日本を支えるのはスモールオフィス。100人以下の会社にいる人は イデコに入ったほうがいい。会社側にもメリットがある(写真:kikuo / PIXTA)

昨今、財務省や文部科学省など官僚への批判がとみに高まっています。しかし今回はそれとはまったく別で、読者の皆さんの将来にかかわる大事なおカネの話をしたいと思います。

iDeCoの「破格の税制優遇」は、国が本気である証拠

近年、厚生労働省が国民の資産形成支援に力を入れています。公的年金の所管である厚労省が、国民に「自助努力」を促す動きは本末転倒のように思う方もいるかもしれません。しかし、「国の年金制度を存続させるためには必要なことなのだ」という国からのメッセージとして受け取ることも大切ではないかと考えます。

多くの読者が知っているとおり、国の年金制度は、長生き時代の終身年金(老齢年金)を約束し、万一のときの生命保険(遺族年金)と、障害を負った場合の所得補償保険(障害年金)を兼ね備えたすばらしい仕組みです。しかし、現役世代の保険料で給付を賄う「賦課方式」であるがゆえ、少子高齢化によりさまざまな調整をしなければならなくなっています。

その調整の1つが、老齢年金受給開始年齢のさらなる繰り下げ議論です。公的年金の空白期間あるいは公的年金だけでは不十分な生活資金の確保が国民一人ひとりに求められているのです。

なかでも資産形成支援策として厚労省が力を入れているのが2017年より「だれでも」加入が可能になったiDeCo(個人型確定拠出年金、イデコ)です。何しろ、掛金は全額所得から控除され、運用益も非課税、受け取り時は退職所得控除、あるいは公的年金控除を使えるという制度です。こうした「破格」の税制優遇の仕組みを、全国民を加入対象としたのですから、本気度がうかがわれます。

以前からこの東洋経済オンラインでもiDeCo加入者数の順調増はお伝えしていますが、今、厚労省はさらに中小企業に対して、従業員の資産形成支援を求めています。それが今年5月から始まる、「中小事業主掛金納付制度」です。簡単に言うと、iDeCo加入者に対し、「会社がおカネを出してあげましょう」という制度です。

この中小事業主掛金納付制度の対象となるのは、従業員が100人以下の会社に勤務の厚生年金加入者、かつ会社に企業年金がない人です。企業年金とは、厚生年金基金、確定給付企業年金(DB)または企業型確定拠出年金(DC)を指します。ここに該当する人が同時にiDeCo加入者であれば、会社が掛金を援助します。逆マッチングと呼ばれたりしますが、これが中小事業主掛金納付制度です。

iDeCoに加入済みの人も未加入の人にも恩恵がある

たとえば、以下のような3人の使い方が参考になります。

ある会社で事業主掛金納付を一律3000円拠出するとします。月2万円の掛金拠出をしているAさんは、会社の掛金3000円が上乗せされ、毎月の老後資金積立は2万3000円になります。Aさん自身が拠出する2万円は、これまでどおり所得控除の対象です。事業主掛金は直接AさんのiDeCo口座に入金されますから、ここに社会保険料や所得税の負担が発生することはありません。

iDeCoには毎月の掛金上限額が設定されています。今回の制度の対象となる人であれば月2万3000円(年間27万6000円)です。

このような使い方もあります。Bさんはすでに月の上限いっぱいの掛金をiDeCoで拠出しています。会社が出してくれる掛金は3000円ですから、Bさんはご自身の掛金を3000円減らして合計2万3000円の拠出とするわけです。

仮にBさんが年収500万円で所得税の上限税率10%の人であったとすると、本人の掛金を2万3000円から2万円に減額させると年間3万6000円の所得控除額が減少します。所得税と住民税を合わせると掛金に対する20%がいわゆる節税メリットでしたから、この場合これまでの節税額より7200円節税効果が薄れることになります。しかし、会社から年間3万6000円、おカネをもらったほうがお得です。

では、iDeCoに加入していないCさんはどうでしょうか? 中小事業主掛金納付制度は、iDeCo加入者の支援策なので、加入していないCさんに対し会社は掛金拠出をしません。この機会にCさんがiDeCoに加入をすれば、掛金の拠出を受けることができます。この制度には、企業年金や退職一時金制度が整っている大企業に比べ、企業年金もない、退職一時金もない、賃金も相対的に低い中小企業の従業員にこそ、iDeCoという税制優遇制度を使って、老後のための資産形成をしてほしいという国の想いが込められています。せっかくできたこの制度、ぜひ多くの人に使ってほしいものです。

今回の中小事業主掛金納付制度は、本来なら運営管理機関(iDeCoの金融機関)が、加入者や事業所登録をしている法人に対して積極的に情報提供をすべきではないかと思うのです(会社員はiDeCoに加入する際会社に届け出をしなければならない。そのため運営管理機関はiDeCo加入者がいる法人を把握することは可能)。

しかし、残念ながら今のところそのような動きは聞こえてきません。会社にこの仕組みを導入してもらうには、従業員の過半数で組織する労働組合または、従業員の過半数を代表する従業員と会社が労使合意をする必要があります。うちの会社でもやってほしい!という人は、同僚に声をかけるなどして、申し出をしてみるといいと思います。

なぜ会社側にも「メリットがある」と言えるのか

制度導入が決まると、会社は掛金の拠出方法を決めます。掛金の下限は1000円で、それ以上1000円刻みで自由に設定することができます。この掛金額は一定の資格、職種や勤続年数で異なっても構いません。もちろん特定の人を不当に差別的に扱うことは禁じられています。前出の例でいくとiDeCo加入者のAさんとBさんが資格も職種も勤続年数も同じであったとして、もともと掛金上限いっぱいまで積立をしていたBさんに、会社はおカネを出さなくてもいいよねとしてはいけないのです。もちろん後からiDeCoに加入したCさんも、同条件であるのであれば加入とともに会社は掛金を拠出しなければなりません。

このように従業員目線でみると、この制度はものすごくハッピーな制度です。では会社からみると、メリットはあるのでしょうか。実は、やはりあるのです。

会社の掛金は損金計上です。たとえば3000円として、これを従業員の給与を上げるベースアップと比べてみましょう。この場合社員に拠出する3000円は、同じ損金計上ではあります。しかし「給与」なので社会保険料の算定対象です。ということは、3000円に加え、会社はさらに15%程度の社会保険料を負担することになります。ということは450円をさらに追加せねばなりません。一方、事業主掛金は給与ではないので、ここに社会保険料は発生しません。月に450円の支出があるかないかは、結構大きな差です。

また、会社経営をしているとわかるのですが、たとえば退職一時金の積立金(引当金)は損金算入が認められません。従って、法人税の圧縮につながる事業主掛金のほうが、やはり会社としてメリットがあります。実際、企業年金を新たに作るというのは、なかなかハードルが高いものです。そもそも厚生年金基金は、これまでのさまざまな問題から新規加入はもうできません。また確定給付企業年金(DB)も、会社が運用責任を負う仕組みですから、予定どおりに運用がうまくいかないと、会社にとっては資金を追加するなどの経済的負担が発生します。

このように、福利厚生拡充の一環で考えると、この中小事業主掛金納付制度は、制度を維持するための費用負担は一切ありません(金融機関に支払う月の手数料は加入者本人が負担するため)。ですから、導入のハードルは低いのではないでしょうか。

それだけではありません。人手不足の折、求人の際も「中小事業主掛金納付制度あり」という表記は魅力的な環境と映るでしょう。iDeCoは離転職の際に自身の運用商品をいったん売却、現金化して移換の手続きを行う必要があるのですが、この制度であれば従業員は移換手続きが不要ですから、いたずらに運用効率を下げることなく加入継続ができるのです。加入期間は、退職所得控除にカウントされますから、1カ月でも長く継続加入をすることは、節税効果の拡大につながります。

最初の手間はかかるが、みんながハッピーに

とはいえ、新しい制度を導入するには手間がかかるのも事実です。まず制度を上手にまわすためのルール決めが必要です。制度を導入したら、全社員に告知をしなければなりませんから、就業規則に謳って周知します。給与明細にも会社の拠出額がわかるように、記載したほうがいいでしょう。

もし、これまでiDeCo加入者の掛金を個人口座からの引き落としとしていた会社の場合、制度導入後は給与天引きで会社の口座からまとめて引き落とす「事業主登録」の変更が必要です。制度が始まると、個人と事業主掛金を合算した金額が、会社指定の口座からまとめて引き落としになります。

また給与天引きでは、毎月の給与での源泉処理事務も必要になります。これまでの個人口座から引き落としであれば、加入者の税金は年末調整で還付されるのですが、給与天引きになるとあらかじめ給与額から掛金を差し引いて源泉徴収をしなければならないからです。

特に注意が必要なのが従業員の掛金額の管理です。事業主掛金と合算してiDeCoの拠出限度額を超えないようにします。またiDeCoの加入者は年に1回、掛金額の変更が可能なのですが、実際この手続きは運営管理機関(金融機関)に申し出をすればそれで済みます。しかしそのままだと会社は変更を知らずに変更前の金額を給与天引きしてしまいますから、後々おカネの返金や徴収が発生してしまいます。また掛金は年単位で拠出できますから、その管理にも注意が必要です。まして、従業員が毎月のようにバラバラと変更の申し出をしてくるのでは、給与計算の担当者も時間をとられます。

これらの事態を避けるためには、変更の申し出に締め切りを設けるとか、複数の担当者でチェックするとか、管理体制の工夫が必要となりそうです。中小事業主掛金納付に関する必要書類については、国民年金基金連合会のiDeCo公式サイトをご覧ください。

実は100人以下の会社の従業員の将来支援策は、中小事業主掛金納付制度だけではありません。企業型確定拠出年金(DC)も導入可能です。なによりもDCの場合、制度設計の自由度が断然あります。掛金の上限は会社と従業員拠出の合計で月5万5000円までですから、資産形成のスピードが向上します。

制度導入および維持にはコストがかかりますが、それでも初期費用数万円、月々の基本料も1万円以下の運営管理機関もあります。筆者はDCの制度導入コンサルも行っています。手前みそになりますが、中小企業の場合、情報が少ないこともあり、「選択肢を示して中立な立場でアドバイスをしてくれるのはうれしい」と喜んでくださる企業オーナーも少なくありません。

最後は中小企業の経営者側のお話が長くなりましたが、従業員の皆さんの将来支援のためにも、ぜひ多くの会社が導入することを願っています。もしこの記事を読んでくださっている、100人以下の会社にお勤めの皆さんも、せっかく法律ができたのですから会社に制度導入を考えてもらいましょう。ぜひ、会社に相談してみてください。