを見つけることだ。

まずは次の問題にチャレンジしてみていただきたい。

「横浜市には髪の毛の本数がまったく同じ人が必ず2人以上存在することを証明せよ。ただし前提として、(1)成人の髪の毛の本数は最大14万本、(2)横浜市の人口は約370万人を使ってよい」――。

■横浜市には髪の毛の本数が同じ人が2人以上存在する

かなり難問に感じるかもしれないが、次のように証明できる。前提(1)から、成人の髪の毛の本数は0本(ハゲ頭)〜14万本。ここで0番から14万番まで番号をつけた部屋を用意する。次に前提(2)より、370万人のそれぞれに自分の髪の本数と同じ番号の部屋に入ってもらう。部屋は14万1室しかないので、必ず相部屋が出る。つまり同じ部屋に入った人は髪の毛の本数が同じなので、横浜市には髪の毛の本数が同じ人が2人以上存在する、と証明できる。

具体的に誰と誰の髪の毛の本数が同じかはわからないが、髪の毛の本数には14万種類あることと、人口が370万人であることからダブり(相部屋)が生じることがわかり、髪の毛の本数が同じ人が必ず2人以上いることが証明できた。

この証明は「鳩の巣原理」という原理に支えられている。同原理はとても簡単だ。「ここに鳩の巣が9個あるとする。そこに10羽の鳩が飛んできたとすると、少なくとも1つの巣に2羽以上の鳩が入ることになる」。

■数学的に非常に重要な「鳩の巣原理」

誰でも簡単に納得できるだろう。これは何か別のことを根拠にして証明することはできないので、「原理」になる。鳩の巣原理は一般化すると次のようになる。

「自然数n、mに対してn>mであるとき、n個のものをm個の箱に入れると、少なくとも1個の箱には1個よりも多いものが入る」

鳩の巣原理を使えば、「13人以上集まると、同じ誕生月の人が必ずいる」「服のサイズがS・M・Lの3種類あるとき、4人いれば必ず同じサイズの人がいる」といったこともわかってくるのだ。

鳩の巣原理は高校までの数学で単元の項目としては学ばないが、「背理法」や「数学的帰納法」にも匹敵する、数学的に非常に重要な論証法だ。実際、国際数学オリンピックには鳩の巣原理を用いる問題が頻出しているし、大学入試問題でも鳩の巣原理を使えばすんなり解ける問題は珍しくない。

(永野数学塾塾長 永野 裕之 構成=田之上 信 写真=iStock.com)