化学兵器が使用された疑いがあるシリア東グータ地区にある病院で手当てを受ける子ども(写真:White Helmets/Handout via REUTERS)

米国やロシアなどによる介入で複雑化するシリア内戦で、再び化学兵器使用疑惑が浮上した。非難の矛先はアサド政権に向けられている。長期化する内戦での化学兵器の使用はすでに数十回に上る。その多くがアサド政権による仕業とされるが、タブーとも言える化学兵器の投下はもはや常態化している。

それはなぜなのか。ロシアを後ろ盾とするアサド大統領は、欧米とロシアの対立で国連安保理が機能不全状態なのを見透かしているためだ。ダマスカス近郊の反体制派支配地域・東グータ地区で事件が起きたのは今月7日。ほぼ1年前には、米トランプ政権がアサド政権による化学兵器使用を断定し、シリアに巡航ミサイル「トマホーク」59発を撃ち込んだ。

トランプ政権を「挑発」するアサド政権

だが、ロシアやイランの軍事支援を得て反体制派を圧倒するアサド政権は、その後も攻勢を続行。前回の空爆でもアサド政権優位の内戦の構図は揺るがなかった。今回の化学兵器使用もアサド政権の仕業とすれば、トランプ政権を挑発した形だ。
 
「米国ファースト」のトランプ大統領は、シリアから米軍を撤収させる方針を示しており、アサド政権の崩壊につながるような大規模な軍事攻撃は考えにくい。アサド政権はこうした国際社会の対立や、トランプ大統領の外交姿勢を見逃さず、反体制派の戦意を喪失させるのに効果的な化学兵器を多用している可能性がある。今後の焦点は、さらなる化学兵器使用の抑止につながる、昨年4月以上の大規模な軍事攻撃に米国が踏み切るかどうかだ。

まず、シリア内戦の構図を振り返っておこう。2011年の民衆蜂起「アラブの春」に端を発したシリアの反体制運動で、アサド政権が反体制デモを武力弾圧したことで内戦に転じた。アサド政権は一時的に窮地に陥ったが、イランやロシア、レバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラなどの軍事支援を得て、政権の存続を確実にした。

化学兵器使用疑惑が起きた東グータ地区は、首都ダマスカス近郊に残った反体制派最後の主要拠点。政権側の猛攻で唯一抵抗を続けていた反体制派「イスラム軍」も8日、政権側とのシリア北部への撤退合意を余儀なくされた。

シリア内戦は、米国とロシアによる中東での覇権争いや、イスラム教スンニ派の盟主を自任するサウジアラビアとシーア派の大国イランの宗派間抗争が波及して複雑化した。シリアと同盟関係にあるイランや、シリアを中東の橋頭堡とするロシアがアサド政権を軍事的にテコ入れする一方、サウジやトルコが反体制派を援護した。ところが、ロシアの圧倒的な軍事力でアサド政権の存続が確実となり、サウジやトルコはアサド政権打倒の目標を取り下げた形となっている。

一見複雑に見えるシリア内戦だが、周辺国の目下の関心は自国の安全保障への影響だ。少数民族クルド人の分離独立問題を抱えるトルコは、シリア北部のクルド人武装勢力の影響力が大きくなることを危惧し、1月にシリア北部のクルド人居住地域のアフリン周辺に軍事侵攻した。

アサド政権存続に伴うイランの影響力拡大を警戒するサウジは、反体制派を通じた軍事圧力という政策を事実上転換。ロシアとの関係強化を通じてシリアでのイランの影響力をそぐ外交工作に軸足を移している。

化学兵器使用はもはやレッドラインではない

一方、シリアと国境を接するイスラエルも、アサド政権崩壊に伴う混乱は望まず、宿敵イランや、交戦状態にあるヒズボラがシリアで軍事的に増強しないようシリアへの空爆を繰り返している。化学兵器使用疑惑後の9日にシリア中部ホムス郊外の軍事基地が空爆され、米国の「報復攻撃」との憶測も流れたが、イランやヒズボラに関連してイスラエル軍がレバノン領空から行ったミサイル攻撃だったことが判明した。


このように、シリアのアサド政権を崩壊させようと動く国際社会のプレーヤーは存在しない。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは、シリア内戦で塩素ガスを使った攻撃を含めて85回に及ぶ化学兵器の使用があったとしており、大半がアサド政権によるものとされている。アサド政権は、結束できない国際社会の足元を見透かし、化学兵器の使用はもはや「レッドライン」(越えてはならない一線)ではないと認識している可能性が高い。

イスラエル紙ハーレツは分析記事で、米国やイスラエルなどの情報機関は24時間態勢でシリア情勢を監視しており、使用された兵器の種類や、武器庫から運搬する車両の動き、爆弾を投下する戦闘機の飛行パターンを把握していると解説。将来的にアサド大統領が裁判にかけられるなら、(戦争犯罪の)証拠はすでに集められているものの、西側諸国やイスラエルがそれに対して行動を起こさなかったことも明白になるため、証拠は今後数十年にわたって公表されることはないだろうと指摘している。

なぜ、アサド政権は国際社会の強い非難を受ける化学兵器に頼るのか。核兵器に比べて開発が容易で製造費用も少ない化学兵器は「貧者の核兵器」と呼ばれる。被害者に多大の苦痛を与えるサリンなどの化学兵器は、反体制派やそれを支える市民の戦意を挫き、効果は絶大だ。ロシアやイランの軍事支援に依存するアサド政権にとっては、自前で調達できる効率的な兵器と位置付けられる。

アサド政権は化学兵器使用の疑惑が浮上した後の2013年9月、化学兵器禁止機関(OPCW)に保有化学兵器約1300トンの全量引き渡しに応じている。だが、その後もアサド政権が使用したとみられる化学兵器による被害が相次いでおり、サリンなどを隠匿していたか、再び製造能力を獲得した可能性がある。

国連安全保障理事会・北朝鮮制裁委員会の専門家パネルは2月、北朝鮮のミサイルや化学兵器に関連するとみられる技術者グループがシリアを訪問したり、化学兵器開発に転用可能な部材を輸出したりしていたことが判明したとの報告書をまとめている。

それによると、2012年から2017年にかけ、軍事開発に関係するシリア政府関連企業への北朝鮮からの40 件以上の未報告の輸出が確認された。具体的には、北朝鮮からシリアに輸出が阻止されたコンテナ13 個の中には、化学兵器開発に転用可能な耐酸性タイルやステンレスパイプ、バルブなどが積載されていた。

米軍のミサイル駆逐艦が地中海に展開中

このような疑惑が浮上したのを受け、米国のヘイリー国連大使は「化学兵器や非人道的な辛苦によって自らの意思を押し通そうとする国家、特に非合法なシリアの政権に対し、必要があれば行動する用意があると警告する」と、3月時点でシリアを名指しで非難していた。トランプ大統領も今回の化学兵器使用疑惑後の8日、「代償は高くつく」と警告している。

アサド政権にトランプ大統領はどう対応するのか。米紙ニューヨーク・タイムズは10日、トランプ米政権が昨年4月の武力行使より大規模な軍事攻撃を検討していると報じた。さらなる化学兵器の使用を抑止するために大規模なシリア空爆に踏み切る可能性があるという。米軍のミサイル駆逐艦「ドナルド・クック」が地中海に展開中で、大規模なミサイル攻撃を実施する態勢が整いつつある。

米国が再び対シリア攻撃に踏み切るかどうかは、米政権内の人事も影響しそうだ。大統領補佐官(国家安全保障担当)に、対外強硬派とされるボルトン元国連大使が9日に就任しており、軍事的な選択肢をトランプ大統領に進言した可能性がある。

さらに、史上初の米朝首脳会談を控え、対シリアで強硬な対応を取るなら、北朝鮮に対しても安易な妥協は行わないとのメッセージを送ることになる。もっとも、対シリア攻撃が実施されても、アサド政権の存続というシリア内戦の構図が変わる可能性は小さいだろう。