最近ロシアで人気急上昇中のベトナムのフォー。写真はフードコート内の店


 昔のアネクドート(ソ連ジョーク)に次のようなものがある。

 3人の紳士がレストランに入った。メニューを見てそれぞれがウェイトレスに注文する。

 最初の男は「私はビーフステーキにベイクトポテトをつけてもらおう」、次の男は「私は子牛のグリルにフライドポテトを」、そして最後の男は「私はカツレツにマッシュポテトだ」。

 3人の注文をメモしたウェイトレスは厨房に向かって叫ぶ。

 「肉とイモ、3人前!」

 これはソ連時代の物不足とサービスの悪さを揶揄したもので、さすがに今はそんなことはない。しかし、ロシアを訪問したことがない人を中心にいまだにこのような認識が根強くはびこっているのも事実。認識のギャップは大きい。

 昨今、ロシアの外食事情は大きく様変わりしており、不毛のソ連時代(あるいは1990年代前半)から驚くべき変容・進化を遂げている。

 今回は、現代のロシア外食事情を俯瞰しつつ、ロシアの外食分野における日本企業のビジネス展開の可能性について考えてみたい。

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最近のトレンドは汎アジア

 ロスビジネスコンサルティング(RBC)の調査によると、ロシア経済の停滞を背景に、2014年以降の外食産業の状況は必ずしも芳しくない(下の表)。

 2017年のデータは入手できていないが、関係者から状況をヒアリングする限り、全体としてはよくて横ばいか多少上向いた程度といった感じだ。

 ただし、他の統計類と同様、平均でロシアを見ることはロシアの本質を、あるいは「神が宿る」細部を見誤ることにほかならない。外食産業全般はまだ完全な回復基調ではないものの、一部では盛り上がりを見せるところもある。

 キーワードは「価格とコンセプトのバランス」だ。

 ロシア経済は2016年に底打ちしたとはいえ、外食産業全体が活況を呈するほど消費者が財布の紐を緩めているわけではない。

 いかにお手頃な価格で(最近では庶民でも手が出る値段を指して「民主的な」という表現もよく見られる)、顧客に目新しさを見せられるかが勝負の分かれ目となっている。

 その中で最近目立つのがベトナム料理、特に「フォー」である。モスクワではショッピングセンターのフードコートを含め、様々な場所でフォーを提供する店舗を見かけるようになった。

 フォーを中心としたベトナム料理のみならず、アジア系の料理全般が人気を博しているのも新しい傾向だ。

 ロシアの外食業界関係者の間では、一時の「スシ・ブ-ム」はすでに去ったという見方が大半で、代わりに中華系、韓国・朝鮮系、ベトナムやタイなどの東南アジア・エスニックなどが徐々に人気を博しているという。

 ロシアでは1990年代から、ソ連時代の民族料理(中央アジアやコーカサス料理)を出すレストランは多かった。筆者自身は経験がないがソ連時代も似たり寄ったりではなかったろうか。

 ロシア料理も悪くないが、多種多様な民族料理もまた捨てがたいものだった。市場では、今でも韓国・朝鮮系ロシア人のおばちゃんたちがキムチを売っている(日本でイメージするキムチとはやや趣が異なるのはご愛敬)。

 それらの民族料理は、ロシア人の口に合うように微妙な修正が加えられていったのかもしれないが(例えば、ロシア人は一般的には辛いものが苦手)、それでも昔からロシア人には多様な食文化を受け入れる素地があった。

 「食・味に保守的だ」と言われるロシア人だが、新たな食材も試してみようという好奇心は持ち合わせている。コンセプトがうまくはまれば面白いし、そうやって成功しているレストランも多い。

庶民の台所・市場が大変身

 もう1つの変化は、市場で見ることができる。市場というと「庶民の台所」のイメージが強いが、最近は少し様子が違ってきている。

 例えばその一例、モスクワの中心部からやや南に離れたところにある「ダニロフスキー市場」を見てみよう。

 ダニロフスキー市場は、モスクワ市内でも大きな部類に入る市場。屋内市場としては最大級である。2000年代後半からすでに高級路線に転じていたが、近年さらなる進化を遂げている。

 見どころは市場の中で売り場ををぐるりと取り囲むように配置された屋台の列。

 そう、ダニロフスキー市場の「売り」はすでに肉や野菜、もちろん韓国・朝鮮系のおばちゃんが売るキムチではなく、昔では考えられなかったおしゃれな雰囲気の中で手軽に食事を楽しむことになっているのだ。

フードコート内のモロッコ・タンジール料理


フードコート内のサンドイッチ店


 余談になるが、ダニロフスキー市場は、サンクトペテルブルク発祥で現在はロシア国内のみならずニューヨークやロンドンにも様々なコンセプトのレストラン・カフェを構える「ギンザ・プロジェクト」の系列。

 どうりでおしゃれなわけである。

 同様に市場の中にフードコートを配置するコンセプトは、ダニロフスキー市場よりも市内中心部に近い「ウサチョフスキー市場」でも目にすることができる。

 すでに10年以上前のことになるが、モスクワ駐在中にしょっちゅうこの市場で野菜や果物を買っていた筆者は、先日久しぶりに訪れた際にあまりの変貌ぶりに文字通り腰を抜かした。

 ちなみに、こちらの市場はサッカーW杯ロシア大会決勝が行われるルジニキ・スタジアム(1980年のモスクワ・オリンピックのメイン会場であった旧レーニン・スタジアム)の最寄り駅の1つであるスポルティヴナヤから至近距離。

 幸運にも決勝のチケットを手に入れることができた方は、決勝前の景気づけ、あるいは試合後の余韻に浸りつつ、ここで一杯楽しむのもいいかもしれない。

売れる日本食のコンセプトを探せ!

 スシ・ブームが去ったとはいえ、日本食の需要がなくなってしまったわけではない。

 日本食の場合、たとえそれが日本産でなくとも食材が他の料理に比べ高価となってしまい、採算が取りにくい。そのために日本食を提供するレストランが減少しているのだ。

 その一方で、日本食レストランとして新規参入に成功する例もある。

 極東のウラジオストクでは北海道を拠点に展開する「炎」が昨年4月に進出し、ハバロフスクでは「ハナミ」が2016年から営業を続ける。

 モスクワでは、シベリアのレストラン王・デニス・イワノフ氏がプロデュースするラーメン店「KU」が人気を博す(参照記事=http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51312)。

 マーケティングとコンセプト作りで、日本食が進出できる可能性は十分にある。

 にもかかわらず日系外食産業の進出はいまだ少ない。筆者はその理由を、日本側にロシアの外食産業事情に関する情報がないことだと考えている。

 ロシアではまだまだ様々なコンセプトが受け入れられる可能性がある。どのような食材や形態であれば可能性があるのかを、現地視察も含め自身の目で見て、考えていくべきだろう。

 直接の進出でなくとも、ロシアの同業者とパートナーシップを組んで展開する、あるいはフランチャイズ展開も考えられよう。

 筆者としては、今年は本業で、より細かいロシアの外食産業についての情報発信に取り組んでいきたいと考えている。

筆者:梅津 哲也