歌詞を味わいながらジャズを聴こう(著者が主催するトークライヴ「おしゃべりジャズナイト」より)


 あったかもしれない人生――。これまで続いてきた人生を見つめ直し、いったんリセットしたくなるときがある。新しい人生を始めるのは勇気がいるし、不安もある。でも、せっかくなら違った人生を経験するのもいいんじゃないか。

 「このまま一本道の人生でいいだろうか」と迷う人、いままさに新しい人生の扉を開こうとしている人。そんなとき、歌詞の意味を味わいながら聴くジャズはあなたの心に染みるはず。一人グラスを傾けながら、過去、現在、未来と流れ続く人生に思いを巡らせてもらえるジャズボーカルの楽曲を訳詞とともに紹介しよう。

 本文中で紹介する訳詞は曲の一部にとどまる。曲全体の訳詞をお知りになりたい場合は、東エミのジャズ&洋楽訳詞集「Groovy Groovy 〜and all that jazz〜」を参照してほしい。

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Here’s To Life シャーリー・ホーン


シャーリー・ホーン


 ジャズに限らず歌の王道は“恋愛”だろう。ジャズボーカルの歌詞も例外ではなく、大まかに4つに分類するとそのうちの3つは恋する喜び、失恋の悲しみ、恋への妄想という、色事についてだ。では4つ目とは何か? それはまさに“人生”をテーマにしたもので、アメリカの偉大なる歌手、フランク・シナトラでお馴染みの「My Way」がそれに該当すると言ったらお分かりいただけるだろう。

 ここで紹介する「Here’s To Life」。「人生に乾杯」というタイトルから想像できるように、生きてきた自分の軌跡を振り返りそれを肯定した歌詞が綴られている。

人生に不満もなければ、後悔もしていない
いまだ私は夢を追い求め、そしてそれに賭けることを誇りに思っている

 静かに始まる出だし8小節の歌詞から伝わるのは、この先も続く人生をまだまだ謳歌したいと願う主人公の直球な思いだ。続く下記の後半部分も読んでいただきたい。

去りし日に確かな答えは見つけられない
明日という日に何がもたらされ何を失うかなど、誰も知る由はない
だから人生というゲームが続く限り、私は笑い、楽しみ、愛に生きたい

 これまで様々な経験をし、残りの人生をどう生きるかの答えを自ら見い出した思いが感じられる。若輩者の単なる未来への希望とはわけが違う。

 人の道を説く歌詞は、歌い手を選ぶ。だからこそ“語り手”であるシャーリー・ホーンShirley Hornのジャズボーカルで聴いてほしい。20代のうちに帝王マイルス・デイビスに見出され、ジャズ評論家たちから高い評価を得るも大きな成功を掴めなかった彼女。50代半ばになってこの「Here’s To Life」に出会い大ヒットし、彼女の代表曲となるとともにその名を不動のものとしたのだ。憂いを帯びるも温かな彼女の歌声は、人生のリセットをしたいとき心にそっと寄り添ってくれるに違いない。

※「Here’s To Life」全訳はこちら

Nature Boy エラ・フィッツジェラルド

ある少年がいました。とても不思議な魅力を持った少年でした
少し恥ずかしがり屋で悲しい目をした、けれど、たいそう賢い少年でした


エラ・フィッツジェラルド&ジョー・パス


 これは何かの童話のくだりではない。1947(昭和22)年にアメリカの作詞作曲家、エデン・アーベが生み出した「Nature Boy」の歌詞の冒頭部だ。印象派の絵画のような美しいメロディとあいまって、聴く人の中に眠る童心をやさしく呼び起こしてくれる。

ある日、不思議なことが起こりました。私の人生に彼があらわれたのです
私たちはいろいろな話をしました。愚か者のことや、偉い人たちのこと・・・

 作者エデンは、自然への回帰を提唱し放浪の旅を続けた人物。その生き様から、1960年代後半に起った社会現象、ヒッピーの先駆者とも言われている。歌詞の最後が実に深い。

そして彼は、私にこう言い残しました
「まずは自分から愛を与えることさ。そうすれば愛はかえってくる
それが人間が学ぶべき最も大切なことなんだ」と・・・

 真理をついたエデンの歌詞はある種バイブルだ。そしてこの曲はジャズボーカルの巨匠エラ・フィッツジェラルドElla Fitzgeraldの、還暦を目前にしたときの録音で味わってほしい。静かで落ち着いた歌声は、母親が寝る前に読み聞かせをしてくれた童話のように心地が良い。

※「Nature Boy」全訳はこちら

Smile ナット・キング・コール

 ジャズスタンダードは日本のテレビCMでよく使用される。メロディの爽やかさと題名から連想できる明るさが選曲の鍵になるのだろう。ここで紹介する「Smile」もまたテレビでよく耳にする一曲だが、この歌に関して言えばその醍醐味は歌詞にある。

たとえ涙が今にもこぼれそうでも、そんな時だからこそ笑顔を絶やさず
ほら笑って、泣いてどうするの?
笑顔でいれば“人生、まだ捨てたもんじゃない”と思う時が来るから・・・


ナット・キング・コール


 ことわざ「笑う門には福来る」と同じ教えが歌詞に組み込まれているのだ。ジャズボーカルの歌にはこうした人生の指南書的ものが少なくない。馴染みある名曲も歌詞をじっくり味わうことで深みを増して聴くことができる。人生を見つめ直すとき、新たな扉を開くとき、そっと背中を押してくれるジャズがすぐそばで流れていることを知ってほしい。

 さて、この傑作をどのアーティストで堪能するかだが、やはり元祖の歌声、ナット・キング・コールNat King Coleをお薦めする。包容力ある喉の響き美しい“ナッキンコール”は唯一無二だ。最後に、人が生きるうえで笑い、喜ぶことが重要だと教示するこの「Smile」を作曲したのは、あの喜劇王チャーリー・チャップリンであることを付記しておく。

※「Smile」全訳はこちら

Rainy Days And Mondays アン・バートン


アン・バートン


 1970年代になると、多くのジャズボーカルはスタンダード曲に加え、当時の流行歌も歌うようになった。ただ彼らの手にかかるとポップスもジャズになる。それは歌詞を独自の世界観で“語る”からだ。これこそがジャズボーカルの真骨頂であり虜になる部分と言っていい。

 ここで紹介するアン・バートンAnn Burtonはオランダ出身のジャズボーカルで、アメリカのシンガーのような派手さはないが、ていねいに歌詞を伝えるそのスタイルはどの曲も趣きあるものにする。カーペンターズの大ヒット曲、邦題「雨の日と月曜日は」も彼女の語りで聴くと、カーペンターズのそれとの違いに驚きを覚えるだろう。

独り言をつぶやいては 歳を取ったなって感じる
時には投げ出してしまいたくなる
何かどうにもしっくりこなくて
雨の日と月曜日はいつも私を憂うつにする・・・

 アン・バートンはこのラブソングを人生の陰陽の法則の歌へと変化させているようだ。つまり雨が降るからこそ晴れた日には花が開き、悲しみや不安があるからこそ人の温かみや愛を感じられるというように。人生には雨の日や孤独の月曜日も必要なのだと、深い気づきを与えてくれる。ぜひジャズボーカルの真価をポップス曲でも味わってほしい。

※「雨の日と月曜日は」全訳はこちら

つづき(残りの4曲)はこちら
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52848

筆者:東 エミ