ノラ・ミラーさんはマラソン大会を5回も完走したほどの熱心なベテランランナー。ところが、2014年の夏、アキレス腱を痛めてしまいました。

当時42歳、ウィスコンシン大学ミルウォーキー校で運動生理学の研究員をしていたミラーさん。「そのうちよくなるだろう」と痛くても我慢。いつもの運動を続けていましたが、アキレス腱の炎症はひどくなるばかり。思うように走れず、なかなか治らなくてイライラしました。「また走りたくてしかたがなかった」(ミラーさん)。

同じ健康科学部の同僚で生物医学教授のジャニス・イールズさんにその話をしたところ、提案されたのが、ライトセラピー(光療法)です

アキレス腱に光を当てて治る

ライトセラピーは、手で持つタイプの器具で1日90秒間、4日に3回のペースで赤色の光をアキレス腱に当てるというもの。「ライトセラピーを始めようと決めてから12時間後にはPRP注射を受ける予定でしたが、キャンセルしました。ジャニスから光療法の研究について話を聞いて、その熱意がわかったので、試してみようかと思ったからです」とミラーさん。

その器具を使い始め、物理療法にも通って2カ月後、ミラーさんはジョギングを取り入れたウオーキングプログラムを始めるほど回復。10月になる頃には6回目のマラソン大会に参加して、とうとうボストンマラソンにエントリーする資格を取るまでに。「もう痛みはありません。ケガをする前とまったく変わらずに走れています」(ミラーさん)。ミラーさんの体験は、赤色光・近赤外線療法の研究結果と一致しているとイールズさん。

今、いろいろな治療に使えるのではないかと、急速に注目を集めている分野になっています。研究によると、人の目には見えない近赤外線は、ミラーさんのようにさまざまなタイプの炎症だけでなく、心臓の病気や多発性硬化症、頭のケガ、それに認知症にまで効果がありそうなのです。

しかも、この治療には、身体への毒性がないのがメリット。「研究によると、光療法は全身に効果があり、重い病気の人でも生活の質を飛躍的に改善。光療法はほかの治療法よりずっと穏やか」と、ボストン大学医学部の神経学教授で、脳のケガを専門にするマーガレット・ネーザーさん。

痛みをやわらげる

大昔に治療に使われていた太陽の光。それが1960年代、ハンガリーの医学研究者、エンドレ・メスターが初めて人工的な光にも治す力があることを動物実験で証明したのです。皮膚の切り傷に低出力のレーザー光を当てると、治りが早くなったというもの。

その後、さまざまな波長ごとに光の効果を調べる研究が開始。同じ光のなかでも、特に青色光と紫外線は、ニキビや湿疹、乾せんなどの皮膚疾患を軽くするために数十年にわたって使われてきました。一方で、赤色光と近赤外線のあたりの長い波長は皮膚のしたまで届き、辛い炎症を止めるのに役立てられます。

傷の治りを早く

イールズさんのチームは、近赤外線で炎症を治療する研究に重点を置いていました。脊髄に損傷を受けて軍を退役してから床ずれに悩まされている人の研究もそのひとつ。病気になったりケガをしたりすると、悪いところに白血球が集まって炎症を起こします。「なかなか治らない傷は、この炎症の段階にハマってしまっている」とイールズさん。

考えたのは、身体の防御システムを光でリセットすると、炎症段階から抜け出せるのでは? ということ。

そこで研究では、4週間、傷が感染しないように清潔に保ちつつ、一部の人だけで傷に赤色光を90秒間当てる治療法を1週間に3回実施。その後、傷の治り具合を比べると、光療法を受けた人は受けなかった人の2.5倍治りが早かったのです。

イールズさんの研究では、ケガや病気で免疫反応が起こったときに、赤色光と近赤外線はミトコンドリアの働きをリセットして正常に働くようにすると結論。

さらに、赤色光と近赤外線は、治りを早くする抗炎症たんぱく質を細胞で生産。遺伝子のスイッチをオンにするような働きもあると見られました。

「光療法は、たとえば腱鞘炎や肉離れを起こした人、傷の治りが遅い人などで効果的。決まった波長の光で傷を再生させるんです」と、コロラド大学デンバー校で家庭医学の臨床助教授を務めるフレッド・グローバーさん。グローバーさんは発光ダイオード(LED)を使った光療法を実践しています。

光療法

ケガや病気軽くするために使われている8種類の光を、スペクトルの波長順に紹介します。

紫外線A波(UVA)
ひどい湿疹に最も効果的な光と研究で証明されました。

ナローバンド紫外線B波(UVB)
乾癬や白斑などの炎症性の皮膚病に有益。

全波長
全波長のライトボックス(紫外線を除く)は、季節性の感情障害に効果が期待されています。

青色光
抗生物質が効かない黄色ブドウ球菌を効果的にやっつけると研究で証明されました。

青色光の光線力学療法
がんに進むおそれのある皮膚の病変、日光角化症を治療。

黄色光
皮膚の赤みを軽くし、赤ら顔になる“酒さ”に効果が期待されています。

赤色光
慢性痛の治療にFDA(米国食品医薬品局)が承認済み。傷の治りを助ける効果が期待されています。

近赤外線
皮膚に浸透して脳のケガ、慢性的炎症、認知症などに効果があると研究で証明されました。

がんや薬の効かない細菌と闘う

医学研究の世界を賑わせているのは赤色光と近赤外線だけではありません。青色光も、薬の効かない細菌“スーパーバグ”とがん細胞をやっつける強力な効果が期待されています。

青い光は、抗菌薬が効かない細菌、黄色ブドウ球菌を含め、感染症を治す可能性が出てきています。まだ研究が必要な段階ではあるのですが、2009年に『フォトメディシン・アンド・レーザー・サージェリー』誌に報告された研究によると、薬の効かない黄色ブドウ球菌2タイプに青い光を1回当てただけで、92%が死滅する結果が出てきています。

「感染を引き起こす分子を青色光が弱めているのでは」とウィスコンシン大学ミルウォーキー校の生物医学教授、ジェリ・アン・ライオンズさん。青色光を1回浴びただけでは死なないしつこい細菌のかたまりを一掃する研究を継続中しているのが同じ大学の元健康科学部長、チュクカ・S・エンベメッカさん。この大学では、青色光を使った感染症の治療法で国からの承認を目指しています。

青色光のメカニズム

がんとの闘いでも武器になるかもしれないのが青色光。

血管に青色光を当てると、窒素酸化物と呼ばれる物質が増えて、血管がリラックスするのです。すると、酸素が足りなくなっていた器官や組織に酸素が運ばれるだけでなく、薬の効果も強くできると研究で証明されました。

光線力学療法(PDT)と呼ばれる治療では青色光が大活躍。がん細胞のミトコンドリアのなかで巨大になるポルフィリンを光で活性化して、がん細胞を絶滅させる治療です。「ポルフィリンはとても大きいので、かろうじて見えるほどの光でさえ、十分に吸収するんです」とクリーブランド・クリニックの皮膚科医、エドワード・メイティンさん。PDTは現在、皮膚ガンの治療に使われています。PDTは周りの健康な組織には影響しない無害な光を使うもの。光を当てる長さは普通、15分から20分ほどです。

メイティンさんによると、この光は、がんになる前の病変も70%から80%取り除き、医師にも見えないがんの進行を止められるそう。

脳にも効果

光療法は脳にも利用できそうです。オタワに住むルディ・トルーボーストさんは電気技師で時計職人でしたが、82歳のころから言葉が不自由に。母国語のオランダ語が戻ってきて英語が話せなくなり混乱。動揺していたトルーボーストさんは、2013年にアルツハイマー病と診断されました(兄弟姉妹と父親もそうでした)。

その後、娘のリズさんは、健康エキスポに出席したときに、ヴィーライト(Vielight)という近赤外線機器のことを知りました。トルーボーストさんは数カ月間、1日25分間その機器を使い、認知機能が劇的に改善。また英語で話せるようになり、Eメールも送れるし、人と目を合わせていられるようになったといいます。

脳の奥に近赤外線の効果

「近赤外線は骨を通過して脳の奥まで届くようです」とグローバーさん。

近赤外線が赤血球を照らすと、窒素酸化物という成分が放出。縮んだり損傷したりしていた小血管が開いて、血液の流れが良好に。

近赤外線は新しい毛細血管や神経を作る働きも刺激すると考えられています。「太陽の光を浴びて木が枝を伸ばすのと同じ」(グローバーさん)。

最近報告された研究では、認知症または軽度認知障害の19人に、光療法またはプラセボ治療を12週間試験。その後4週間は治療を休止しました。すると3カ月後、治療を受けた人は症状が軽くなり、よく眠れるようになって怒りの発作や不安も少なくなったという結果が。

脳の損傷でも同じ効果が出ています。ボストン大学の2014年の研究では、軽度の脳のケガを負った人の頭皮に、1週間に3回、1回30分間、赤色光と近赤外線を実施。治療の期間は6週間です。

この治療で認知機能と記憶力がよくなり、はっきり考える力と日常生活を送るための能力が改善。18回の治療で、睡眠やPTSDの症状も改善するとわかりました

「参加者のひとり、金融会社の副社長だった患者は車の事故で脳を損傷。5年間も自分のお金を管理できずにいましたが、LEDを頭に当てる治療の後、またできるように。工場でケガを負った男性参加者は、事故から2年間毎晩悪夢にうなされる日々。しかし、LED治療3週間で、悪夢が止まりました」(ネーザーさん)。

希望の光は実現する?

このように着々と進歩はしていますが、光療法の研究はまだ始まったばかり。

この分野の専門家も研究も少なく、大手医薬品会社の支援がなければ資金も限られています。用量も問題。紫外線の危険性はよく知られていますし、青色光、赤色光、近赤外線を長時間使った場合に危険があるかどうかまだ十分に研究されていません。「今のところ、ある症状にはどの波長の光が一番よいか、そして当て方はどうすればよいか、知識に基づいて推測している」(イールズさん)という現状もあります。

こうした装置の承認を行う米国医薬食品局(FDA)は、赤色光と近赤外線の低出力レーザーを痛み(手根管症候群のような)の治療に、また高出力レーザーを乾癬のような皮膚病の治療に承認しています。

しかし、アルツハイマー病、PTSD、外傷性脳損傷、脳卒中、傷の治療にはまだ承認していません。それでも、光療法の業界には活気が。コールドレーザー機器、赤外線サウナ、ヒートランプなどがさまざまな症状の治療効果を上げるために使われています。

「光はだれでも利用できます。赤色光と近赤外線がどのような症状に効果があるのか、まだすべてが科学的に解明されたわけではありませんが、なかでも糖尿病性の潰瘍と脳卒中の後遺症や他の脳の障害については、5年以内に治療に使われる」とネーザーさん。

LED治療器なら、やり方を覚えれば家庭でできるという利点も。この先、治療はスイッチを入れるだけ、という日が来るかもしれません。

Amy Paturel / Could Light Therapy Be The Solution To Your Chronic Pain And Inflammation? Plus, how red and near-infrared technology could treat brain injuries, superbugs, and even cancer.

訳/STELLA MEDIX Ltd.