伊藤穰一が提唱した、「BIとAI」の二元論

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米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの所長を務める、「Joi(以下、ジョーイ)」こと伊藤穰一の新書「教養としてのテクノロジー」が2018年3月、NHK出版新書から出版された。わたしは前職でジョーイが共同創業者を務める「デジタルガレージ」で働いていたため、ツイッターやブログ事業など、幸いにも彼とプロジェクトをご一緒させていただく機会に恵まれた。

当時、ジョーイが講演でよく話してた鉄板ネタのひとつに「BIとAI」という概念がある。「BIとAI」といえば昨今、「BI(ベーシックインカム)と「AI(人工知能)」の文脈で語られることが多いが、彼が話したいたことはそうではない。

ジョーイが言う「BIとAI」は「Before Internet」と「After Internet」のこと。インターネットの登場前と登場後で、世の中が大きく変化した、という話だ。

MBA取得者が力を持った「BI時代」

ジョーイによるとBI、つまりインターネットの登場前は、今から考えると石器時代のようなものだったという。当時、物事は比較的シンプルで、未来を予測しやすく、学んだことを繰り返していれば生活できた。

一流の大学やMBA(経営学修士)で学び、良い会社で働けば成功が約束される。そんな画一的な教育が有効だった時代だ。物事は比較的、高価だったためじっくり考え、失敗しないように計画を立てる必要があった。MBA取得者が力を持ち、エンジニアが弱かった時代でもある。

クリエイターが力を持つ「AI時代」

しかし、インターネットの登場により、世界は劇的に変わった。AIの時代では、世界はより複雑になり、物事を予測することが難しくなった。

この時代には、教育の重要性は下がり、自分で学ぶ学習こそが重要になってくる。物事は圧倒的に安価になったため、失敗するコストが下がり、失敗しないことよりも失敗しながら学ぶ、起業家マインドこそが重要になってくる。この時代は、理論に強いMBA取得者よりも、創作する力を持つエンジニアやデザイナー、クリエイターが力を持つ時代となる。

実は、ジョーイ自身が誰よりもAIの申し子なのだ。彼は大学を二度中退しているし、シカゴでクラブDJとして生計を立てていた時期もあると言っていた。その後、ベンチャーを創業したり、投資家、NPOの代表、大企業の役員、大学の教授を務め、多様な分野に挑戦しながら、彼はその都度、必要なことを学び、挑戦し、失敗から学んでいる。

AI時代に必要なものは「答え」ではなく「問い」である

ジョーイのBI、AIの説明に対して、いくつかのアイデアを提唱したい。

BI、AIを簡易的に図示すると何だろうか? BIは右肩上がりの直線、AIは右肩上がりの指数関数曲線。つまりエクスポネンシャルとなるのではないだろうか?



BIでは成功確率は高いが、アップサイドが低い。一方、AIでは成功確率は低いが、アップサイドが高い。したがって、BIとAIとでは、それぞれ成功するために必要な心構えやアプローチが異なるのだ。

BIの時代では、ゴールが明確なため、山登りのように決められた道を通って目的地を目指す。この時代には、問いではなく、正しい答えを導くことが重要で、この時代に有効なアプローチは論理的思考だ。

AIの時代では、物事が複雑なため、刻々と状況が変わる。そのため、明確な目的地さえも分からず、波乗りするように、試行錯誤を繰り返していくしかない。この時代には、正しい答えなど存在しない。むしろ、何を問うか、こそが重要になってくるのだ。

では、AIの時代に有効なアプローチは、何なのか? 私はそれがデザイン思考なのだと考えている。デザイン思考については、また改めて書きたいと思う。

話をジョーイの新書「教養としてのテクノロジー」に戻そう。この本は、正しい「答え」を知ることこそが正しいこと、と教え込まれたBIの価値観から抜け出せない人には、あまり価値を見出せない本かもしれない。

なぜなら、本書には明確な答えや結論が書かれていないからだ。しかし、AIのマインドセットでありたいとする人には、非常に参考になるはずだ。なぜなら、この本は今の時代に必要な「重要な問い」を投げかけているからだ。AIの時代がさらに進み、テクノロジーを教養のひとつとして考えるべき時代に、何を問うべきなのかを私たち一人ひとりが考えていきたいものだ。