小学館の「マンガよせがきトレイン」2両。作家たちの色紙絵が両サイドにラッピングされている(撮影:坪内政美)

3月初旬、私は熊本県の南阿蘇鉄道に向かっていた。

小学館の漫画家・原作者117人が描いた応援イラストの「がんばれクマモト! マンガよせがきトレイン」が、昨年に引き続き今年も運行することになったのである。

これは「熊本の復興を応援しよう!」という趣旨に賛同した作家たちが色紙に絵を描き、それをラッピング車両にしたもの。イラストを見ればわかるように、錚々(そうそう)たるメンバーである。ありがたいことに、その作家の中の一人に私も加えていただいている。


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この車両は昨年4月〜11月末までの期間限定運行の予定だった。自分の絵が一部でもラッピングされている列車を見たかったのだが、昨年はかなわず、残念な思いでいたところ、今年の運行延長の知らせを聞いた。そこで今度こそ!と飛んでいったというわけだ。

熊本地震から今日4月14日で2年。南阿蘇鉄道の復旧の現状についても取材してきた。

晴天の阿蘇山をバックに


阿蘇連峰を背景に2両編成で走る「マンガよせがきトレイン」(撮影:坪内政美)

マンガよせがきトレインは水色とピンクの車両がある。どちらも両サイドに色紙絵がラッピングされているが、貼られている絵はそれぞれ逆のため、2両つなぐと全部の色紙絵が見えるようになっている。

この日は特別にその2両編成で走らせていただいた。晴天に恵まれ、くっきりと雄大に浮かび上がる阿蘇山。このラッピング車両の2両編成での走行は今回で3回目だそうだが、晴れたのは今回が初めて、と撮り鉄さんたちに感謝された。

高森駅から乗車し、右手に阿蘇山を眺めつつ、車内もいろいろと見たいものだから、なかなか忙しい。荷棚の上の色紙絵に自分のサインを見つけ、ニヤニヤしているうちに、現在の終点、中松駅に着いた。

南阿蘇鉄道は現在、運行しているのは中松―高森間のみだ。乗車時間20分足らず、走行距離にして7.1km。震災の影響で、線路や鉄橋に被害を受けた立野―中松間(10.6km)は運休したままである。

5年ほど前に旅行目的で訪れた時は、熊本からJRの「特急あそぼーい!」に乗車し、立野駅から南阿蘇鉄道の「トロッコ列車」に乗り換え、高森駅まで行くことができた。

震災後、列車に乗るために中松駅、高森駅に行くには、バスやレンタカーなどを組み合わせて行くしかなく、まさに陸の孤島と化している。立野駅を出発し、陸橋を渡るときにワクワクしたあの景色は、もう拝めないのだろうか……。

2022年度には全線復旧へ!


着工式の様子。地元、高森高校の生徒らも式典に参加した(撮影:坪内政美)

だが、くしくも取材したその日、立野では着工式が行われていた。懸念していた立野―中松間の復旧工事が、なんとこの日から始まったのだ。どうやら昨年12月、復旧費の97.5%を国が負担することが決定し、この日に着工となったとのこと。工事の概要説明では「2022年度には全線復旧を目指す」と発表され、会場がどよめいた。


『月刊!スピリッツ5月号』には今回の取材を漫画にした「おんな南阿蘇鉄道ひとり旅」が掲載されている。犀角山トンネルはこのような工事を行う

当初の計画では、犀角山トンネルを修復するための工事費がかさむ様子だったが、トンネル自体を全撤去することで費用がかなり削減された。歪んでしまった第一白川橋梁は、すべて分解し、組み立て直すとのこと。大胆な発想の工事に、すっかり感心してしまった。

式典には高森町長、熊本県副知事はじめ、国土交通省職員や地元県議会議員など、関係者約100人が参加していた。上空にはヘリコプターが飛び、マスコミも大勢来ていた。復旧への注目度の高さが伺えた。

式典が終わってから、高森町長であり、南阿蘇鉄道株式会社代表取締役の草村大成さんにお話を伺った。


高森町長で南阿蘇鉄道社長の草村大成さん。熱いトークに思わず引き込まれる(撮影:坪内政美)

――高森町の町長さんが、南阿蘇鉄道株式会社の社長も兼任されているんですね。

「はい、本社が高森町(高森駅)にあるので私が社長、南阿蘇村の村長が副社長、となっています。震災時も私が町長でした」

――2年前と比べて、阿蘇への観光などはどう変わりましたか?

「阿蘇は年間1800万人が観光に来ていました。いわば熊本の中心、へそだったわけです。観光に関しては6割は戻ってきましたが、宿泊・飲食に関してはまだ3割程度しか戻ってきていません。震災前は、県のインバウンド政策に連携して、阿蘇地域の観光需要はぐんぐん上昇していたんですが」

ぜひ「創造的復興」を

――今回の工事内容が大胆で、かなり驚きました。

「国が最初出した案は、トンネル内の復旧でした。しかし山自体が地震で動いてしまっていたので、復旧しても危険な状態でした。鉄道会社が持っているのは、線路とその土地のみの権利。山自体は国のものなんです。犀角山トンネル付近の白川の河川維持事業や立野ダム事業も同時に進められていたので、そこと調整して、トンネル自体をなくすことになったんです」

――JR豊肥線の肥後大津駅まで直通運転する、とのうわさも聞きましたが……。

「検討中ではあります。住民の方からしても、観光客の方からしても、乗り換えずに来られるほうが便利ですから。利便性を考えればそうするべきですよね」

――まずは立野―中松間の復旧ですね。全線開通したらまた乗りにきます!

「ありがとうございます。いろいろなジャンルの皆さんが後押ししてくれたので、ここまで来られました。ぜひ創造的復興をしたいです。そのときはまた、マンガよせがきトレインをよろしくお願いいたします(笑)」

南阿蘇鉄道の社員は震災前には16人いたが、現在は8人。目下、復旧に向けて運転士2人・鉄道施設管理者1人を募集している。

その後のニュースで、運転士の応募が1人しかないと報道されていたが、再取材したところ現在は結構な数の応募があるそうで安心した。6月1日入社に向けて、応募期間は今月20日までとのこと。興味ある方はぜひ応募してください。

全線復旧で駅弁復活にも期待!

この日、着工式のお土産にお弁当をいただいた。調製元は、南阿蘇鉄道の駅弁「南鉄とり飯弁当」を作っていたヒライさんではないか! テンションが上がった。


安全祈願祭の特別弁当。おいしくいただいた(撮影:坪内政美)

「南鉄とり飯弁当」は立野駅で売られていたが、列車の運休とともに、今は販売休止している。復旧した後には販売を再開されるのかと尋ねたら、「ぜひまた販売したいと思います」とのお答えをいただいた。期待したい。ちなみにヒライさんは、ちくわにポテトサラダを詰めて揚げた熊本のB級グルメ「ちくわサラダ」でも有名なお店である。

ところで南阿蘇鉄道の駅舎は、それぞれカフェなどに利用されている場所が多い。町長のお話にもあったが、南阿蘇鉄道が所有しているのは、線路とその土地のみ。駅舎は、それぞれの村、町のものだという。高森駅は高森町の管轄だが、それ以外は全部、南阿蘇村に所有権がある。


阿蘇白川駅はかわいらしい外観が人気。こちらにもカフェが入っている(撮影:坪内政美)

聞くところによると、南阿蘇村の駅は無人駅が多いので、駅舎自体の管理(清掃、維持など)をしてもらえれば、ほぼ無料で貸しているのだそう。不通区間の駅でも、駅舎でお店などをやっているので不思議に思っていたが、理由はそこにあった。地元の方たちは、駅というより店として利用しているようだ。

高森駅は南阿蘇鉄道本社でもあり、土産物を売ったりもしているが、最近、その駅舎を建て替えるというニュースを聞いた。驚いて高森町役場に問い合わせてみたところ、駅舎を含めた周辺の整備をする予定ではあるが、予算がついた段階で、早々とニュースになってしまったのだという。駅前に公園などを造る予定とのことだが、構想や駅舎自体のデザインなどは、まだまだこれからだそう。

個人的にあの鉛筆のようにとんがった屋根が特徴的な駅舎が好きなので、あまりイメージが変わるものでないことを望みたい。

また、高森駅の一つ手前、湧き水トンネル公園付近に新駅を造ろう、という構想もあるらしい。こちらは補助金獲得に向けて動きつつ、今年度中に着手するという状態とのこと。5年前に高森駅から徒歩で湧き水トンネル公園に行った時は、トンネル内も往復したためか、すごく歩いた気がした。トンネル内は夏も涼しく、水の流れが気持ち良かった。近くに新駅ができれば、観光には大変便利だと思う。

復興は自分ができることから


震災前、第一白川橋梁を走るトロッコ列車(撮影:坪内政美)

復旧工事も始まり、いろいろと人手が足りないとのことだったが、新たな町づくりに町長はじめ南阿蘇鉄道沿線の方々はみな意欲的であった。

私が取材に行った翌週、トロッコ列車の運行が始まった。今年も11月末まで運行される。特に土日は、トロッコ列車とマンガよせがきトレインが交互に運行されるので、両方に乗れるチャンスだ。

「南阿蘇鉄道に来て、実際に乗ってもらうのがいちばんうれしい」と、南阿蘇鉄道の総務課長、中川竜一さんも言う。

まず、自分にできることから始めてみる。

多額の寄付は難しくても、南阿蘇鉄道に乗ってみたい、という興味を持つことから復興支援は始まる気がする。