「恋愛弱者」同士の恋と結婚は…(イラスト:堀江篤史)

神奈川県内にあるターミナル駅に来ている。インタビュー場所として駅前の明るい雰囲気のカフェを指定してくれたのは、都内のIT企業に勤める森岡光代さん(仮名、41歳)。3年前に結婚し、現在は産休中でこの記事が公開される頃には子どもが生まれている予定だ。

光代さんは女子大を卒業後、非正規雇用で3社ほど転々とした経歴がある。現在の会社に正社員として入ることができたのは7年前だ。結婚して温かい家庭を作りたいと若い頃から思っていた。しかし、30代半ばまでは仕事も生活も落ち着かず、気になる人がいてもデートの先には進めない「恋愛弱者」だったと振り返る。

「恋愛に慣れている感じの男性はちょっと怖いと思ってしまうので、私が好きになるのはいわゆる草食男子です。好きになった人には自分から告白していました。でも、相手に嫌われない形で気持ちを伝えられないのです。タイミングがわからず、別れ際の駅構内で公衆の面前で告白しちゃったり……」

36歳で訪れたチャンス


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仕事で分析を業務としている光代さん。パソコンゲームを自作するほどの「オタク」である自分はモテるタイプではない、合コンや紹介ではなく趣味の場で男性と出会ってゆっくりと愛情を深めるしかない、と自己分析していた。結婚してからも趣味に理解があることは必須だし、できればアニメ、マンガ、ゲームなどが好きな男性がいい。ゲーム会社主催のイベントやSNSのオフ会には積極的に参加していた。

36歳のとき、光代さんにチャンスが訪れる。高校時代の文化系部活仲間の集まりに、3歳年下の後輩男性がやってきたのだ。

「映画研究会と漫画研究会とコンピュータ研究会が共存しているような部活でした。社会人になってからもときどき集まってボードゲームを楽しんだりしています。学年の違う彼とは面識がありませんでしたが、mixi日記を読んで『感じのいい日記やコメントを書く人だな』と好意を持っていました。思いやりやウィットが感じられる文章なんです」

夫である優一さん(仮名)は人見知りを自認しているが、光代さんはそのようには見なかった。優一さんは自動車関連企業で設計の仕事をしており、顧客との打ち合わせなどで鍛えられたコミュニケーション能力があるようだ。ただし、若い頃に女性に告白して返事すらもらえず、共通のグループとも疎遠になってしまった経験などがあり、「誰かに告白をして玉砕して傷つくのが嫌」という気持ちが強かった。

ともに奥手の2人が距離を縮めることができたのは、優一さんの特技である料理だった。出会って1年後に、ボードゲーム仲間でお花見をすることになり、優一さんは揚げ物やライスボールを作って持ってきたのだ。

「後から聞いたところによると、私がいちばんおいしそうに食べていたそうです(笑)。私が持っていった料理も彼がよく食べてくれていてうれしかったのを覚えています」

余談になるが、晩婚さん取材をしていると「食の好み」の一致を強調する人が少なくない。結婚とは生活であり、同じ食卓を囲むことである。食事の価値観が近い相手のほうが喜びを共有しやすい。小さなケンカをしても、おいしいものを一緒に食べているうちに仲直りすることもある。

「バースデーケーキ」を手作りするという賭け

お花見の翌月、優一さんは勝負に出る。再びボードゲームの集まりがある日は、光代さんの誕生日直後だと知ったのだ。バースデーケーキを手作りして持っていくことに決めた。「ドン引きされたらどうしよう」という不安もよぎったが、光代さんの優しいキャラクターならば笑ってもらえるはずだと覚悟を決めた。

「好きな人には自分から告白する」気概を持つ光代さんが、草食男子からのアプローチを見逃すはずはない。すかさず優一さんにお礼のメッセージを送り、「お返しをしたいから一緒に買い物に行きませんか?」と誘った。

買い物のついでに鎌倉にも行くことになり、丸1日を2人きりで過ごした。趣味がほぼ同じで、食事の好みも似ていることはすでにわかっている。光代さんがもう1つだけ確認したかったのは、家族に対する考え方だ。

「私の家族は現代では珍しいぐらい絆が強いんです。お盆だけでなく、春と秋のお彼岸にもお墓参りを欠かしません。きょうだい仲もいいし、両親のことは尊敬しています。そんな家族とのつながりを『重い』と思われたらしんどいです」

その心配は杞憂に終わった。鎌倉であじさいを見ながら、優一さんは家族への想いをいろいろ話してくれた。会社の経営者として長く単身赴任をしながらも家族を守ってくれた父親を尊敬していること、母親を助けるために家事を手伝ってきたこと。

「家族に対して私と同じような感覚を持っている人なので信頼できると思いました」

交際が始まってからの展開は早かった。約3カ月後には優一さんのほうからプロポーズがあり、その半年後には入籍して結婚式を挙げた。光代さんは「10年前に彼と出会いたかった。でも、10年前だったら結婚どころかお付き合いも続いていない」と分析する。

「結婚する前、会う約束をしていたのに私の仕事が終わらず、でも彼に会いたくて、深夜2時ぐらいに彼が一人暮らしをしているマンションにタクシーで行ってしまったことがあります。合鍵をもらっていたので、勝手に入って彼の隣で寝ました。翌朝、彼はすごくびっくりしていました。なんでいるの?って。当然ですよね。

ほかにも、用を足した後にトイレを詰まらせてしまったり、お酒を飲んだ後に彼の自家用車に乗せてもらったら気持ち悪くなって座席にリバースしてしまったり……。若い頃だったら確実に振られていたはずです」

自分のことは自分でできる優一さんは、10年以上の社会人生活で貯蓄もあり、精神的にも経済面でもゆとりがあった。光代さんがやらかしてしまう小さな失敗を落ち着いて受けとめ、フォローし、面白がることができる。

3歳下の夫に「楽をさせてもらっている」

結婚してからも、光代さんは3歳年下の優一さんに「楽をさせてもらっている」と感じ続けている。楽天的だけどうっかり者だと自覚している光代さんとは対照的に、優一さんは几帳面なしっかり者なのだ。

「料理も掃除も洗濯も主人のほうが明らかにスキルが高いんです。何でもパパッとやってくれちゃいます。結婚した当時は、通勤に2時間ぐらいかかる私は帰宅するのが夜10時ごろでした。車通勤の彼は早ければ8時には帰ってくるので、平日も彼が料理を作って私を待ってくれているのが申し訳なくて……。会社に申請して、残業なしの勤務体制に変更してもらいました」

結婚して1年目には妊娠をしたが、流産をしてしまう。年齢的に最後だと思っていたのですごく悲しく、優一さんには「もう授からないと思う」と伝えた。彼は「2人で生きていけばいいじゃないか」と言ってくれた。光代さんは不妊治療を受けるつもりはなかった。

「治療が大変すぎて、夫婦関係がおかしくなってしまうケースもあると聞いたからです。私は子どもよりも主人のほうが大事なので、自然に任せるしかないと思っていました」

幸いなことに、昨年に光代さんは再び妊娠することができ、経過は順調だ。しかし、心配事がなくなったわけではない。産休明けにどのように働いていくのか。通勤時間の長さを考えると、時短勤務でも子育てと両立するのは難しいと感じている。

「私のキャリアはここで終わり…」


「自宅作業ができる業務委託になると、仕事内容は変わらないのに給料が半分以下になってしまいます。それでは自宅近くのスーパーでパートをするのと変わりません。

私の産休中に会社の制度が進み、正社員の在宅勤務も許されるようになるといいな、と妄想しています。でも、現実的ではありません。仕事は楽しかったけれど、残念ながら私のキャリアはここで終わりなのだと思っています」

ボードゲームが縁で知り合った2人。今は、「家庭生活」という名のゲームを一緒に楽しんでいるとも言える。勝ち負けを競うのではなく、喜びも悲しみも分かち合って支え合うことでそれぞれの人生が高まるという不思議なルールだ。どちらかが立ち止まって休んでいる間に、もう一人が張り切って進んでも構わない。いつか死が2人を分かつまで、味わい深く穏やかなゲームは続く。