糖質制限などの「論争」を見るときには「エビデンス」の有無に注意すべきだという(写真:spinka / iStock)

『週刊新潮』4月5日号で「糖質制限で『老化する』『寿命が縮まる』」という特集が組まれた。これに対し、『江部康二の糖質制限革命』の著者であり糖質制限食の第一人者である江部康二氏が、東洋経済オンラインで反論した(糖質制限「老化説」が抱える根本的な大問題)。同誌は、4月12日号「『糖質制限』の『がん』『認知症』リスク」で、再反論している。
では、どちらの主張が正しいのだろうか。医学の専門家ではない私たち一般人には、ちょっとわからないのが正直なところ。
でも、「医学的な主張が正しいかどうかは、エビデンスの有無で決まるのです」と江部氏は語る。どうやら、素人目には同じように正しそうに見えても、まったく根拠のない話が、世の中に出回っている主張には混じっているようなのだ。では、エビデンスとは何か。非科学的なおかしな話に惑わされて健康被害を受ける人が出ないようにと、江部氏が再び語る。

医学的に正しいとはどういうことか

まず、間違ってはいけないのは、医学は科学だということです。科学的な根拠のない主張や治療法は当然、「正しくない」わけですね。

でも、科学的ならば何でも医学的に正しいかと言うと、そうではありません。たとえば、『週刊新潮』さんが記事の根拠にしている「マウスに糖質制限食を与えると老化した」という結果は、マウスという動物に関する科学としては「正しい」かもしれませんし、価値も認められる可能性がありますが、ヒトにおいては決してエビデンスにはならないわけです。

医学においてヒトのエビデンスとして認められるのはヒトの研究だけということが、基本ルールなのです。

ここに誤解のタネがあります。

「医学研究としてマウスを使った動物実験が普通に行われているじゃないか。あれを正しくないと言うのか」

そう反論する人がいるからです。しかし、動物実験は、医学的にはあくまでも参考としての意味で行われていて、その結論をヒトについてそのまま当てはめることはしません。

では、なぜ、人間の病気や健康についての結論を得られないのに、動物実験をするのでしょうか。

その理由は、一定のリスクがありうるような実験をヒトに行うことはできないからです。そこで、人間の代わりとなるマウスやサルなどを使って実験するわけですが、得られた結論は「マウスについてはこうだった」「サルについてはこうだった」というだけの意味しかなく、「人間についても同じことが起こる」と認められたわけではないのです。

もちろん、動物実験の結果が医学の進歩のために貴重な参考データとなることもありますし、その研究論文が一流の科学誌や医学誌に掲載されることもあります。

しかし、動物実験の論文が一流誌に掲載されているのは「結論が人間の病気や健康についても事実として認められる」として尊重されているからではなく、「人間の病気や健康を考える際の参考にする」ための価値を認められているにすぎないのです。

この点を誤解してはならないと思います。

つまり、人間の病気と健康に関する科学である医学としての「正しさ」と、別の科学である動物学や獣医学、畜産学などの「正しさ」とは、きちんと分けて考えなければならないということです。

もちろん、私たち人間の病気や健康について意味があるのは、あくまでも人間の科学である医学としての「正しさ」のほうです。

ちなみに、医学としての科学的根拠のことを、医学界では「エビデンス」と呼んでいます。

もし、ヒトの健康や病気について正しい主張をするのなら、その主張にはエビデンスが必要です。エビデンスがないと、その主張は「科学的な根拠がない」もしくは「ヒトに当てはまる事実ではない」と見なされるのが、医学界の基本ルールであり、同時に、科学的な判断でもあるからです。

私もエビデンスに言及した後、いわば「余談」として自分の体験談を書くことはありますが、それと「体験談が根拠のすべて」とでは、根本的に違うのです。

動物実験や医師の体験談はエビデンスではない

エビデンスと認められるのは、医学専門誌に論文が掲載された研究ですが、先ほども述べたように、動物実験の場合は医学専門誌に論文が掲載されていてもエビデンスとは認められないのが医学界の基本的なルールです。

たとえば、日本の医学界で健康的な食事の基準としている厚生労働省の「食事摂取基準」には、根拠とするエビデンスとして論文が数々引用されていますが、動物実験の論文は一切含まれていません。動物実験がヒトのエビデンスとならないことは、世界の医学会の共通ルールです。

「マウスに糖質制限食を与えると老化が見られた」と結論付けたのは東北大学大学院・農学研究科のグループで、医学とは別の領域の研究者ですから、あるいは動物実験がヒトのエビデンスとはならないという医学界の基本的なルールをご存じなかったのかもしれません。

けれど、医師ならば当然、エビデンスの意味も、動物実験がヒトのエビデンスとならないこともご存じのはずです。

それなのに、この研究をあたかも医学的にもエビデンスがあるかのように紹介する医学関係者がおられるとしたら、不可解だとしか言いようがありません。

ほかにも、動物実験ではありませんが、エビデンスとは言いがたい事例を根拠にして、医学関係者が医学的な主張をされるケースがときどきあります。

たとえば、『週刊新潮』4月12日号誌の記事では、新潟大学医学部の岡田正彦名誉教授が「糖質制限を続けるとがんや動脈硬化が起こる」という発言をされていると読めますが、先生が本当にそう主張されているとすると、非常に不思議な話です。根拠となる論文が示されていないだけでなく、そんなエビデンスはないからです。

同様に、「糖質制限で脳梗塞になりかけた」という主張をしている医師や、「糖質制限で認知症になりやすくなる」という主張をしている医師もおられますが、どれもご自分の体験談や少数の経験例にすぎないものです。

このような体験談は、科学的な分析による結論ではありません。本当に、糖質制限のせいでそうした状態になったのか、それとも別の原因があるのか、キチンと科学的に検証された結論とは言えないものです。こうした体験談は単なる医師の印象にすぎず、もちろんエビデンスとは言えません。

医学界に身を置いておられるこうした方々が、ご自分の主張がエビデンスに基づいていないとご存じないはずはなく、なぜ、こんな非科学的な主張を平気でなさっているのか、理解に苦しみます。

こうした一部医師の個人的見解を目にしたとき、医学の専門家ではない一般の方々は、それが医学的に見て無根拠であることに気づかず、誤解して信じてしまう危険があります。

エビデンスを無視して、あたかも科学的事実であるかのように強引に主張するのは、医療関係者としてフェアではない態度と思われるのです。

危険説にエビデンスなし、有効説にエビデンスあり

医学界における科学的根拠であるエビデンスには信用度の違いがあり、エビデンスレベルと呼びます。エビデンスレベルは行われた研究の手法などによって判断されています。

たとえば、『糖尿病診療ガイドライン2016』には、医学界の常識に沿ったエビデンスレベルの基準が採用されているので、紹介します。

レベル1+
⇒質の高いランダム化比較試験(RCT)およびそれらのメタアナリシス(MA)/システマティックレビュー(SR)
レベル1
⇒それ以外のRCTおよびそれらのMA/SR
レベル2
⇒前向きコホート研究およびそれらのMA/SR、事前に定めたRCTサブ解析
レベル3
⇒非ランダム化比較試験、前後比較試験、後ろ向きコホート研究、ケースコントロール試験およびそれらのMA/SR、RCT後付けサブ解析
レベル4
⇒横断研究、症例集積

この基準の上部に記述したものほど信用度は高くなり、逆に上記の基準に含まれないものは、エビデンスとは見なされません。もちろん、すべてヒトの研究論文であり、動物実験研究論文はありません。

この基準に照らすと、週刊誌記事などにあった「糖質制限でがんになる」という主張には、エビデンスは皆無です。

また、「糖質制限で増えるケトン体は人体に危険」という認識が広まっていた時代がかつてありましたが、現在の研究ではその認識はほぼ否定されていて、逆に「ケトン体の値が高いと心臓・腎臓・脳に対する保護作用がある」と示唆するエビデンスレベルの高い研究が発表されています。

さらに、「糖質制限で認知症のリスクが高まる」というエビデンスはありませんが、逆に白米を多く食べる人(高糖質食)に認知症が多いという有名な「久山町研究」の報告があります。

また、糖質制限によってインスリンの分泌が減るとアルツハイマー病を起こす可能性があるという主張もありましたが、これにもエビデンスはありません。これもまた逆に、「インスリン過剰が、認知症の一つであるアルツハイマー病の大きなリスクとなる」と結論づける有力なエビデンスが複数あります。

たとえば、1999年に医学雑誌『神経学』に掲載された「ロッテルダム研究」によれば、高齢者糖尿病におけるアルツハイマー病の危険度は、糖尿病でない高齢者に比べて1.9倍であり、インスリン使用中の糖尿病患者では危険度は実に4.3倍と増加します。

糖質制限でインスリンを減らせれば、アルツハイマー病の危険度を減らせると考えられるわけです。

糖質制限の有効性を示すエビデンス

現在、糖質制限の効果については、エビデンスが多数あります。たとえば2015年12月の『ランセット』に掲載されたレベル1+の論文で「低脂肪食よりも糖質制限食のほうが減量効果は高い」と報告され、2008年7月の『ニューイングランドジャーナル』に掲載された、レベル1の「ダイレクト試験」では、減量効果とHbA1c改善効果が証明されています。

さらに、糖質制限食で糖尿病が改善した方々は、高雄病院入院患者さんだけでも約1300人います。

このように糖質制限食の有効性については、確固たるエビデンスが存在しており、一個人の体験談とは信頼度がまったく違うのです。

逆に、糖質制限とは反対である糖質が多い食事の危険性については、エビデンスレベル2の世界的に著名な研究(「上海コホート研究」など)が多数あるという事実を紹介し、皆様のご注意を促したいと思います。

これを裏づけるように、第56回日本糖尿病学会年次学術集会の報告によると、従来の糖尿病食(カロリー制限・高糖質食)が中心の日本では、糖尿病患者さんにおいて、年間で新たに以下の合併症が発症しているのです。

・糖尿病腎症からの人工透析が約16000人以上
・糖尿病網膜症からの失明が約3000人以上
・糖尿病足病変からの下肢切断が約3000人以上

高糖質食摂取による「食後高血糖」と「平均血糖変動幅増大」による酸化ストレスがこれらの合併症の元凶です。

糖質制限食なら、これらの酸化ストレスが生じないので、糖尿病合併症を防げる可能性が極めて高いのです。

10年以上ブログで関連情報を公開

なお、一般の方々が読むときの煩雑を避ける意味で詳述しませんでしたが、この記事で述べた私の主張の根拠となるエビデンスについては、私のブログ「ドクター江部の糖尿病徒然日記」で詳しくご説明しています(『週刊新潮』4月12日号に対する反論とともに4月7日に掲載)。このほかの糖質制限関連のエビデンスについても同ブログで説明していますし、医師向けの私の著書『糖尿病治療のための!糖質制限食パーフェクトガイド』でも示しています。


今回のマウス実験の件は特に「新事実」というほどのものではなく、先ほどご説明したように的外れな批判だと思いますが、これについてもブログで詳しく反論しておきました。そのほかのご批判についても、すでにブログでお答え済みのものばかりです。

2007年2月から始めたこのブログでは、かなり専門的な医学知識も公開してきました。糖質制限食におけるほとんどの論点を網羅していると自負しております。今後、糖質制限批判をされる方は、このブログに目を通してからにしていただければと思います。

私が糖質制限に関する書を初めて世に送り出してから13年以上が経ちますが、最近はもう、意味のあるご批判はほとんど出てこないというのが実感です。

今後、メディアなどに「批判」が出てきた場合も、私のブログ「ドクター江部の糖尿病徒然日記」で反論していくつもりです。ご興味のある方は、どうか、そちらのほうをご参照ください。