日本を関税の適用対象にすることで、米国との二国間貿易交渉に追い込もうとしているのは明白だが…(写真:REUTERS/Carlos Barria)

米国は、3月23日からの鉄鋼とアルミ製品への関税適用について、カナダ、メキシコ、欧州連合(EU)、豪州、アルゼンチン、ブラジルそして韓国を4月末までの期限付きで対象から外したが、日本は対象とされた。安全保障を理由とする関税であるにもかかわらずだ。
なぜ日本はこうした事態に陥ったのか。
『富国と強兵 地政経済学序説』でポスト・グローバル化へ向かう政治、経済、軍事を縦横無尽に読み解いた中野剛志氏は、トランプ大統領が日本を関税措置から外さなかったのはむしろ当然の結果だが、米国の要求を受け入れつつ、日本にとっても大きな利益となる方法があるという。どういうことか、解説してもらった。

トランプ大統領の明確な戦略性

米国の鉄鋼とアルミ製品への関税の適用に対して中国は、4月2日、報復として米国からの輸入品に関税を上乗せした。すると米国は、3日、知的財産権侵害を理由に通商法301条に基づき、半導体などハイテク分野を中心に約500億ドル相当の関税を課すと発表した。

4日には、今度は中国が航空機、大豆、自動車を含む106の米国製品への500億ドル相当の報復関税計画を発表すると同時に、米国を世界貿易機関(WTO)に提訴した。

すると米国は中国の報復関税に対する報復として、5日、1000億ドル相当の中国製品に対する追加関税措置を検討すると発表した。

こうした中、習近平国家主席は10日、自動車への輸入関税を今年引き下げ、自動車合弁の外資出資規制を緩和する方針を表明したが、これに対する米国の反応は、本稿執筆時点においては明らかではなく、米中関係は、まさに典型的な貿易戦争の様相を呈している。

しかし、この米国による関税措置を、トランプという非常識な言動の多い大統領による理不尽な政策として片づけてしまうと、その本質を見失うことになろう。

まず、関税の適用対象となった国々を見てみると、米国の明確な戦略性が浮き彫りとなる。

たとえば、米国の鉄鋼の主な輸入先の約半分を占めるカナダ、ブラジル、韓国、メキシコの4カ国が、暫定的に適用対象から外されている。関税引き上げは、輸入品の価格高騰によって国内経済に打撃を与え、国民からの反発を招くおそれがある。それを計算に入れて、この4カ国の適用を除外した可能性がある。

また、暫定的に適用除外とされた韓国、カナダおよびメキシコ、EUは、米国と貿易協定の協議中である。この関税措置を利用して交渉相手国に譲歩を迫る意図があることは明白だ。そして、日本に対しては、関税の適用対象にすることで、米国との二国間貿易交渉に追い込もうとしていることは言うまでもない。

各国が米国に対して対抗措置をとり、米国が孤立するというリスクについても、トランプ政権は考慮に入れている。たとえば、事前に断固たる報復措置を示唆していたEUやカナダは、適用対象外となった。また、一律・無差別な関税措置ではないので、各国が一致団結して反発し、米国が孤立するという構図にもなりにくい。適用除外国にとっては、他国に関税が課せられていることは、むしろ望ましいからだ。

中国との「貿易戦争」は狙いどおり

これに対して、中国との貿易戦争については、米国は織り込み済みであったと思われる。むしろ、それが狙いであったとすら言える。

第一に、中国との貿易によって米国が不利益を被っているというトランプ大統領の主張は、必ずしも間違いではない。

経済学者は伝統的に、自由貿易は各国の経済厚生を向上させると信じてきた。そして、自由貿易に反対する者を、経済学の初歩をも知らぬ愚か者と見下してきた。

ところが、ここ数年、デイヴィッド・オーター、デイヴィッド・ドーン、ゴードン・ハンソンといった優れた経済学者たちの一連の研究によって、中国がWTOに加盟して自由貿易体制に参入して以降、米国の製造業の雇用が打撃を受け、労働者が不利益を被っていることが明らかにされている。

自由貿易論者は、この労働者の不利益を過小評価している。なぜなら、自由貿易の理論は、自由貿易によって失業した労働者が出たとしても、その労働者はすぐに別の産業で雇用されると仮定しているからだ。

しかし、一般常識で考えても、ある産業で失業した労働者がすぐにほかの産業で雇用されるなどということは現実にはありえない。オーターらの実証研究は、この常識を確認するものであり、1999年から2011年の間に、米国は中国からの輸入の増加によって240万人の雇用を失ったと推計している。

中国との自由貿易によって米国の雇用が奪われたというトランプの主張には根拠があるのだ。また、今般の関税措置の理由の1つとなった中国の知的財産権の侵害についても、周知の事実である。

ちなみに、自由貿易論者は、1930年代の米国による関税引き上げ(スムート・ホーリー関税法)とその報復の連鎖が保護主義の台頭を招き、世界恐慌を悪化させたという説を歴史の教訓として持ち出すが、この説は誤りである。実際には保護主義の連鎖による悪影響はわずかであったことが複数の研究者によって明らかにされている。景気の悪化が保護主義の台頭を招くのであって、保護主義の台頭が景気を悪化させるのではないのだ。

しかも、今回の関税措置は、すでに述べたように適用対象国を限定している。したがって、今回の関税とその報復の連鎖については、もちろん、被害を受ける個別の産業はあり、また株価の下落による一時的な不利益もあろうが、マクロで見た世界経済や米国経済への悪影響については、さほど怖れる必要はないであろう。

第二に、中国との自由貿易によって米国が被った不利益には、安全保障上の問題も含まれる。

冷戦終結後の米国は、中国に自由貿易体制の恩恵を享受させれば、中国が米国主導の国際秩序に挑戦することはなくなるだろうという戦略に立っていた。その背景には、自由貿易は平和をもたらすというリベラリズムの信念があった。米国が中国のWTO加盟を後押ししたのも、このリベラルな戦略ゆえであった。

ところが、中国の戦略は「富国強兵」であった。中国は自由貿易体制に組み込まれた2000年代初頭以降、目覚ましい経済成長を遂げるのと並行して、軍事力を驚異的なスピードで拡大し、東アジアにおけるパワー・バランスを動揺させるに至ったのである。自由貿易によるリベラルな国際秩序の建設という米国の戦略は、中国の富国強兵の前に敗北を喫したのだ。

米国も、さすがに2000年代後半には、「自由貿易による平和」が幻想にすぎなかったと気づいた。前オバマ政権がアジア重視戦略を打ち出したのも、そのためだった。しかし、このアジア重視戦略は、中国の富国強兵を阻止するうえでは、ほとんど何の効果もなかった。

今回の関税措置は、この冷戦終結後の米国の対中戦略の失敗とその反省という脈絡の中に位置づけて、理解すべきなのである。

ただし、米国は、1つ、大きな戦略的ミスを犯している。

米国は、今回の関税措置において、中国に対して特に強硬な姿勢で臨むと同時に、ロシアも適用対象国とした。その結果、米国市場へのアクセスを制限された中国は、ユーラシア大陸の内陸部への進出をより強めるであろう。ロシアもまた、中国への接近を図るであろう。

こうして、トランプの関税措置は、ユーラシア大陸を勢力圏におさめようという中国の「一帯一路」戦略を加速し、強化してしまうのだ。ユーラシア大陸内陸部を勢力圏におさめたら、中国は、今度は南シナ海、そして東シナ海への進出を本格化させるであろう。要するに、日本の安全が危うくなるような地政学的変化が引き起こされるのだ。

日本は報復措置を怖れる必要のない相手

ところで、なぜ米国は、安全保障を理由とする関税措置の適用対象から、同盟国の日本を除外しなかったのか。実は、これは、さほど不思議なことではない。

まず、押さえておかなければならないことは、そもそも日米同盟は、かつてのソ連や現在の中国・北朝鮮に対する封じ込めであると同時に、日本に対する封じ込めとしての性格を併せ持つ「二重の封じ込め」であったということだ。つまり、親米派がどう信じようと、米国にとって日本は、安全保障上の潜在的な脅威の1つに数えられるのだ。

この日米同盟の「日本封じ込め」の側面に着目するならば、米国が安全保障を理由に日本を関税措置の対象としたことは、驚くには当たらない。

次に、「二重の封じ込め」の「中国・北朝鮮封じ込め」の側面に着目するならば、日本は、確かに日米同盟のおかげで、中国・北朝鮮という地政学的脅威に対抗している。しかし、このように自国の防衛を米国に依存している状態にありながら、米国の要求をはねのけるなどという選択肢は、日本にはないに等しい。つまり、米国にとって日本は、EUやカナダとは異なり、報復措置を怖れる必要のない相手なのだ。

米国が、この日米同盟の「二重の封じ込め」の構造を利用して、日本にさまざまな経済上の要求をのませる。これは、何も今になって始まったことではなく、これまでもそうであった。「それは、トランプ政権の下でさらに決定的なものとなろう。これは構造的な問題であって、日米首脳が信頼関係を構築すれば回避できるといった類のものではない」と、筆者はトランプ政権発足直後に警告を発しておいた(日米首脳の蜜月こそが日本経済の「足かせ」だ)。

米国の要求を受け入れつつ、日本にも利益となる方法

さらに深刻な事態も予想される。

もし米中貿易戦争がエスカレートし、巨大な中国市場へのアクセスを制限された場合、米国は東アジアへの関心を大きく低下させるであろう。そのとき、米国の東アジアからの撤退がいよいよ現実味を帯びてくる。それを怖れる日本は、今後、ますます米国の要求を拒否できなくなるであろう。反対に、中国が米国の要求に応じた場合には、米国はその標的を日本市場に絞ることとなる。


さて、以上のような全体構造を直視するならば、今回のトランプの関税措置に対し、わが国が打てる手はほとんどないかにみえる。

しかし、1つだけ、米国の要求を受け入れつつ、日本にとっても大きな利益となる方法がある。

それは、米国の貿易黒字削減要求に対して、内需拡大によって応じることだ。内需拡大による経済成長は、米国からの輸入を増やすというだけでなく、日本国民を豊かにする上でそもそも必要なことだ。

内需拡大の実現には、積極的な財政出動が不可欠であるが、日本が財政赤字を懸念する必要がないことは、すでに証明しておいた(「財政赤字の拡大」は政府が今やるべきことか)。

さらに、拡大した財政支出の一部を防衛力の強化に向けるならば、なお賢明である。

明治維新からちょうど150年の今年、再び「富国強兵」を掲げるべき、いや掲げざるをえない時代が来た。今回の米国による関税措置は、そのシグナルとして認識しなければならない。自由貿易、日米同盟、財政再建を巡るこれまでのドグマにとらわれていては、この富国強兵の時代を乗り切ることはできないのだ。