ー一般にイノベーションというと、天才によるものか、セレンディピティ(想定外の発見)といった偶然のたまものという印象があります。馬場さんは、そうではないと社内で言い続けていると聞いています。
 「パナソニックの世界約300工場には、生産技術やQCD(品質・コスト・納期)について共通の考えがある。イノベーションについても共通モデルと呼べるものがある。偶然に見えるものの発生確度を飛躍的に高めるサイエンスが存在する。それをシリコンバレーのパナソニックβで確立していく。そこにはデザイナーなどを含む、多様な分野と職能の人材が一緒に働いている。日本の事業所では起こりえなかった社内協業が自然発生している」

 「ただ、メーカーはコンサルタント会社とは違い、モデルという概念を示すだけでは変わらない。牽引役となる商品や事業で引っ張る必要がある。効果を証明して初めて、『パナソニックβはどんなことをしているんだ』と元となったモデルに興味を持ってもらえる。そしてパナソニックβで確立した共通モデルを横展開する」

 ーその牽引役にあたるのが、17年夏に発表された「ホームX」と呼ぶ住空間プロジェクトですね。詳細は明かされていませんが、IoT(モノのインターネット)で家電と住宅設備から得たデータを連動させ、利用者の価値につなげる試みのようです。馬場さんがデータ活用で真に狙っていることは。
 「一般に言われているIoTは、従来のインターネットサービスの概念を引きずっている。せいぜいスマートフォンで家電を操作する程度で、この延長線上をどんなに進んでも『インダストリー3.999...』止まりだ。(新たな産業革命と言われる)『4.0』の変革は緒についたばかり。この世界で(圧倒的なシェアを持つ)ジャイアントはまだいない」

 「IoTとは機器がつながるだけでなく、顧客とつながること。顧客と多種多様なつながりを持ち、本人以上に顧客を知ることだ。共感力をベースに価値を提供する。(4.0で実現するとされる)マスカスタマイゼーションですら顧客が自身の関心に基づいて注文している点で、4.0の手前の段階にとどまる。目指しているのは、システム側が『お客さんが欲しいのこれですよね』と投げかけ、利用者に『本当に分かってくれているな』『自分でも気づかなかった』と言わせしめるくらいの共感力だ」

 ーパナソニックは18年3月に創業100周年を迎えました。歴史が長い分、ヨコパナ改革には苦労も多いのでは。
 「予想以上に取り組みの浸透は速い。経営トップに理解してもらっても、現場が前向きとは限らない。外資系企業では、外から来た人間の足を引っ張る場合が少なくない。それが当社では、現場側も『何とかして実現しよう』と受け止めてもらっている。事業部長が、パナソニックβから戻ってきた社員とともに、『βのやり方をここでも展開するぞ』といった姿勢で取り組んでもらっている。この点は手応えを感じている」

対抗意識では相手にされない
 ー馬場さんはある公開討論で、SAPのような業界首位の会社は、「競合他社の動向を一切気にしない」といった発言をしていました。横並び意識が強い日本企業。傍聴者の大半が、身に覚えがあると感じたかと思います。
 「私がパナソニックに入社した理由の一つは、創業者の松下幸之助による経営理念に共感したことだ。だが、実際には競合他社がどうこうしているといった話題が社内で多いのが気になった。業界ナンバー1の企業は、他社のこともよりも、自身が社会に対してどんな貢献ができるのかを考える。パナソニックの企業理念にも、競合他社にどう対抗するかなんて話は一切出てこない。逆に言うと、当社が本当に企業理念の実現に取り組むには、1位の製品・サービスを出す企業にならなければならないと考えた」